2016年11月26日

兵庫津遺跡第69次調査現地説明会

 兵庫津遺跡第69次調査現地説明会。
 今回の調査エリアは昨年まで掘られていた兵庫城の南側。道路整備に伴い細長い調査区が設定され、江戸時代中期の町屋跡が出てきました。
# 詳しくは神戸市文化財課の現地説明会資料から兵庫津遺跡 第69次(2016.11.26)をご参照ください。


 パッと見て目を引くのは井戸の遺構。石組みのものと、きれいな円形になっているのは、瓦を組んだもの。
 瓦と言いますが、屋根瓦の転用ではなく。円柱を形作るために専用に焼かれたもの。そして瓦組の井戸は新しい時代らしい(明治のもの)。
 水が湧いてくるので排水しながらの作業となります。水面はほぼ海抜0mで、潮の満ち引きと連動して水位がかわるそう。
# 海水かどうかを訊ねたら、説明担当の方は分からないとのことでした。まあ、舐めるわけにはいかないですね。

 町屋の裏手にある長方形の遺構。木組みで囲われている。石組みで囲われているものだと貯蔵庫の可能性が高いのだが、こうした木組みの遺構は例が少なく、どのような性格のものかは今後の調査で検討していきたいとのこと。

 西側(写真左側)の町屋は焼土層が出土していて、火事の後に建て直したらしい。現在見えている遺構面は焼土層の下に掘り進めたもので、更に古い時代の家屋がでています。

 そのまま掘っていけば室町時代の兵庫津、やがては平安時代の大輪田泊まで遡れそうな錯覚に襲われますが、さすがに海抜0mの下まで遺構があるとも思えません。

 兵庫区でも比較的標高が高い平野や夢野の祇園遺跡では平氏の屋敷跡と目される遺構が出ていますが、この海沿いで大輪田泊関連の遺構が見つかるときは来るのでしょうか。
# あるとすればもう少し北側のエリアになりそうな気がします。
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2016年11月05日

ブルーインパルス展示飛行 おまけ

 ブルーインパルスの展示飛行は午後でしたが、午前中にはF-4ファントムの展示飛行がありました。
 当初の予定ではF-4とF-15が1機ずつのはずでしたが、やってきたのはF-4が2機。私は双眼鏡で確認しましたが、会場にいた人たちは肉眼で「ファントムや―」と判別していました。いや流石に肉眼では無理。
 両機種とも見たことないのでF-15が見られないのは残念でしたが、F-15は当分、現役にとどまるのに対し、F-4はそう遠くない将来に引退するので、今回はF-4でよかったということで。
 平城宮跡を三度、南から北にパスし、最後は翼を振りながら去っていきました。

 こちらはブルーインパルスを待ち構える人々。常連の方が多いのか、「またお会いしましたね」的な挨拶があちこちで聞こえていました。200mm・300mmは当たり前で、500mmとか600mmといった望遠鏡クラスの望遠レンズを手持ちで振り回してます。恐ろしや。
 個々の機体を、あるいは密集した編隊をアップで狙うには、それだけの望遠が必要になり、一方でスモークで描かれる航跡を狙うには広角から魚眼のような超広角が必要になります。
 実はスマホのカメラはそこそこ広角なので、意外に雰囲気のある写真を撮ることが出来ます。慣れていない人は望遠レンズの狭い画角で高速で移動する飛行機を追うのは無理なので(双眼鏡でも視野にいれるのが大変でした)、スマホかコンパクトデジカメでスモークの航跡を狙うのが無難。

 とにかく今回は天候に恵まれたのが何よりでした。
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ブルーインパルス展示飛行

 奈良・平城宮跡上空で行われたブルーインパルス展示飛行を見てきました。
 11月5日・6日に行われていた平城京天平祭の一環で、5日が予行、6日が本番。基本的には同じ演目をするのですが、予行では地形の把握などを行い、本番はそれを踏まえて演目を変えることもあるそうです。

 もともとこの週末は星見に行くつもりでしたが、星空の方は2日の晩に堪能してきたので、急遽、奈良に出かけることにしました。今回は初めて見るということで、基本は肉眼と双眼鏡での見物。写真まで欲張ると二兎を追うものになりそうで、カメラは持っていきませんでした。掲載した写真は合間にiPhoneで撮影したものです。

