2018年06月03日

敦賀行き

 彦根・長浜の旅行は「夏の関西1dayパス」というフリーきっぷを利用しました。
 3,600円で大阪近郊区間が1日乗り放題になるのですが、近江塩津-敦賀の区間だけフリー区間にプラスされています。
 せっかくだから行けるところまで行って引き返そう、と思ったのが何かの間違いでした。

 当初の予定は、長浜1711→1746敦賀1749→1805近江塩津から湖西線経由で2129塩屋着。
 敦賀の滞在時間は3分で、駅の構内から出るのも無理ですが、まあ、これは、行けるところまで行くことに価値があるというかなんというか。

 ところが敦賀に向かう電車、駅にかかるところで急にスローダウン。何のアナウンスもないまま徐行が続き、駅に着いたのは1748。
 あ、これはヤバイ。全力疾走で跨線橋を渡りましたが、折返しの電車に乗ること叶わず、次の電車まで1時間。

 とりあえず駅の周りを散歩。なぜか道端に松本零士作品の登場人物の銅像が並んでいます。
 宇宙戦艦ヤマトやら銀河鉄道999やら。この持て余した暇を佐渡先生と飲み明かしたい。私はノンアルコールですけど。

 1848、夕闇の敦賀をあとにし、真っ暗な湖西線を南下して帰途についたのでした。
posted by ふくだ at 23:50| Comment(0) | 地図と地理と遠出

彦根散歩

 彦根城博物館は彦根城の御殿跡にあり、表御殿は外観復元の内部が博物館、裏御殿は木造復元の展示施設になっています。
 彦根の井伊家といえば赤備えの武勇の家という印象があるのですが、武張った展示は最初のひと部屋だけで、あとはひたすら茶道具や書画といった優雅な展示が続きます。譜代筆頭35万石の家格に合うだけの文化にも力を入れていたとのことで、言われてみれば成る程ですが、それにしても意外でした。

 井伊直弼の自筆の書状も何点も展示されていました。もともと井伊家の十四男で家督を継ぐ見込みのなかった直弼は茶道や武芸に力を入れ、茶道の著作もあり居合も名人の腕前でした。署名の「井」の字を少し伸ばして洒落たふうにしているのが面白いです。

 城内の井伊直弼の像。少し奥まった目立たない場所にあります。
 直弼は薩長からは「赤鬼」呼ばわりですし、桜田門外の変の後もそれまでの政治の責任を取らされる形で彦根藩は幕府から10万石の減封を受けています。
 とかく悪役扱いされることの多い人物ですが、大河ドラマ「花の生涯」は直弼再評価のきっかけとなったようで、城内に記念碑がつくられています。

 その直弼が部屋住み時代に過ごした宿木舎。他家に養子に出されるか寺に入るかの運命だった直弼は、青少年期を城下の屋敷で過ごします。豪勢なものではなく、中級武士の武家屋敷といった規模。後に直弼に仕えた大久保氏に払い下げられますが、現在は資料館として公開されています。
 目を引いたのがNHK大津放送局協力の歴代大河ドラマのコーナー。とにかく幕末が題材となるたびに登場して暗殺される運命なだけに、しかも倒幕側が主役の筋書きでも幕府側の大ボス的な存在だけに、いつの時代も存在感たっぷりの俳優が演じています。2018年の「西郷どん」では佐野史郎が鉄面皮の直弼を演じていましたが、5月末に桜田門外の変がやってきました。かごの中で運命を悟ったかのような表情の演技が見事でした。

 郊外の龍潭寺。井伊家の菩提寺である井伊谷の龍潭寺を移したもので、開祖は昊天禅師(大河ドラマ「おんな城主直虎」では直虎の兄弟子かつ教育役で登場)。静かな禅寺で、お堂と庭園が有料で公開されています。書院の佇まいが素敵。

 彦根駅前にある井伊直政の銅像。
 直政の時代には彦根城はまだなかったのですが、佐和山城の最寄り駅も彦根駅ですし(駅からの距離は同じくらい)、彦根井伊家の祖には違いありません。
posted by ふくだ at 23:47| Comment(0) | 地図と地理と遠出

2018年05月21日

姫路点描

 姫路科学館へ行くのにバスを使うつもりでしたが、旧バスターミナルの建物にレンタサイクルがあって、天気も良かったので思わず借りてしまいました。駅から科学館まで確か片道7km弱。30分はかからぬ距離……のつもりでした。

 用意されているのはクロスバイク系の自転車で、ロードに比べるとがっしり重め。でも不特定多数の人が街乗りで使うなら、華奢なロードよりこちらのほうが安心でしょう(だいたいドロップハンドルに慣れてない人多いし)。
 料金はなんと無料ですが、自転車は8台なので、休日はあっという間に捌けてしまいそうです。

