2017年06月03日

阪九フェリー「つくし」

 2013年以来4年ぶりの瀬戸内海航路。
 阪九フェリーの「つくし」は2002年に就航した船で、当初は泉大津航路で運行されていましたが、現在は神戸航路に配船されています。

 今回は2等指定B洋室シングルを確保。以前は無かったクラスで、2等大部屋の区画内に壁を入れて個室を10室配した作り。
 以前からある2等指定A洋室シングルと比べると、部屋が一回り狭く、テレビなし、机椅子なしの物置台ありという簡素な設備。ドアの下に5cmほど隙間があるので、同じ区画の物音はそれなりに聞こえます(大部屋入口の部分にもドアがあるので、共用区画の音は気になりません)。
 電源コンセントの場所が分かりにくく、ベット脇の蛍光灯の下面にあります。現在では携帯端末の充電に電源コンセントが不可欠ですが、「つくし」が就航した2002年はいわゆるガラケーの時代なので、スマホほどの充電需要はなかったのでしょう。
 とはいえ鍵のかかるプライベートな空間を確保できるのはありがたいです。2等大部屋で一人旅だと、食事や風呂で部屋を離れる場合の荷物の管理が不安ですから。 
 この2等指定B洋室シングル、どうやらドライバーズルーム(長距離トラックなどの運転手向けの部屋)の一部を一般向けに販売してるようです。割り切った作りは何となく納得。

 六甲フェリーターミナル。一足先に大分行きの「さんふらわあ」が出港します。後を追うように5分差でこちらも出港。
 船内のレストランで夕食。カフェテリア方式で好きな小皿をプレートに乗せてレジへ持っていきます。
 明石海峡大橋と東経135度子午線の通過をデッキで眺めて、お風呂入って就寝。
# 瀬戸内海は波が静かですが、それでも一番上のデッキにあるお風呂は適度にお湯が動いて面白いです。

 明け方に目が覚めて、船内のモニタを見て愕然。
 え、まだ来島海峡越えてない? 到着が2時間遅れ!? 何が起こったの!!
 慌ててデッキに出て自分のスマホのGPSで現在地を確保すると、すでに伊予灘を航行中。船内の現在位置モニタに何かの不具合でGPSのデータの更新が止まっていたようです。ああ、びっくりした。
# さすがに2時間遅れると後の行程がしんどい。

 そんなこんなで未明のデッキに出たおかげで、船上から明けの明星を拝めました。
 よい朝です。

 船は定刻通りに新門司港に到着。
 新門司港から門司駅・小倉駅までは無料の送迎バスが運行されています。道路事情にもよるでしょうが、この日は小倉駅まで40分ほどで到着。いよいよ九州の旅が始まります。
posted by ふくだ at 23:45| Comment(0) | 地図と地理と遠出

2017年05月27日

星見行(5月26-27日)

 急遽、お誘いを頂いての星見行。
 夜半から天候が回復する予報で、現着するとすでに満天の星空。新月の夜ということもあり、学生さんらしきグループが賑やかに星見されてました。少し離れた空き地に機材をセット。

 明け方に国際宇宙ステーション(ISS)のパスがあり、-3等級の豪快な明るさで天の川を横切っていきました。
 街中だと短い露出の写真を比較明合成で重ねますが、光害のない場所ならば背景の空が白く飛ぶこともないので、2分露出の一発撮りです。
 ISSの通過前に一枚試写して、感度と露出を判断。この辺りはなんとなくの経験値。

2017年5月26日27:34:21〜 129秒露出(兵庫県神崎郡神河町)ニコンD5500+ニッコール18mm F2.8D F2.8開放、ソフトフィルター(ケンコー PRO1D プロソフトンA(W))使用、いずれもリサイズ、トーンカーブ処理済。

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posted by ふくだ at 23:45| Comment(0) | 星空観望

2017年05月21日

井原市星空公園(旧美星水路観測所)

 井原市星空公園。元は海上保安庁の美星水路観測所です。

 「水路観測所」というと船の通り道の水深などを測っていそうですがさにあらず。
 海図を作るための基準になる測地、そして天文航法のために必要な天文航海暦を作成するための天体観測を行っていました。主に星食(月が公転とともに背後の恒星を隠す現象)の観測を行い、地球の自転速度や月の動きを調べていました。
 そんなわけで海から20kmも離れた標高500mの山の上に「水路観測所」が設けられたのです。