 まずは挨拶代わりに大極殿上空をパスするブルーインパルス。

※この記事の写真はクリックで拡大します。

 「フェニックス」という形態での編隊飛行。青空に白いスモークが映えます。

 左写真は演目「さくら」。花芯と5つの花びらを6つの円で描きます。直上で旋回が行われたので、携帯のカメラの画角ではとても収まりきれません。このあと水平にハートマークを描きましたが、これも写真には収めきれず。
右写真はチェンジオーバーターン。縦一列から三角形に編隊を組み替えてターンします。

 チェンジオーバーターン。逆光の中を飛ぶ様子が素敵です。

 最後は朱雀門からレベルオープナー。一団となって飛んできた編隊がパッと散開していきます。

 このあと6機揃って南西から北東に、翼を振りながら上空をパスして去っていきました。お見事でした。
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2016年10月16日

キトラ古墳壁画特別公開(第1回)

 2016年9月、奈良県明日香村にキトラ古墳壁画体験館「四神の館」が完成しました。
 石室から剥がされたキトラ古墳の壁画を保存するための施設で、キトラ古墳についての常設展示と、年に数回、実物壁画の公開が行われます。建物の規模に不釣り合いな空調と電源の設備がすごいです。
 9月から10月にかけて最初の事前申込制の特別公開が行われ、私は10月16日の午前に参加してきました。

 キトラ古墳の壁画は玄武・朱雀・青龍・白虎の四神が有名で、天井には天文図が描かれています。
 段階的に修理と公開が行われてきましたが、天文図は今回が初めての公開。これは見ておかずにいられません。

 ちなみに過去のキトラ古墳(と高松塚古墳)関連の記事はこちら。
飛鳥資料館特別展「星々と日月の考古学」(2011年5月28日)
東京国立博物館 特別展「キトラ古墳壁画」(2014年4月26日)
飛鳥資料館特別展「キトラ古墳と天の科学」(2015年11月03日)
国宝高松塚古墳壁画修理作業室の公開(2015年11月03日)
高松塚古墳・キトラ古墳(2015年11月03日)

 キトラ古墳は明日香村の南の外れにあり、近鉄飛鳥駅よりも壺阪山駅が最寄りになります。駅から1km弱なので徒歩15分ほど。壺阪山駅は高取城の城下町にある駅で、メインストリートを横切ると程なく遠方にキトラ古墳を遠望できます。



 見学は事前申し込み制で、当日キャンセル待ちも受け付けていました。
 指定時間に受付脇に集合。撮影禁止などの注意事項の説明を受けた後、壁画の展示室に誘導されます。壁画についての解説は受付で頂けるリーフレットのみなので、先に展示室を見学して予習するのがおすすめ。

 見学時間は10分。今回出展されたのは、天文図と白虎と朱雀の壁画3点と石室内の出土物。壁画はガラス越しですが、見学者から0.5〜1.5mくらい(だったと記憶しています)の距離で間近に見ることができます。単純計算で一点当たり3分強は見ていられますから、割りと余裕があります。でも天文図をじっくり見てるとあっという間。

 キトラ古墳の天文図は、星の位置を正確に表した星図というより、中国星座の星宿を描いた図という印象。
 静粛とふだん馴染んでいる西洋の星座と対比するには多少の予習が必要です。現地で予習するなら「四神の館」の地下の展示室。天文図のコーナーにタッチパネルのモニターがあり、天文図の星宿が現在のどの星座のどの星に対応しているか表示する解説が入っています(二十八星宿のみ)。まずはこれを抑えておけば大丈夫。
# ちなみに星座絵はステラナビゲーターのようです。

 星の並びで比較的分かりやすいのは、オリオン座とさそり座と北斗七星あたり。あとは手元のパンフレットの天文図の説明図と首っ引きで見比べるようになります。10分間のうち7割以上を天文図の見学に費やし、自分の知っている範囲の星は同定できたかな、という感じ。
 以前に見学した高松塚古墳の星宿図は、立ち位置を変えないと光の反射で金箔が見えたり見えなかったりでしたが、キトラ天文図は修復後の状態が良いのか照明のあて方がよいのか、ずっと見やすい状態でした。
# 白虎と朱雀は東博で見ていたので割り切りました。

