2025年11月09日

とよた科学体験館 講演会「上坂監督が語る月、火星、そしてその先へ」

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 とよた科学体験館講演会「上坂監督が語る月、火星、そしてその先へ」。
 豊田市博物館の「深宇宙展」関連企画として、全天周映像の第一人者、上坂浩光監督を招いての講演会。
# 冒頭写真は開演前に撮影(公演中は撮影・録画録音禁止)

 「月、火星、そしてその先へ」というテーマなのですが、なんと。サブタイトルが付いて、上坂監督が手がけた大阪・関西万博のJAXAブースの映像にフォーカスしてのトークになりました。
# これ万博フリークの関西人にはご褒美でしかないのでは。

20250701_expo_245a.jpg 夢洲の西の果てといわれたフューチャーライフヴィレッジに設けられたJAXAブース。そこで上映されていたのがJAXAのミッション「小型月着陸実証機 SLIM」「月極域探査機 LUPEX」「有人与圧ローバー」を紹介する映像でした。ミッションのプロローグとしてこれまでのJAXAの宇宙開発をたどる「月に立つ。その先へ」が上映されるので、番組としては4タイトル、3パターンの上映が行われていました。
 万博会場では超高精細かつ階調もとんでもないLEDスクリーンの上映でしたが、今回はJAXAの許諾を得てプラネタリウムのドームで上映。解像度と階調こそLEDスクリーンに譲りますがプラネタリウムドームの大スクリーンならではの没入感もすごくて迫力は劣りません。

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豊田市博物館 特別展「深宇宙展」

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 豊田市博物館の特別展「深宇宙展」見学。
 2025年の夏期に東京・お台場の日本科学未来館で開催された特別展で、これが中京地区に巡回してきました。関西在住の身としては(比較的)近いところでの開催でありがたく出かけてきました。

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 博物館の入口にどんと展示されている有人与圧ローバーの実物大模型。
 JAXAとトヨタ自動車との共同開発で、見上げる程に大きい。かつてアメリカがアポロ計画で使用した月面車は宇宙服を着たままで乗車しましたが、こちらは内部では普段着で過ごすことが出来ます。いわば「地上を走る宇宙船」と言ったところ。
 大きさは大阪・関西万博のJAXAブースの映像で知っているつもりでしたが、改めてみるとやっぱり大きい。聞いたところではアメリカのスターシップロケットを打ち上げ機に想定していて、直径9mのフェアリングに収まるように設計されています。上から見ると平面形が丸っこいのはそのため。
 ちなみに以前にトミカにもなっていたのですが、バージョンアップして形状が変わっています。まだまだ計画段階なのでよくあること。
 それにしても、フェアリングの直径に合わせてこんな大きなものをつくって、どうやって月面に降ろすのでしょう。

トミカプレミアム07「ルナクルーザー」(タカラトミー 2020年12月発売告知)
ルナクルーザーのデザインを更新、大阪・関西万博「フューチャーライフヴィレッジ」にて新デザインの1/5スケールモデルを展示(TOYOTA 2025.03.31)

20251109toyota_shinuchu187.jpg こちらは特別展示エリアに展示されている、ブリヂストンが開発している月面用のタイヤ。月面は真空かつ寒暖差が大きく(+110℃〜-170℃)、ゴムはあっという間に劣化して使えません。金属板をバネのように使うことで衝撃を吸収するのだと思いますが、同社が開発している空気不要のタイヤに共通するような形状です。

 有人与圧ローバーは月面で1万kmを走行する想定だそうですが、それにしてもメンテナンスはどうするつもりなのでしょう。現在の南極観測隊には雪上車のエンジニアが派遣されていますが、月面にもトヨタの人が常駐するようになって、月面赴任の辞令とか出るのでしょうか。

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 展示室の最初のコーナーにあるのはH3ロケットのフェアリングの実物大模型。
 白菜を縦に1/4に切ったような状態ですが、本物は直径5mあるので、この状態でも高さ2.5mあります。
 ちょうど反対側にH3ロケットの模型があるので、全体の大きさを想像するのにちょうどよいです。