 業務自体は天体観測そのもので、海上保安庁水路部(現在は海洋情報部)は天文を仕事にできる数少ない職種の一つとして知られていました。むかしむかし、天体観測を仕事にできるなんて素敵じゃないか、と就職を考えて調べたことがあるのですが、当時の水路部は天測だけでなく、灯台の勤務も大切なお仕事。もちろん巡視船に乗るお仕事もあるわけです。
 関東平野の内陸で育った私には灯台勤務や巡視船乗組はあまりに未知の世界で、水路観測所に配属されなかった場合のことを考えると尻込みしてしまいました。もし神戸に育っていたら、海や船は身近な存在なので、おっかなびっくりすることもなかったかもしれませんが、今は昔。

 美星水路観測所の前身は倉敷水路観測所で、倉敷の光害の影響を避けて1983年に美星町へ移転し、以来25年に渡って天測を行ってきました。測地はやがて星食から人工衛星を利用したレーザー測量に切り替わり、美星水路観測所は2008年に閉鎖。また現在唯一残っている下里水路観測所(和歌山県)でも同年に天体観測業務を終了しています。

 立ち寄った道の駅で見かけた「美星牛乳」。パッケージが素敵ですが、ここに描かれている天文台が美星水路観測所です。
 もう一回り小さな200mlのパックを購入して、美味しく頂きました。
posted by ふくだ at 23:50| Comment(0) | プラネ/天文台/科学館

美星天文台 & 美星スペースガードセンター

 岡山県井原市の一角にある美星町。合併前は岡山県小田郡美星町でした。
 読みは「びせい」。村内を流れる美山川(みやまがわ)と星田川(ほしだがわ)から一字ずつ取った町名です。訓読みの「みほし」でも可愛らしかったかも。

 名は体を表すというのか、星空のきれいな場所で、かつては海上保安庁の水路観測所(天文台)も置かれていました。1980年台末期からの地域おこしでこの星空を活用し、町立の天文台を設けたのが美星天文台です。
# 閉館直前に着いたので、ロビーの売店のみ見学させて頂きました。

 隣りにあるドームとスライディングループはNPO法人日本スペースガード協会の美星スペースガードセンター。何やら秘密結社の秘密基地のような名前と外観ですが、宇宙人を迎え撃つ施設ではなく、小惑星の衝突から地球を護るために、太陽系内小天体の観測を行っています。 2010年までに436個の小惑星と、C/2001 W2(BATTeRS彗星)を発見した実績があります。

 昔々のお話ですが、美星町が星の町おこしを始めた頃に開催されたフォトコンテストで、何気に写真を送ったら入選してしまったことがあり、星まつりのイベントの案内を頂いたことがあります。子どもの頃で、とても参加できる距離ではなく、後日に賞状をお送り頂いたのですが、いずれ足を運ばねばならぬと思っていました。

 もう一つは遠藤周作の「反逆」という小説。前半の主人公が荒木村重で、荒木に使える家臣の一人が美星町の山城の出身という設定。荒木村重の謀反の顛末はこの作品で初めて知ったのですが、少し縁のあった美星町が出てきたことも合わせて印象に残っていました。天文台の周囲は「中世夢が原」という歴史公園になっていて、そんな歴史も継がれているのかな、と。
# 城の名前は失念していましたが、帰宅後に調べたら小笹丸城でした。

 遙かなる美星町。思いもかけずに訪問できて、感慨深かったです。
posted by ふくだ at 23:49| Comment(0) | プラネ/天文台/科学館

「はじめてのそら 〜望遠鏡が広げる君の世界〜」(岡山天文博物館)

 「はじめてのそら」は2010年につくばエキスポセンターの秋番組として制作された作品で、LiVEの上坂浩光さんが監督を務めています。
 上坂さんの全天周映像作品の中で唯一、未見のままの作品。岡山天文博物館で上映されている(〜2017.6.4)のは知っていたのですが、公共交通機関でのアクセスが難しい場所で、もう少し行きやすい場所で上映される機会があればと考えていました。