 天文図も他の壁画も細部を見るには単眼鏡や双眼鏡があると便利です。ただ壁画までの距離が近いので、最短合焦距離は予め要確認。特に双眼鏡は注意が必要です。私は博物館見学用に最短合焦距離50cmのPENTAXパピリオを愛用してます。

 四神の館周辺の遊歩道もおすすめ。石室の凝灰岩を切り出した二上山を望む展望台があったり、キトラ古墳の墳丘を裏手から眺めるポイントもあります。なお公園地区と周囲の集落の境界がはっきりしていない場所もあるので、道に不安になったら素直に引き返しましょう。
 私は集落に迷い込んで、カンで元の場所に戻りました。
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2016年10月15日

川崎重工創立120周年記念展-三式戦闘機「飛燕」

 川崎重工創立120周年記念展として、陸軍戦闘機「飛燕」の展示が神戸のポートターミナルで行われています。
 陸軍三式戦闘機「飛燕」は川崎重工製で、機体は各務原工場(現:岐阜工場)、エンジンは明石工場で生産されました。

 尖った先端から流線型の形が特徴で、これは液冷式エンジンを採用したことによるもの。
 当時の日本の航空機は空冷エンジンの採用が多く、これは構造が比較的簡単で軽量に作ることができた反面、エンジン冷却のために頭でっかちになり、空気抵抗の面で不利でした。液冷エンジンはラジエーターを機体の別の場所に設けることができるため、空気抵抗を受けにくい設計が可能となります。ただしエンジンは重く複雑な構造になります。
# 優劣はつけ難く、例えばレシプロエンジン最速記録は空冷エンジンのF8Fベアキャット改造機「レアベア」が達成しています。

 日本の第二次大戦当時の軍用機は終戦時に残存していたもののほとんどが破棄され、この「飛燕」は米軍に接収された後に返還されて今に伝えられました。
 戦後、各地で展示されたのですが、劣化が進み、製造元の川崎重工岐阜工場で修復が進められていたものです。
 将来的には機体の生まれ故郷の地、かかみがはら航空宇宙科学博物館での展示が予定されていますが、この度はお披露目として、川崎重工創業の地である神戸での展示となったもの。

 「飛燕」は日本に一機しかない機体で、私も見るのは初めて。思いの外にカッコいい機体で見惚れてしまいました。
 修復はオリジナル部品をなるべく使う方式(文化財的観点からはこちら)と、機能や外観を重視してレプリカパーツなどを多用する方式(動態保存などの場合はこちら)がありますが、今回は前者の方式です。

 ジュラルミン地がむき出しの銀色ですが、これは元の機体がそうだったらしいとのこと。この機体、飛燕「II型」17号機とのことで、エンジンをより強力なものに換装した改良型。試作機的な位置づけで内地で試験などに使われていたそうです。

 会場には復元プロジェクトに携わった川重の関係者がスタッフとして来ていらして、質問するととても楽しそうにいろいろお話してくださいました。

 左は操縦席のパネル。川重に戻った時点で計器類の殆どはオリジナルではないものに置き換わっていて、当時のものを集めて再現しました。

 右は飛燕II型に搭載されていたハ140エンジン。I型搭載のハ40の改良版で、これを搭載したII型は高度10,000mでも編隊飛行を維持できる強力な戦闘機になるはずでした。構造が複雑な水冷式エンジンは、当時の日本の工業力では持て余し気味で、万全の体制なら高性能を発揮した飛燕も稼働率は高くなかったと言われています。資源も燃料もなく、産業の裾野の広がりもない中で、生産も修理も滞り、いろいろ無理をしていた印象。これは飛行機に限った話ではないのですが。

 同じ会場にカワサキのバイクも展示してあるのですが、二輪車の知識が全然ないので、こちらはサラッと見て終えてしまいました。
# ライムグリーンの大きなバイクばかり作っているメーカーの印象があります。
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2016年10月08日

