2018年05月12日

全国プラ「レア」リウム33箇所巡り

 全国プラ「レア」リウム33箇所巡り。

 2015年5月5日に川崎市青少年科学館を皮切りにはじめたプラネタリウム巡り、2018年5月5日に愛媛県の久万高原天体観測館の訪問にて33箇所達成。5月12日に明石市立天文科学館に報告してまいりました。

 達成の記念として缶バッジを頂き、足掛け3年と7日に渡った旅もようやく終着です。バッジの裏に貼ってある番号が達成順。11箇所達成は11番目でしたが、33箇所は20番目の達成者となりました。

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posted by ふくだ at 23:46| Comment(0) | プラネ/天文台/科学館

軌道星隊シゴセンジャー皐月場所・写真部例会・星の友の会例会

 軌道星隊シゴセンジャー皐月場所。
 ブルーの中の人マネージャーが変わって初めてのシゴセンジャー。のっけから絶好調でした。
 しごまるもしばらく活躍しそうだな。ワンワンワンワン!

 午後はほしとも天体写真部例会。
 写真家の安藤宏さんをお招きして、開催中の天体写真部写真展の講評。

 晩は明石市立天文科学館星の友の会例会。2018年度の第一回目。
 プラネタリウムのドームでの開催で、集まった会員も多め。
 33箇所巡りの報告、間に合えばしたかったなあ。
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2018年05月06日

松山城(愛媛県松山市)

 松山城と名の付く城は全国に数あれど、一般的に松山城といえば伊予松山城を指します。冒頭写真は搦手から見上げた本壇。切込み接ぎの本壇、打込み接ぎの本丸、さらに野面積みの石垣が腰巻きのように取り巻き、三種三容の石垣を眺めることが出来ます。

 関ヶ原の戦い直後の1601年に加藤嘉明によって築城、江戸時代は久松松平家15万石の居城となりました。
 比高100mの山上に本丸があり、山麓に二の丸と三の丸があります。本丸には三重の天守がそびえ、現存十二天守の一つです。ただし江戸後期に火災で焼け、再建されたのは1854年と幕末の只中の「新しい」天守です。

 加藤嘉明は賤ヶ岳の七本槍にも数えられた秀吉恩顧の大名で、秀吉没後は加藤清正や福島正則と共に徳川方に付きました。関ヶ原の戦いの後に20万国で伊予に入封し、松山城を築きます。のち松山城の完成を見ずに会津若松に転封されますが、四国の主邑と奥羽の要地を任されたことからも、有力大名として重んじられていたことが伺えます。
 築城の名手としては加藤清正のほうが名高いのですが、加藤嘉明の手がけた松山城と会津若松城のいずれも堅城です。

 松山城の本丸には山麓からロープウェーとリフトが通じています。比高100mなら、城好きなら歩くところですが、今回は荷物が多かったので、リフトに乗りました。

 山上駅から5分も歩くと本丸一帯の高石垣が広がります。本丸と通称されていますが、大手はいくつもの枡形が重ねられた厳重な作りで、本丸内にも天守曲輪に相当する本壇という区画があり、さらに連立式天守がある三段構えといえる構成になっています。

 本壇のみ有料区画となっています。加藤嘉明時代は五層の天守だったと言われていますが、幕府に遠慮してか地盤の弱さを考慮してか、のちに三層に改められました。五層天守の大きさの天守台に三層の建物ですから、小ぶりながらも幅広で重厚感のある雰囲気を醸し出しています。
 連立式天守はすべてが現存建物だと思っていたのですが、実際は三層の大天守のみが江戸期の建物で、小天守と隅櫓は火災で焼けた後の昭和の再建。

 本壇のみ切込み接ぎの石垣なのが気になって観光ボランティアガイドの方に質問したら、「石垣のことを尋ねてくれるとは嬉しい」とすっかり意気投合して、搦手から本壇を一周し、さらには本壇内の建物まで付きっきりでご案内頂きました。いやあ楽しかったです。