 が。「レンタカーシェアして見に行きましょう」とお声がけ頂き、トントン拍子に出かけることになってしまいました。
# 宇宙好きの方々の機動力と即応力にはただただ驚くばかりです。

 天体望遠鏡を初めて手にした時のいろはを紹介する作品で、望遠鏡の視野の描写が動きを含めてとってもリアル。
 星を好きになってから、見える世界を広げてきた軌跡を追体験するようで、また星空を見上げたくなる作品でした。

 月や惑星は探査機が素晴らしい写真を撮ってるのに、それでも自分の眼で見たいと思います。多くの天体は他の誰かが優れた機材で素晴らしい写真を撮っているのに、それでも自分で撮りたいと思います。手間暇かけて何やってるんだ私。
 好きなことに理由はないから仕方ないか、って思っていたのですが、作品の中に「宇宙を感じたい」という言葉が出てきて、身体をフッと駆け抜けていきました。そうか私は宇宙を感じたいから星を見てるのか。宇宙を感じたいから星を撮りたいのか。なにか大変なものを好きになったんだなと、気がついたらちょいと涙腺が緩んでいたりして。
 おじさん天文ファンが涙すると聞いてましたが、おじさんに限らずとも星が好きでいろんな経験をした人なら、あれやこれやを思い返してしみじみニヤニヤすること請け負います。星が好きになったばかりの人は、この先どんなステキな世界が広がっているのか、感じることが出来ると思います。

 内容が古くなる作品ではないので、他でも上映してくれるといいのにな。
posted by ふくだ at 23:48| Comment(0) | プラネ/天文台/科学館

岡山天文博物館

 岡山天文博物館は岡山天体物理観測所のビジターセンター的な施設です。後に地元の鴨方町に運営が移管され、現在は合併後の浅口市の施設になっています。

 展示物の多くは開館当初からさほど更新されていないのではという年代物。恐るべきことにメンテナンスは行き届いていて、動く模型は動くし光る模型は光る状態を維持しています。老朽ではなくレトロな雰囲気で、もはや突き抜けて味がある状態。
 観測所で使用されていた機器類の展示も、オールドファンには懐かしさを感じさせます。このコンパレータ―、ニコンの古いロゴが入ってます。渋いねえ。
 地元天文同好会「岡山アストロクラブ」の天体写真展が開催されていて、この日はそれ目当ての来場者も多いようでした。

 宇宙開発の展示は「資料提供:東京大学宇宙航空研究所」。「おおすみ」の打ち上げの写真パネルがあるから1970年以降ですが、写真が完全にセピア色です。
# ついでに原町市の気球実験施設は茨城県じゃなくて福島県だ(茨城県鉾田市にも気球実験施設があったので混同されたのでしょう)。

 パロマー写真星図の実物をルーペで見る展示。パロマー天文台と欧州南天天文台の名前が並んでいて、「Palomar Observatory Sky Survey II」とあるので、1980年代に行われた第二次サーベイのもの。今はCCDカメラの時代ですが、当時は写真乾板ですものねえ。
 おとめ座銀河団のあたりをルーペで拡大すると、M100回転花火銀河がこの通り。星像もシャープですごい。

 手作りの「キューポラ」の実物大模型がなかなか秀逸で、中にはいって窓の外を見ると、写真だけならISS気分。こういうの好きです。

 プラネタリウムはミノルタMS-10(AT)とメディアグローブIII。
 浅口市の紹介の全天周映像から始まって、星空案内は今となっては珍しいオート解説。その後に「はじめてのそら」の上映というプログラム。ドーム径が小さいので、メディアグローブIIIの魚眼レンズ一台打ちでも輝度は及第点。ただ真ん中の投影機が視界を遮るので、座席を選ぶのがなかなかの難題。中央より後方、投影機の真北を避ければ大外しはないでしょう。
# 明石市立天文科学館の大きなツァイス投影機を見慣れてるので、MS-10が鎮座しているくらいは何ともないです。

 小規模な博物館で3回目の訪問ですが、毎回毎回楽しませて頂いています。
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岡山天体物理観測所



