名古屋へ行くと名古屋市科学館で時間を吸い取られてしまうので(居ようと思えば一日居られるから困ったものです)、ほかの場所を回るにはそれなりに予定を組んでおかねばなりません。
今回は「徳川美術館・蓬左文庫開館90周年記念 秋季特別展 尾張徳川家 名品のすべて」ということで、館蔵品から選りすぐりの展示。これは行かねばならぬでしょう。
徳川美術館といえば国宝の源氏物語絵巻や初音の調度(と刀剣たくさん)が知られていますが、それ以外にも茶道具やら絵画やら工芸品やらたくさん持ってます。
徳川美術館の所蔵品は徳川家康から尾張徳川家に引き継がれたものが大元ですが、家康は半生を戦国の戦いの中で過ごした人で、質実なイメージ。とはいえ本好きは知られていますし、幼少期を今川家で過ごしていますし、織豊期から江戸開府を経て大坂の陣まで30年以上は政権の中心か近いところにいた人なので、その間に文化的な素養も身につけたんだろうなあ。
半跏思惟のポーズをとっていることから、家康を武神として描いたものと考えられています。
顔をしかめた様子から、三方ヶ原の大敗後に家康が自らへの戒めのために描かせたと言われてきましたが、近年の研究でこの伝承は昭和初期を遡るものではないことが示されています。絵の名称も「徳川家康三方ヶ原戦役画像」とされてきたものが「徳川家康画像」に改められました(もともと絵の名称は後世に付けたもの)。
# 有名な絵なのに文化財指定は受けていない作品です。
原 史彦「徳川家康三方ヶ原戦役画像の謎」,金鯱叢書 第43輯(2015年度刊行)
展示の中でも茶道具が多いのは武家の外交や交流の場に茶の湯が欠かせなかったからで、茶碗一つが一国一城に値すると言われたこともあるとか。徳川は天下人の家なので献上されたりして多くの茶器が集まったのでしょう。
この手の道具は誰から誰に渡ったと来歴がはっきりしているものが多いので、歴史好きにも楽しい。
千利休や古田織部など江戸初期の視点だと、21世紀初頭に岡本太郎を見るような感じだったのではとも思います。
将軍家が尾張徳川家にお成りになるときに用意された茶席をイメージした展示がされていたコーナーもあり(記録が残っているのでどの茶道具を使ったか概ね再現できる)、そういえば名古屋城の本丸御殿は将軍用の迎賓館だけどほとんど使われなかったのではと館の人に聞いたら、尾張藩の江戸屋敷へのお成りということでなるほどと。
定家はむっちゃくせ字なので、素人でも比較的わかりやすい。
どうしてこんなものがと思うのは経典で、奈良時代に国分寺に収められた経典をなんで尾張徳川家が持っているのだろう。
面白いのは家康が着用していた衣装で、布は劣化しやすいので保存が難しい品物ですが、これが色も見事に残っています。
家康は質素なものを好んだ印象があるのですが、さすがに天下人ともなると絹のものばかりです。家康は神格化されたので、尾張徳川家でも特別に大切に残してきたのでしょう。
続きを読む