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 展示の前半はロケットのさまざまな部品に触れるコーナー。
 ハニカム構造のフェアリング部材は科学館やJAXAの展示施設でも触れる機会が多いと思います。1枚目がH3ロケット、2枚目がH-UAロケットのフェアリング。ハニカム構造のアルミを両側からサンドイッチした構造なので水に浮いてしまい、船の航行の邪魔になるので打ち上げの度に回収船を出していたのですが、H3ロケットのフェアリングからは浸水して水没するようになっています。でも見た目には違いか分かりませんでした。

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 燃料タンクの断熱材も比較的目にする機会が多い部材かもしれません。発泡スチロールというよりはウレタンフォームに近い手触り。ポリイソシアヌレートフォームというもので、大まかにはウレタンフォームの仲間です。
 断熱材のパネルは実はタンクのアルミ材も付いていて、裏側はアイソグリッド構造(三角形にリブを残している形状)に削り出して軽量化した様子も見ることが出来ます。自動で削っているのでしょうが、ロケットのタンクの面積を考えるととんでもない手間です。

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 それ以外のパーツは私も始めて見るものがたくさん。
 段間部やトラスロッドやタンネルカバー(ロケット外側の配線のカバー)など、あまり注目されない部分がいくつも出ていて、模型好きにはとっても嬉しい。本物を知っていると、模型を作るときにどこまで作り込んでどこまでデフォルメするかの加減を判断しやすくなります。

 段間部は一段目と二段目とつなぐ筒状の部分で、H-UAロケットではCFRP製でしたが(H-UAロケットの黒い部分)、H3ロケットでは金属製になりました。
 トラスロッドは二段目の水素タンクと酸素タンクを支える支柱のようなもので、目に付かない部分なのでこれが触れる状態で出ているのにびっくり。

 タンネルカバーと先端部のカバーも近くで見るのは初めて。
 そして、そうとは知っているのですが、触って持ち上げるとやっぱり軽い。これは私の前後で見学していた親子連れもいちいち驚いていました。トラスロッドですら子どもで持ち上げられる軽さです。

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愛・地球博記念公園(愛知県長久手市)

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 万博会場へ行ってきました。
 2005年に開催された愛知万博こと2005年日本国際博覧会、通称「愛・地球博」の会場です。現在は記念公園になっていて、かつ近年はスタジオジブリのテーマパークになりつつあります。

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 日本で開催された6回の万博のうち、1985年のつくば科学博と2025年の大阪・関西万博は実際に訪問。1970年の大阪万博と1990年の大阪花博は跡地の公園に行ったことがあります。残る2ヶ所も行っておかねばならぬと重い腰を上げたのでした……と、そこまで思い入れがあるわけではなく、名古屋の今池から豊田市への移動にリニモを使ったら、途中に愛知万博の会場跡があるので降りたのでした。

 行ってみて分かったのは、行ったこともない万博の跡地へ行っても思い入れも何もないのでした。
# 1970年大阪万博は日本史に刻まれたイベントなので、あれは別格。

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 公園の南の方に、当時、会場内を一周していた「グローバルループ」の一部が残されています。
 愛知万博の会場は丘陵地帯にあるので、高低差が多く、パビリオンのあるエリアをつなぐように会場を周回するペデストリアンデッキをつくったということ。
 夢洲の大屋根リングと似たようなものかと思っていたのですが、大屋根リングはリングの下こそ通路でしたが、リングの上は通路より大きな展望台というか、そのものが巨大な出展物でした。

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 当時の迎賓館が記念館として残されていて、1/1000の会場模型や、愛知万博の経緯や取り組みの解説パネル、パビリオンや当時の展示物の紹介などが展示されています。
 芸術作品を持ってきて展示しているイタリア館、やっぱり学習的な展示をしていたドイツ館。20年経ってもコンセプトが一緒なのはつい笑いが出てしまいました。

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リニモ(愛知高速交通)