 国立天文台岡山天体物理観測所は1960年の開所(明石市立天文科学館と同い年)。
 山上にある口径188cm反射望遠鏡は、完成当時は東洋一と言われ、2004年に西はりま天文台のなゆた望遠鏡(口径2m)が完成するまで、長らく日本国内最大の望遠鏡でした。

 天文台の敷地は日中公開されていて、188cm望遠鏡もガラス越しにその姿を見ることが出来ます。
 2016年7月の特別観望会でこの望遠鏡を覗いたことがあるのですが、その時は夜間。また2006年11月に明石市立天文科学館の星の友の会で見学に来たことがあるのですが、この時は土砂降りの大雨。昼間にきちんとドームの外観を見るのは初めてです。

 しかし188cm望遠鏡のドームの大きいこと。そして造作がしっかりしていて存在感が抜群。
 中身がコンパクトな京大3.8m望遠鏡のドームの方が小さいくらい。京大3.8m鏡ドームは費用を掛けずに済む部分はローコストで押さえている感があるんですよね。限られた費用を有効に活用するという意味では、これはこれで今風です。

 今回は石田五郎さん著『天文台日記』を忍ばせていきました。
 岡山天体物理観測所を舞台に、天文台に務める天文学者の一年間を綴ったエッセイ。新幹線も岡山まで開通しておらず、東京からの出張は夜行列車という時代。観測手段は当然のごとく写真乾板で、あれやこれや当時に思いを巡らしながら、天文台での暮らしや観測の日々をワクワクしながら読み進めました。

 生まれ故郷の空気に触れて、どんなんだったでしょう。
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京都大学3.8m望遠鏡建設中

 岡山天体物理観測所の隣で、京都大学3.8m望遠鏡の建設が進んでいます。すでに望遠鏡を収めるドームは組み上がっている様子。
# 2016年7月時点では、まだドームを支える建物部分の骨組みだけでした。

 望遠鏡の製造・建設が正式に動き出したのは2006年のこと公式サイトはあまり情報が更新されていないのですが、当初の予定(2011年ファーストライト)より遅れはあるものの、着実に進んでいるようです。

 日本が持つ最大の望遠鏡は国立天文台ハワイ観測所のすばる望遠鏡(口径8.2m)。
 日本国内では兵庫県立大学西はりま天文台のなゆた望遠鏡(口径2m)、その次が国立天文台岡山天体物理観測所の188cm望遠鏡です。京都大学3.8m望遠鏡が完成すると、新たに国内最大の望遠鏡となります。
# 一般公開が行われている望遠鏡としては、西はりまのなゆたが引き続き日本最大(というか世界最大)の予定。

 口径3.8mの主鏡は18枚の鏡を組み合わせた分割鏡で、将来の大型望遠鏡建設へ向けての技術開発を睨んでの計画。隣接する岡山天文博物館に主鏡の大きさを示すモデルと、主鏡に使われる低膨張のガラス材が展示されています。

 ドーム手前の白い大きなテントの中で望遠鏡の組み立て・試験が行われていて、天文博物館内ではライブカメラで様子を見ることが出来ます。

 望遠鏡の模型も。スケールは1/20で、隣りにある188cm望遠鏡の模型と合わせてあるのがさすが。
 望遠鏡全体の大きさだと188cmの方が大きいんだなこれが。建設時期にほぼ60年の差がある望遠鏡ですが、短焦点の鏡を精度良く磨いて制御する技術と、経緯台でもコンピュータ制御できちんと星を追尾する記述が確立したから、ここまでコンパクトになるのです。

 観測が始まるのが楽しみです。
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2017年05月20日

KAGAYAさん講演会「世界に星空と夢を求めて」

 明石市立天文科学館でKAGAYA写真展「星空讃歌」を開催中(2017年4月22日〜6月4日)。
 その企画の一環として、KAGAYAさんの講演会が開催されました。
 5月2日に申し込み開始でしたが、その日の晩には満席受付終了の人気ぶり。私は寝る前に「あ、そうだKAGAYAさんの申し込み今日だっけ」と思い出してネット繋いだら、「残席2」という状況でした。滑り込みセーフ。