 石垣はほぼ花崗岩ですが、倉庫として使われた大天守の内側のみ凝灰岩。間隙が多く吸湿機能を期待されての採用とのこと。
 再建建物の小天守と南北隅櫓の中は博物館的に城と城主家の歴史をたどる展示室になっています。ただし久松松平家は幕末に朝敵となったことから、「めぼしいものはみんなもっていかれちゃった」のだとか。

 久松松平家は家康の異父弟の家系で、江戸期は松平姓を与えられていました。維新後は明治天皇の命で姓を久松に復しています。現存十二天守のうち、葵の紋の入った瓦が使われているのは松山城だけとのこと。一方で本壇の櫓の一つには久松家の祖先とされる菅原道真公を祀った天神社があり、久松家で使われてきた梅の紋が入っています。

 司馬遼太郎「坂の上の雲」の主人公である秋山兄弟と正岡子規はいずれも松山藩士の出身で、劇中の旧主家は久松の名字で登場します。最初に松平と聞いてピンとこなかったのはそのせいかもしれません。

 山を降りて二の丸を仰ぎます。ふだんは二の丸が城主の住まいとして使われていて、ここも比高10mの高石垣と複雑な虎口に囲まれた厳重な作り。正直、本丸よりも二の丸を見て「ここまでするか」と思いました。

 国内に名城と呼ばれる城は多々あれど、十指に入る一つといってよい城だと思います。

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posted by ふくだ at 23:49| Comment(0) | お城

秋山兄弟生誕地

 松山城のロープウェー乗り場からさほど遠くない場所に秋山兄弟生誕地があるというので足を運んでみました。
 石碑の一つか、もしかすると案内の看板があるくらいかと想像していたら、再建された秋山家がありました。空襲で焼けたものを2005年に再建したそうです。

 2009年からNHKで「坂の上の雲」がドラマ化された影響もあるのか、松山市内のあちこちに「坂の上の雲」のふるさとといった看板がありました。学生時代に松山を尋ねた際は「坊っちゃん」と「俳句」を推していた印象があるだけに、ずいぶんと様変わりです。「坂の上の雲」も前半の主人公の一人は正岡子規なので、俳句とのつながりはあるのですけれども。
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伊予鉄道松山市内線

 松山市は四国最大の街で、路面電車が走っています。運行しているのは伊予鉄道で、通称は松山市内線。
 一回の乗車で160円、一日乗車券は800円で購入できます(2018年現在)。一日乗車券を買ったついでに、全路線に乗ってきました。

 JR松山駅、伊予鉄道松山市駅、道後温泉、そして松山城と市内の主要駅と主要観光地を結ぶ線路網で、多くの利用者を集めています。車両はみかんをイメージしたのであろう鮮やかなオレンジ色。伊予鉄道のバスもオレンジ色なので、場面によっては道路の車線がオレンジ一色に埋められることもあります。

 市内線と郊外電車(普通の鉄道)が直角に交差するダイヤモンドクロス。大手町駅の脇にあります。軌間は共に1,067mm。
 市内線と郊外電車の交差は車庫のある古町駅にもあり、こちらは斜めに横切る菱形の交差になっています。

 観光用の「坊ちゃん列車」。夏目漱石の「坊っちゃん」に描かれた「マッチ箱のような汽車」を再現したもの。当時は蒸気機関車でしたが、今となっては街中で煙を噴き上げるわけにもいかず、ディーゼル機関車となっています。乗車には別料金が必要。椅子が木製で乗り心地はよくなさそうですが、それもまた風情。
 客車にピューゲル(パンタグラフ相当の集電装置)がついていて、車内の電気を取っているのかと思ったら、トロリーコンダクタと呼ばれる分岐器の操作装置とのこと。集電はしていないので分岐の前後のみ上げるそうです。

 路面電車用の信号機も、市電の走る街ならではです。
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湯築城(愛媛県松山市)