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 「リニモ」こと愛知高速交通東部丘陵線に乗ってきました。
 HSSTと呼ばれる磁気浮上式鉄道ですが、いわゆる中央リニア新幹線のような超高速鉄道ではなく、新交通システムに近い形でつくられました。車両の浮かし方も少し違って、電磁石の吸引力でレールに吸い付くように引っ張り上げています。ちなみに浮いているのはわずか8mmほどで、常時、距離を計測しながら電磁石の出力を調節しています。

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 2005年の愛知万博に合わせて開業しましたが、開発そのものは1970年代半ばから始まっていました。当時の主体は日本航空で、空港アクセス鉄道としての役割を期待されていました。
 1985年のつくば科学博では会場に300mほどの軌道が作られ、乗客を乗せてのデモ走行が行われています。私も小学生当時にこれに乗っています。時速30km/hほどでソロソロと直線軌道を往復するだけでしたが、浮く感覚は全く分からなかったのは覚えています。
 フィルムカメラの時代で写真は撮っていないのですが、当時の「搭乗券」は航空機のそれを模していて、車体の赤青のラインも当時の日航の飛行機の塗装に寄せたもの。日航が関わっているだけあるなあと思ったものです。

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 後にカナダ・バンクーバの万博や国内の地方博でもデモ的な走行が行われていましたが、2005年の愛知万博のアクセス路線として愛知高速交通東部丘陵線が開業しました(なお日本航空はこの間2000年にHSSTから撤退)。
 とはいえ沿線に全く用事がなく、乗る機会のないまま今に至り、今回やっとこ乗車しました。
# ちなみに科学万博で走行した車両は愛知県岡崎市の岡崎南公園に展示されているそうです。

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 リニモの名古屋側の起点は藤が丘駅で、地下鉄東山線の藤が丘駅に接続しています。都心乗り入れでないのが微妙なところ。
 地下鉄東山線の藤が丘駅は地上区間の高架駅なのに、リニモの藤が丘駅は地下駅です。何となく高架上を走っているイメージがあったので、乗り場が地下とは思っていませんでした。乗り換えの高低差はありますが、リニモの方が運行本数多くないので、慌てなくても乗れます。

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 科学万博以来、久方ぶりのHSST。
 藤が丘駅を出る時、ドアが閉まったタイミングで、車体が浮いた感触がありました。ノンステップバスの車体の傾斜を復元する時の動きに近い感じ。よほど注意していないと分からない程度です。
 他の駅は停車時間が短いせいか浮いたままのようで、終点の八草駅も折り返し線に入るのでやはり浮いたままのようでした。

 発車後の動きは滑るようなスムーズさ(浮いているから滑ってもいない)で、揺れが少ない。
 磁気浮上式だからなめらかに動くし、上下の揺れはほとんどなく、左右の揺れも少ない。前後方向は加減速でややカクカクしますが、これは制御プログラムの都合かと思います。いずれにせよ普通の鉄道に比べると格段になめらか。

 加速もよいし、急勾配も平気で登るし、原理的に軌道が濡れてもスリップすることはないし、100km/h迄出るから速いし、全般的に新交通システムよりずっと洗練されてる感じ。

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 車体は新交通システムより一回り大きめ。ただ3両編成なので輸送力は神戸のポートライナーと同じくらいでしょうか。
 ポートライナーとつい比較してしまうのですが、ポートライナーはタイヤで転がってる感ゴロゴロの乗り心地ですし、開業当初の軌道は震災の不等沈下でガタガタになりましたし、リニモに勝てるのはギリギリまで詰め込んだ運転密度とピーク時に運びきれないほどの乗客数くらいでしょうか。いいなあHSST。

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2025年11月08日

名古屋市科学館

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 名古屋市科学館プラネタリウム。
 11月の話題は2021年に打ち上げられたJWST(James Webb Space Telescope)ことジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡。主鏡すら折りたたんだ状態で打ち上げて、宇宙で変形して組み上がるのですが、よくぞトラブルなく稼働にこぎ着けたものです。