 講演会当日の様子は、こちらのtogetterのまとめにて。

 KAGAYAさん講演会「世界に星空と夢を求めて」明石市立天文科学館(togetterまとめ)
 https://togetter.com/li/1112478

 KAGAYAさんは「何か起こりそうな場所にはかならず行く」とおっしゃいます。皆既日食を見られる場所やダイヤモンド富士を見られる場所は計算されていますし、天文現象の見えるタイミングも同様。もちろんおいそれと行ける場所で無いことも多いのですが、万端の準備をして望んで、その上で「よくぞこの瞬間を捉えた!」という作品が生まれるのです。
# KAGAYAさんのことだから、苦労を苦労と思ってらっしゃらないかも。

 終了後にはサイン会が行われました。今回は夜間の企画で、講演会が終わったのが20時過ぎ。私は手持ちの「銀河鉄道の夜」DVDにサインをお願いしたのですが、以前2015年のISTS「HYOGO-KOBE宇宙博」でご一緒したときのことを覚えてくださっていて、嬉しいやら恐縮するやら。ほんにお茶目で誠実で素敵な方です。
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2017年05月15日

航空戦艦「伊勢」 1/700プラモデル(フジミ 特EASY SPOT)

 「伊勢」は川崎重工神戸造船所で建造された戦艦です。
 就役は1917(大正6)年。1935〜37年にかけて近代化改装が行われましたが、太平洋戦争開戦後は空母が主役となり、前線に出ることのない日々を過ごしました。
 1942年のミッドウェー海戦で日本海軍は主力空母4隻を失って敗北。ここで目をつけられたのが比較的旧型の「伊勢」と姉妹艦の「日向」。もともと6つあった砲塔の後ろ2つを撤去して、格納庫と航空甲板を設けて空母の役目を担うことになりました。

 航空甲板といっても空母ほどの長さはなく、滑走しての離発着は不可能。発進時はカタパルトで射出し、帰還時は他の空母か陸上基地に降り、水上機は着水してクレーンで回収する運用が想定されていました。
 航空機の定数は22機を予定しており、これは商船改造の小型空母程度の搭載量。ただし搭載する予定の航空隊が他の戦場に出てしまったため、艦載機が積まれることはありませんでした。
 その後の伊勢は格納庫を活かした輸送任務などに当たり、燃料の欠乏した1945年には呉に浮き砲台として係留されます。7月24日と28日の呉空襲で大破着底し、戦後に解体されました。

 以前に製作した「大和」「赤城」と並べると、「伊勢」が最も小さい艦です。
 通称で「航空戦艦」と呼ばれますが、書類上の艦種は「戦艦」のまま。航空甲板は通常の空母の木張りと異なり、コンクリート舗装されていました。
 第三砲塔・第四砲塔はカタパルトに邪魔されて射角が制限され、特に第四砲塔は向けられる角度のほうが少ないくらいです。艦載機を載せないことが決まったあと、カタパルトは撤去され、航空甲板には対空機銃が並べられました。おかげで度重なる空襲を切り抜けたともいえますが、なんのための改装だったのか。模型的には面白い造形なんですけどね。

 神戸港でおなじみの海上保安庁巡視船「せっつ」と並べるとこの通り。
 「せっつ」も巡視船の中では大型ですが、第二次大戦時の戦艦は桁が違います。



 キットはフジミの「特EASY」シリーズ。甲板など塗装が必要な部分をシールで補い、組み立てとシール貼りだけで完成するキットです。塗装不要な分「EASY」なのですが、元になった「特シリーズ」が超絶に細かいパーツだらけで、組み立てが全く易しくありません。ピンセットで摘んで弾き飛ばしてなくしたパーツがいくつあることやら。組み立ての時間よりパーツ探しの時間が多かった気が……するだけかも。

 甲板のシール、塗装ではここまで塗り分けられないという精度ですが、艦EASYの大和・赤城の甲板と比べるとだいぶ濃いです。一般的な甲板色は大和・赤城の甲板成型色に近いので、ここはそちらに合わせてくれるとよかったかも。
 ただ伊勢のシールは甲板の木板の継ぎ目まで印刷済みなので、大和・赤城の甲板も墨入れをすると近い雰囲気になるのかもしれません。
posted by ふくだ at 23:45| Comment(0) | ペパクラ/工作/科学的遊具