JAMSTEC「よこすか」「しんかい6500」「うらしま」一般公開 その3

 無人探査船の「うらしま」。自律航行で長時間行動できます。ソナーを使った詳細な海底マップ作りが得意分野ですが、大きなペイロードベイに様々な観測機器を積んでの多様なミッションをこなせるのも特徴。

 ほぼ正面から見た「うらしま」。ポケモンのモンスターボールがこんな色合いだったような。きっと深海のモンスターを捕まえるミッションを…(マニュピレーターはついてないので無理)

 「しんかい6500」に戻って、改修ポイント。
 「しんかい6500」は2012年に機体制御系の大規模な改修を行っています。以前は船尾に大きな推進用のスクリューが一つ付いていたのが、改修後は小型のスクリュー2つに。また水平スラスタが船首だけに付いていたのを船尾にも増設しました。全体として深海でより敏捷……というより細やかに動けるようになっています。

 「しんかい6500」や「うらしま」を釣り上げる「よこすか」船尾の大型クレーン。川重のマークが入っています。

 格納庫に並んだ「しんかい6500」と「うらしま」。JAMSTECの潜水調査艇は、以前に「かいこう7000II」を見学したことがあるので、これで一通り見たことになります。
 帰り際には一般公開の待ち行列が更に伸びていました。いやはや、大人気です。
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JAMSTEC「よこすか」「しんかい6500」「うらしま」一般公開 その2

 潜水調査船「しんかい6500」。
 船体前部に内径2mのチタン製耐圧殻(たいあつこく)があり、そこに3人が搭乗します。パイロット2名と研究者1名。一度の潜水で最大8時間の航行が可能ですが、6500mまで潜ると片道2.5時間かかるので、深海底での滞在時間は3時間ほどです。
 なおトイレはないのでお察し。

 しんかい6500のカメラ群。一枚目がハイビジョンカメラ、二枚目がビデオカメラとスチルカメラ。それぞれ投光器付き。
 船体本体にも投光器があり、高輝度LEDで自動車のライト7台分くらいの明るさがあります。それでも海底では条件の良い時で視界30m。意外に近い範囲しか見えません。海水そのものによる減衰と、プランクトンの死骸などでホコリが舞ったように霞んでしまうのだとか。

 しんかい6500の覗き窓。厚さ138mmのアクリルガラス。美ら海水族館でも使われているとか。傷が付きやすいので、搭乗者のカメラはフード着用必須だそうです。交換して外したものを格納庫内で展示していますが、透明度高い。

 しんかい6500のマニュピレーターと採取したサンプルを入れるバスケット。網を結束バンドで止めているのが微笑ましい雰囲気。格納庫の壁には結束バンドを入れておく筒が付けてあります。日本の海洋探査を支える結束バンド。

 しんかい6500は人が乗る耐圧殻以外は水に浸かる構造で、配線は油を満たしたチューブで保護しています。バッテリーはGSユアサ製。人工衛星のバッテリーも作ってる会社。

 いたるところに積んである浮力材。極小のガラス玉を樹脂で固めているそうです。どこの部材が分かるように全部に番号を振ってあるとか。
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JAMSTEC「よこすか」「しんかい6500」「うらしま」一般公開 その1

 2016年10月8日、神戸港にてJAMSTECの「よこすか」「しんかい6500」「うらしま」の一般公開が行われました。
 やってきたのは潜水調査船支援母船「よこすか」、そして同船に搭載された潜水調査船「しんかい6500」、深海巡航探査機「うらしま」です。

 潜水調査船支援母船「よこすか」は川崎重工神戸造船所、「しんかい6500」「うらしま」は三菱重工神戸造船所製。日本国内で潜水艦の造船能力を持つのは両重工の神戸造船所だけで、ときおり里帰りしてドッグ入りしている姿を見ることがあります。とはいえ一般公開の機会はめったになく、私も初めての見学です。