 1990年に打ち上げられたハッブル宇宙望遠鏡(HST=Hubble Space Telescope)の後継機として構想29年。何度も何度も何度も何度も計画が遅延し、その間に地上に大型の天体望遠鏡が次々と完成し、宇宙望遠鏡でないと出来ないことがどんどん少なくなるといわれた中、驚くべき鮮明で精細な画像を公開して世界を黙らせました。

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 あれから4年のJWST。
 可視光を挟んで紫外線から赤外線まで満遍なく観測できたHSTと違って、JWSTは観測波長を思いっきり赤外線側に振っています。その理由が番組の中で明らかに。大きな口径を活かして遠い天体を見ようと思うと、赤方偏移がまともに効いてくるほどの遠方を狙うのですね。
 太陽系内の惑星から銀河系内の天体そして宇宙の果てに迫るほどの遠方まで、JWSTの撮影した画像がドームいっぱいに次々と映し出されるのですが、名古屋の大きなドームにも全く負けない素晴らしい画像ばかりです。

 HSTとJWSTの画像の見分け方、まで解説されたのですが、どこで使うんだその豆知識…(^_^ゞ

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 名古屋市科学館の「昼間の星をみる会」。
 旧館時代の天文台では見たことがあったのですが、新館になってからはことごとく曇りか雨の日で、今回やっとこ昼間の星を見ることができました。青空の中にキラリと見えるアルクトゥールスがきれいでした。ほんと雲間から一瞬の間でしたけど。

 実は「昼間の星」を私が初めて見たのが名古屋市科学館のかつての天文台で、たまたま西はりまと明石の日食ツアーでご一緒した方がボランティアでいらしてました。当時見たのはベガ。ドーム径いっぱいの65cm反射望遠鏡を手動で動かしていたのが印象に残ってます。

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 この日は極寒ラボに放電ラボに竜巻ラボを見て、サイエンスステージを3本見てきました。生命ラボ(煮干しの解剖)だけ定員いっぱいになってしまったのが残念。

20251108ncsm080.jpg あと最近見たような石が展示してあるんだなあ。今まで意識してみていなかった。
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2025年11月03日

大阪市立科学館サイエンスブックフェスタ(11月2日・3日)

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 大阪市立科学館で開催されたサイエンスブックフェスタ。
 科学を題材にした同人誌やグッズを扱うイベントで、今回が2回目の開催。
 同人誌というと漫画の二次創作の印象が強いのですが、本来は様々なテーマの同好の士が集まって作った冊子のことで、今回は本来の意味での同人誌。
 あと最近なのか以前からなのか、オリジナルのグッズを展開している方も多い印象。

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大阪市立自然史博物館 特別展「学芸員のおしごと」

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 大阪市立自然史博物館 特別展「学芸員のおしごと」。この日を逃すとしばらくタイミングが合わないので、すきま時間にサッとひと回り。だって大阪市立自然史博物館の自館企画の特別展をお預け状態になるの耐えられない。
 期間フリーパスもお迎えしたので、あとでゆっくり回ります。個人的には収蔵庫周りの展示と、文化財レスキューの話と、子どもたちの作品がとってもよかった。
 解説本もお迎えしたから次は予習していきます。
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大阪市立美術館 特別展「イタリア館の至宝 天空のアトラス」

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 大阪市立美術館の特別展「イタリア館の至宝 天空のアトラス」を見学。大阪・関西万博のイタリア館は、「芸術はいのちを再生する」と本国から会期中も次々と美術品を運び込み、屈指の人気パビリオンとなりました。
 その中でもシンボル的存在だったファルネーゼのアトラスを初めとする4点の作品を再構成したのが今回の特別展です。万博会期中は連日5時間を越える行列ができ、あまりの混雑に見学をあきらめた人も多いイタリア館の「延長戦」的な展覧会です。

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 特別展のタイトルにもなっているファルネーゼのアトラスは1546年頃、ローマのカラカラ浴場跡で発見。
 後に名門貴族のファルネーゼ家が収集し、その宮殿に飾られていたため「ファルネーゼのアトラス」の名があります。