 姫路市のマンホール。白鷺城だからサギソウなのかと思ったら、姫路市の花がサギソウなのだそうです。もっとも市の花に選んだ由緒が白鷺城なのですけれども。

 「讃岐」釜揚げうどん「伊予」製麺て、お主その名前でいいのか。
 姫路駅前交番、勘亭流の文字で記した木札と提灯がいい感じです。でも提灯は「御用」の方が時代劇っぽいかな。
posted by ふくだ at 23:47| Comment(0) | 地図と地理と遠出

2018年05月06日

秋山兄弟生誕地

 松山城のロープウェー乗り場からさほど遠くない場所に秋山兄弟生誕地があるというので足を運んでみました。
 石碑の一つか、もしかすると案内の看板があるくらいかと想像していたら、再建された秋山家がありました。空襲で焼けたものを2005年に再建したそうです。

 2009年からNHKで「坂の上の雲」がドラマ化された影響もあるのか、松山市内のあちこちに「坂の上の雲」のふるさとといった看板がありました。学生時代に松山を尋ねた際は「坊っちゃん」と「俳句」を推していた印象があるだけに、ずいぶんと様変わりです。「坂の上の雲」も前半の主人公の一人は正岡子規なので、俳句とのつながりはあるのですけれども。
posted by ふくだ at 23:48| Comment(0) | 地図と地理と遠出

伊予鉄道松山市内線

 松山市は四国最大の街で、路面電車が走っています。運行しているのは伊予鉄道で、通称は松山市内線。
 一回の乗車で160円、一日乗車券は800円で購入できます(2018年現在)。一日乗車券を買ったついでに、全路線に乗ってきました。

 JR松山駅、伊予鉄道松山市駅、道後温泉、そして松山城と市内の主要駅と主要観光地を結ぶ線路網で、多くの利用者を集めています。車両はみかんをイメージしたのであろう鮮やかなオレンジ色。伊予鉄道のバスもオレンジ色なので、場面によっては道路の車線がオレンジ一色に埋められることもあります。

 市内線と郊外電車(普通の鉄道)が直角に交差するダイヤモンドクロス。大手町駅の脇にあります。軌間は共に1,067mm。
 市内線と郊外電車の交差は車庫のある古町駅にもあり、こちらは斜めに横切る菱形の交差になっています。

 観光用の「坊ちゃん列車」。夏目漱石の「坊っちゃん」に描かれた「マッチ箱のような汽車」を再現したもの。当時は蒸気機関車でしたが、今となっては街中で煙を噴き上げるわけにもいかず、ディーゼル機関車となっています。乗車には別料金が必要。椅子が木製で乗り心地はよくなさそうですが、それもまた風情。
 客車にピューゲル(パンタグラフ相当の集電装置)がついていて、車内の電気を取っているのかと思ったら、トロリーコンダクタと呼ばれる分岐器の操作装置とのこと。集電はしていないので分岐の前後のみ上げるそうです。

 路面電車用の信号機も、市電の走る街ならではです。
posted by ふくだ at 23:47| Comment(0) | 地図と地理と遠出

道後温泉

 松山市の道後温泉。日本書紀や風土記にも登場する、有馬温泉と並ぶ古湯です。
 単純温泉で、近くに火山はなく、地熱による温泉。

 道後温泉本館は1894(明治27)年の建築で国指定重要文化財。1階に浴場があり、2階は浴場と休憩室、3階が休憩室となっています。1回のお風呂の利用だけなら大人410円(2018年現在)と銭湯並みの利用ですが、昔ながらの風情を味わえる休憩室と合わせての利用は順番待ちが出るほどの人気。
 私はすぐにも汗を流したかったので、浴場だけ浸かってきました。

 近くの道後公園に、「湯釜」と呼ばれる石造物があります。浴槽や風呂釜ではなく、温泉の噴出口に置かれた湯口。もとは道後温泉本館の位置にあり、1894年の本館建築時に新しい湯釜に交換されて、以前のものは道後公園内に移されました。
 花崗岩製で奈良時代に作られたものということになっていますが、湯釜に彫られた文字は鎌倉期と室町期に土豪の河野氏が彫らせたものとのことです。
posted by ふくだ at 23:45| Comment(0) | 地図と地理と遠出