 道後温泉のすぐ近くにある道後公園が湯築城跡です。源平合戦時に源氏に着いて勢力を得た河野氏が、南北朝時代に築城し、戦国末まで使われました。
 比高30mほどの丘陵を二重の水堀で囲み、内堀に囲まれた丘陵部には少なくとも2つの曲輪が置かれ、外堀に囲まれた平坦部の区画は家臣団の屋敷がありました。

 以前は敷地全体が都市公園として整備されていましたが、公園の南部一帯で発掘調査が行われ、その成果に基づいて南部一帯は復元区域として遺構の整備や建物の復元が行われています。
 外観を武家屋敷風にした無料の資料館もあり、中には湯築城の復元模型や、発掘調査の出土品が展示されています。猫の足跡の着いた小皿など可愛らしい品物も。

 丘陵部は目立った遺構はなく、丘の稜線に沿って2つの平坦地があり、これが曲輪の跡です。
 細かく観察すれば小さな曲輪などの遺構があるかもしれませんが、公園として整備されたときに遊歩道など手が加えられているため、少し見ただけではなんとも分かりません。

 南北朝時代に伊予国の守護となった河野氏ですが、その後は一族内での内紛が絶えず、戦国末には毛利氏に従属するような立場になります。最終的には秀吉の四国出兵(1585年)の際に進退が定まらず、小早川隆景に城を囲まれ、開城して退去。戦国大名河野氏は滅亡します。
# 一遍上人は河野氏の出とのこと。知らなんだ。

 その後、1587年に福島正則が湯築城に入りますが、程なく今治の国分山城に移り、湯築城は廃城となりました。
 伊予松山城が築かれるのは関ヶ原の戦いの後のこととなります。

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道後温泉

 松山市の道後温泉。日本書紀や風土記にも登場する、有馬温泉と並ぶ古湯です。
 単純温泉で、近くに火山はなく、地熱による温泉。

 道後温泉本館は1894(明治27)年の建築で国指定重要文化財。1階に浴場があり、2階は浴場と休憩室、3階が休憩室となっています。1回のお風呂の利用だけなら大人410円(2018年現在)と銭湯並みの利用ですが、昔ながらの風情を味わえる休憩室と合わせての利用は順番待ちが出るほどの人気。
 私はすぐにも汗を流したかったので、浴場だけ浸かってきました。

 近くの道後公園に、「湯釜」と呼ばれる石造物があります。浴槽や風呂釜ではなく、温泉の噴出口に置かれた湯口。もとは道後温泉本館の位置にあり、1894年の本館建築時に新しい湯釜に交換されて、以前のものは道後公園内に移されました。
 花崗岩製で奈良時代に作られたものということになっていますが、湯釜に彫られた文字は鎌倉期と室町期に土豪の河野氏が彫らせたものとのことです。
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2018年05月05日

久万高原天体観測館

 2015年5月にスタートした「全国プラ『レア』リウム33箇所巡り」。3年間に渡った旅もいよいよ大詰め。

 33箇所目の訪問先は愛媛県久万高原町の久万高原天体観測館
。6mドームに五藤光学GEII-T投影機を備えたプラネタリウムと、口径60cmの反射望遠鏡のある公開天文台です。

 久万高原町は松山市の南隣の街で、市内から車で1時間弱。公共交通機関では松山市から路線バスで1時間ほどですが、天体観測館までは最寄りのバス停から約6kmあります。歩けないこともない距離ですが、今回はレンタカーでの移動としました。

 ここの「レア」なポイントは、「国内に1か所しかない、木造の城の中にあるプラネタリウム」。
 歴史的に実在した城郭ではなく、三層三階の展望台の大天守と二層一階のプラネタリウムの小天守が並んだ模擬天守で、「晴天城」の愛称がついています。