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 2世紀(紀元150年頃)の像ですが、発見時に残っていたのは天球と胴体・顔の一部。
 手足などは16世紀の後補で、お尻や腕の付け根に修復の跡があり、よく見ると違う大理石を使っているのが分かります。後で補った部分もルネッサンス期の彫刻なので、違和感を感じないほどに修復時の技術水準が高いのでしょう(推測)。

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 彫像の題材はギリシア神話。オリンポスの神々との戦いに敗れた巨人族のアトラスは、罰として天空を背負う役目を命じられました。
 天空は天球儀として表されています。天球儀は地球儀の星空版といったもので、天を球体に見立てて、星座を球の表面に描いています。地球は天球儀の中心にあり、内側から星空を見ている設定。天球儀は外側からの視点なので、描かれる星座は裏像になっています。

 ファルネーゼのアトラスは、古代ギリシアの彫刻を元にローマ時代に作られた模刻と考えられています。ローマの人たちはギリシアの文化を大切にしたので、ギリシア彫刻に範をとったローマン・レプリカといわれる彫刻がたくさん作られたとか。
 このファルネーゼのアトラスが担いでいる天球儀が、現存最古の天球儀とされています。

 現在、日本国内では300余りのプラネタリウムが設置されていますが、プラネタリウムは星空を表現する機能と惑星の動きを再現する機能の組み合わせから成り立っています。その星空を表現する機能の源流は天球儀にあり、ファルネーゼのアトラスはプラネタリウムの祖先の一つに位置づけられています。

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 当時使われていたトレミー(プトレマイオス)の48星座のうち、天球儀に刻まれて今も残る星座は42あります。残る6星座のうち、こぐま座とおおぐま座の2星座は欠損、や座・こうま座・さんかく座・みなみのうお座の4星座は刻まれていません。や座・こうま座・さんかく座は比較的小さな星座で、みなみのうお座はアトラスの肩のマントに接して隠れる部分にあります。

20251103osaka_atlus_122a.jpg 少し離れた場所から天球儀を見ると、球体が少し潰れているのが分かります。これは天球儀の頂部が欠落しているためで、こぐま座とおおぐま座はこの欠落部にあります。
 頂部の欠落部には天球儀を穿つように円筒状の穴が空いていると言いますが、万博イタリア館でも今回の大阪市立美術館でもその様子を見ることは出来ません。
 ファルネーゼのアトラスを上から撮影した写真は検索でもなかなか出てこなくて、唯一見たのが下記のTwitter投稿の写真です。
 https://x.com/aju_kukan/status/1913216050008924409

 全くの当て推量ですが、天球儀に穴を空けたのは重量軽減のためで、本来は穴を塞ぐような蓋のパーツがあり、そこにこぐま座とおおぐま座が刻まれていたのではないかと思います。

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2025年11月02日

奈良文化財研究所平城宮跡資料館

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 せっかく奈良まで来たのでもう一ヶ所くらいと奈文研(奈良文化財研究所)の平城宮跡資料館へ。
 宮殿のくらしを復元したコーナーがあり、今年2025年の正倉院展に出ている鳥毛篆書屏風と木画紫檀双六局の復元品が展示されています。あの屏風こんな色だったのか……と思っていたら奈文研からの訂正投稿がありました。奈文研でも間違えるんだ。

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 企画展は「ナラから平城へ」。怪獣映画みたいなビジュアルのポスターですが、平城京が出来る前の奈良にスポットを当てた展示。

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 後に都が出来るような場所ですから、基本的には住みやすい土地だったはずで、平城京の発掘でもそれ以前の石器時代や縄文・弥生の遺跡が下層から出てきます。
 この辺りだと二上山のサヌカイトが石器の材料としては手近だと思うのですが、いろいろな石材を使っていたみたい。ポスターのビジュアルに使っている石器の接合資料はなんなんだろう。サヌカイトだともう少し黒っぽい気がするけど、割れ方はサヌカイトっぽい気がする(素人の推測)。