 見学者の長い列。私は9時半少し前に着いて1時間待ちだったのですが、その後はさらに列が伸びたそうです。見学待ちの間に「『よこすか』は神戸の川重、『しんかい6500』は神戸の三菱、しんかい6500の耐圧殻は神戸製鋼。だから神戸市民の手で生まれた船たちが深海探査の第一線で活躍してるのです」とJAMSTECの解説の人。おだてられました(^_^)

 「よこすか」船橋。双眼鏡はニコン7×50と台座だけ置いてあるニコン20×120。

 船橋の神棚は金毘羅さんをまつってらっしゃいます。御札が天井に貼られているのが面白いです。

 船室です。毛布のたたみ方が可愛らしい。
 揺れに備えて冷蔵庫やテレビは固定してあります。角に緩衝材を貼り付けてあります。「よこすか」は1990年の竣工で船室は2人部屋が基本。後から作られた「かいれい」(1997年竣工)は増加した女性研究者への配慮もあって個室が基本で、廊下の幅も「かいれい」の方が資料を持ってすれ違えるよう広くなっています。

 「よこすか」に積んでいる海底の構造調査をする機器類。エアガンで振動を起こし、海底や海底の下の地層で反射された波を、長ーいケーブルにつけた集音マイクで拾って、海底の構造を解析するそうです。海底下5kmまで調べることができるとか。

 いよいよ格納庫。配置表の観察者の欄は「見学者の皆様」。
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2016年09月11日

JAXA筑波宇宙センター

 地質標本館のある産総研の隣の敷地ということで、JAXA筑波宇宙センターにも寄ってみました。
 展示室「スペースドーム」で更新されたのは「きぼう」の模型。これまでは実物大モックアップの展示でしたが、「宇宙博2014」(幕張)で展示してい実物大模型に更新。

 それからH3ロケットの模型もありました。SRBまわりはこんな感じか(模型製作時の重要ポイント)。

 広報・情報棟内にラジオ日本で放送されていた「ディープな宇宙をつまみ食い」企画展。JAXA職員によるマニアックというかディープ極まりない番組で、一部の宇宙ファンに人気を博していました。今でもポッドキャストで聞くことが出来ます。

 筑波宇宙センター入り口の日時計。車で来ると見過ごしちゃう場所なので、今まで意識してみたことありませんでした。
 西側が切り欠いてある面白い形です。
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2016年09月09日

観音埼灯台

 東京湾の入り口、神奈川県横須賀市の観音埼灯台。
 もともと隅っこ端っこを訪問するのが好きなので、「三笠」を見学したあと地図を開いて、「ああ、観音埼灯台ってこの近くなんだ」とバスの時刻を調べて飛び乗りました。

 全国各地の灯台を点々する灯台守夫妻の半生を描いた「喜びも悲しみも幾歳月」という映画があります。ずいぶん前にDVDで見たのですが、これが名作の名に違わぬ作品で、「♪俺ら岬の灯台守は〜」の主題歌がしばらく頭のなかでヘビーローテーションになってました。

 観音埼灯台はその冒頭に登場する灯台で、それで名前を覚えていたのです。

 地表面からの灯台の高さは19m。実はそれほど高い灯台ではありません。
 日本最初の洋式灯台の一つで、この灯台が着工された11月1日が「灯台の日」とされています。初代の灯台と二代目の灯台は地震で崩壊し(二度目の被災は関東大震災によるもの)、現在の灯台はコンクリート造りの三代目。

 内部のフレネルレンズは摩擦を減じるために水銀槽に浮かべられています。以前は錘で回転させていましたが、現在はモーターで回しています。灯台守がいたのも今は昔、現在は国内の灯台は全て無人化されています。

 古い灯台に必ず備え付けられているのが日時計。ここでは「日晷儀」と呼ばれていたそうです。灯台はたいてい交通不便な場所に建てられるので、均時差を補正すれば1分程度の誤差で時刻を読み取れる日時計は、灯台管理のための重要な手段でした。文字盤は金属製かと思ってよく見たら、石板製でびっくりしました。

 観音埼灯台と同じ丘の隣の峰にある東京湾海上交通センター。東京湾に出入りする船の管制塔です。明石海峡の淡路島側にも同種の役割を担う大阪湾海上交通センターがあります。現代の海上交通の要です。


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