 展望台の建物は立派な吹き抜けがあり、1階・2階が展示、3階が展望室になっています。
 プラネタリウムは40席の小さなドーム。開館以来の投影機、GEII-Tの映し出す星の数は2800個。「館の周囲で実際に見られる星の数のほうが多い」という他館では例を見ない謳い文句です。
 百万単位の星数を誇る投影機が珍しくない昨今、2800とはずいぶん少ないようにも感じますが、実は5等星までの星の数が約2000個。肉眼で見える限界が6等星なので、このくらいの星数ならば意外に再現度の高い星空なのです。輝星投影機はなく1等星も電球色ですが、星の等級差はうまく表現されていて、星座も探しやすい。全体的なバランスがよい投影機なのでしょう。
 1時間弱の投影は全て生解説。オーソドックスな星空案内が心地よく、夜明けの太陽を見ながら33箇所巡りの旅の区切りをしみじみと味わったのでした。

 冒頭の写真は投影終了後に、ご厚意で撮影させて頂いたもの(三脚までお貸し頂きました)。北天の日周運動は狙っての撮影で、一度撮ってみたかったもの。

 解説台や操作卓の中まで見学させて頂きました。操作卓のパネルは国産最古参の東京海洋大学の五藤M-1と似た雰囲気。機械式の投影機なので基本的な機構は同じなのでしょう。
 操作卓の中は、実ははじめて見たのですが、配線やスイッチの群れにクラクラしました。言ってみればプラネタリウムの神経系と血管系が集中している場所です。

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今治城(愛媛県今治市)

 築城の名手、藤堂高虎が築いた水城として名高いのが今治城で、現在は内堀に囲まれた部分だけが残っています。

 以前、しまなみ海道の開通直後に自転車で来たことがあるのですが、その時は壕の外から天守を眺めただけ。主郭部まで入ったのは今回が初めてです(たぶん……いや、入ったかなあ……でも記憶に無いんだよなあ)。

 瀬戸内海に近い場所で、堀の水は現在も海水が引かれているそうです。堀際に犬走りがあるのは同じく藤堂高虎築城の津城と共通。高虎の築いた城郭は他に宇和島城や伊賀上野城がありますが、一見しただけではそれほど堅固に見えないのが面白いところ。同じく築城名手で知られる加藤清正の熊本城など、見ただけで「うへぇ」となる壮大さなのですけど、高虎の城は説明を聞いてなるほどという玄人好みな印象。
 今治城は海から直接、船が城に着く海城としての縄張りが評価されたのかもしれません。

 五層の天守がありますが、これは戦後に建てられた模擬天守。今治城には天守台の遺構はなく、一次資料も少ないために、築城当時の天守の存否は意見が分かれています。
 その他の建物もいずれも再建。広めの堀に櫓が映えて、いかにも近世の平城といった景観です。

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愛媛県総合科学博物館

 愛媛県総合科学博物館は新居浜市にあります。
 1994年の開館で、プラネタリウムのドーム径30mは長らく世界最大でした。現在も名古屋市科学館の35mドームに次いで世界2位の大きさです。
 投影機は五藤光学のスーパーヘリオス。星の像が明るい投影機で、以前のプラネタリウムならスライドを映すと微光星がプロジェクターの明かりに負けて見えなくなってしまったものですが、スーパーヘリオスは問題なく星を映し出せます。それを活かしてか、星座絵や星座線は全天周映像のプロジェクターで映しているようです。
 ただプロジェクターで映す絵の背景も全くの暗黒というわけにはいかず、薄明かりで全天を照らしている状態になってしまいます。もちろん星は見えているのですが、個人的には暗い空の方が好きなのでバランスが難しいところ。
 あと輝星投影機や惑星投影機の光源の色温度が高いのか、アルクトゥールスの橙と木星の黄色が白っぽく見えていました。解説中にも「本物はオレンジです」なんて補足が入っていましたが、全体が高いレベルなだけに細かいところが目についてしまいます。
 とはいえドームが大きいぶん、星座の見え方は実感に近いです。星空案内は15分ほどだったと思いますが、もっとじっくり見ていたいと思う星空でした。

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posted by ふくだ at 23:46| Comment(0) | プラネ/天文台/科学館