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 教科書に載ってる土器。山川出版社の日本史なら採用している学校が多いはずなので、見たことある人も多そうです。古墳時代の土師器は全国各地から膨大な量が出土していそうだけど、何が教科書に採用する決め手だったのでしょう。
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正倉院正倉特別公開

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 東大寺の一角にある正倉院。聖武天皇の遺品を中心に、奈良時代から伝わる宝物や文書を保存してきました。明治以降は東大寺の手を離れ、現在は宮内庁の所管になっています。
 中の宝物は昭和に建てられた空調完備の鉄筋コンクリートの倉庫に移され、校倉造りで知られる元からの正倉は倉庫としての役割を終えています。宮内庁管轄で文化財指定は受けていませんでしたが、1997年に国宝指定されました。

 実は正倉院、平日の日中なら敷地に入って、正倉の建物の正面から20mほどの場所で見学できます。ただ平日限定なので務め人にはなかなか難しく、私も過去に一度だけ敷地内から見学したことがあるだけです。

20251102shosoin174.jpg 2025年の11月1〜3日の間、正倉をぐるりと一回りして見学できる特別公開が行われました。普段よりぐっと近くで、かつ正倉の背面まで回って見ることが出来る機会ということで、足を運んできました。
 前の週末に正倉院展を見てきたばかりで、もっと早く日程を公開してくれていたなら合わせて旅程を組んだのですけど、仕方ありません。2週続けての奈良通いです。

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 公開は朝の10時から。実は9時半スタートと勘違いしていて、列が動き始めた後に行けば並ぶ時間を節約できるかなと9時40分頃に着いたのですが、ちょうど開場前に列が伸びていくタイミングになってしまいました。
 パッと見で150mくらい待機列が出来ていて、このあとも後ろにぐんぐん列が伸びていきます。たぶん300mくらい伸びたのではなかろうか。もっとも東大寺の境内は広大なので、並ぶ場所に不足はありません。

20251102shosoin021.jpg 予定を早めて開場し、10時前に列が動き出します。手荷物検査は皇宮警察の担当で、日常生活では接点のない職務の方々です。ポケットの多いリュックを担いでいて、全てのポケットを開けて確認されたので、他の人よりちょっと時間がかかりました。

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 正倉院の敷地に入ってしまえば、人は多いものの、見学対象の正倉が巨大なので、建物そのものはじっくり見ることが出来ます。

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 遠目には気付きにくいのですが、正倉の建物は巨大です。
 床下だけで人が余裕で立って歩ける2.7mの高さがあります。今回は扉は閉じたままですが、蔵の中も二層になっていて、屋根も普通の民家なら2階建て分の高さはあるので、全体で5階建てくらいの高さがあります。
 外観は単層の建物で、周囲に比較対象がないので、この大きさは近くに寄って改めて実感したこと。

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 そして校倉造りの木材も巨大。校倉造りはいわばログハウスのようなものですが、とにかく一本ごとの木材が太さ30cmほどもある巨大なもの。これだけの木材が国内で調達できる時代だったのですね。
 東大寺三月堂の南側にある手向山八幡宮の宝庫や、唐招提寺の宝蔵や経蔵など、校倉造りの建物は他にもありますが、正倉院正倉は群を抜いた大きさです。

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 見学時の注意書きに「床下は入れません」とあり、なんぼなんでも床下に潜り込む物好きはいないだろうと思っていたのですが、そもそも立ったまま余裕で歩ける高さがあるのでした。高床式は伊達じゃない。
 柱の箍(たが)は1693(元禄6)年の徳川綱吉の修理で付けられたもの。校倉の下部から突き出た部材の先端を銅板で巻いたのも綱吉の修理だそうです。徳川将軍家は割と東大寺を大切に扱っているんですよね。
 柱の礎石は三笠山の安山岩だそうで、柱が載る部分は礎石を平らにするのではなく、柱を石に合わせて削っているそうです。

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