2018年05月05日

四国上陸

 プラレアリウム巡りもいよいよ最終盤の局面です。残るは四国の愛媛県総合科学博物館と久万高原天体観測館の2館。
 1年半ぶりの四国上陸です。

 当初は新居浜行きのオレンジフェリーを検討したのですが、新居浜東港からJRの駅まで2kmほど徒歩になるうえ、JR予讃線の本数が少なく、朝一番のプラネタリウムの投影に間に合わないことが分かりました。
 次に夜行バスを検討しましたが、こちらは朝の5時半に新居浜駅に着いてしまい、科学館行のバスが出る9時半まで、4時間も時間を潰さねばなりません。
 最終的に、高松までジャンボフェリー、高松から新居浜駅までJR予讃線で行くことにしました。乗り継ぎは発生しますが、フェリーでは横になれますし、電車も椅子に座っていけますので、勝手知らぬ駅前でボーっとするよりはなんぼかマシです。

 というわけで、深夜1時に神戸港を出るジャンボフェリー。朝の4時までうどんの売店が開いているのがさすがです。
 夜明け前、シルエットになっているの平べったい山が屋島です。

 高松港からJR高松駅までは無料の送迎バス。6時前とあっては開いている店もなく、早々に電車で移動開始です。

 さて乗った電車が土讃線の琴平行きだったので、途中の多度津で予讃線に乗り換え。
 途中にある讃岐塩屋駅。「塩屋」仲間です。

 さて多度津駅。讃岐国に来たからにはうどんでも食べたいと思っていたところ、美味しそうなパンの匂いが。
 駅前にパン屋さんがあって、匂いにつられて入ると「四国パン」なる品物を発見。お遍路さんにちなんで一つ88円。デニッシュ生地の方は、筋が中央構造線に並行していて、四国の地質図みたいです。足摺岬から美味しく頂きました。
posted by ふくだ at 23:45| Comment(0) | 地図と地理と遠出

2018年03月04日

沖縄での食べもの

 ブルーシールのアイスは友人のおすすめ。沖縄独自のブランドです。
 国際通りで最初に見かけたお店で食べたのですが、たまたまクレープにして出すお店だったので、こんなになった次第。味がたくさんあって、紫芋とサトウキビをチョイス。
 ウェブサイトに載っている店舗の他にも取扱店がたくさんあるのでした。

 沖縄そばは昔から好きです。牧志公設市場の近くの古そうなお店にて。出汁の効いた美味しいスープでした。
 沖縄そばとソーキそばの違いを気にしたことがなかったのですが、上にバラ肉が乗っているのが沖縄そばで、スペアリブが乗っているのがソーキそばとのこと。

 パパイヤチャンプルーも友人のおすすめ。ゴーヤや豆腐のチャンプルーはあちこちにあるのですが、パパイヤはなかなか見かけず探すのに苦労しました。食感がザクザクした感じで面白いです。牧志公設市場の食堂にて。

 星好きで沖縄の飲み物といえば「オリオンビール」ですが、私は下戸なので店頭に並んでいるのをパチリ。
 後で調べたらオリオンビールでノンアルコールの飲み物も出しているのですね。探してみればよかった。

  首里城公園の有料区域「鎖之間」お茶セット。さんぴん茶に4品のお菓子がついてきます。お菓子はゴマの餡が入ってるのが好みでした。さんぴん茶が美味しかったので、勧められるままに3杯くらいお代わりしちゃいました。

 沖縄そばその2。首里高校近くの高校生が食べてんだろなという雰囲気のお店に入ってみました。安くて盛りが良く、味もまずまず。

 紫いもの焼き芋。こちらも友人のおすすめ。強烈な見た目と違って甘さは控えめで、最近の甘い品種と違って昔ながらのお芋という雰囲気です。沖縄のさつまいもは生では本土の持ち込みが禁止されているので、なかなか貴重かも。
# 十分に火を通した芋や加工品はOK。

 ブルーシールのアイスその2。クレープだとアイスよりフルーツの方が多かったので、国際通りの直営店で改めて。味はちんすこうと春限定のスプリングチェリー。
posted by ふくだ at 23:49| Comment(2) | 地図と地理と遠出

首里城公園・百人御物参

 「百人御物参」は「ももそおもそまいり」と読みます。
 神女と呼ばれる女性の神官たちが首里城内と周辺の御嶽を巡拝する行事で、かつては年6回行われていました。首里城公園では再現行事として行っています。

 首里城正殿前での礼拝。
 正殿でお祈りが行われるのですが、そこは男子禁制で神女だけでのお参り。男性の役人たちは御庭で祈りを捧げます。

 やがて神女たちが正殿から出てきて、御嶽の巡礼が始まります。

 下之御庭の「首里森御嶽(すいむいうたき)」での礼拝。

 首里森御嶽での礼拝を終えたのち、御庭の南西にある「京の内」という区画の御嶽を巡ります。
 この区画はかつては男子禁制だったところ。役人たちは下之御庭で待機して、神女だけが御嶽を巡ります。

 巡礼の列に大勢の見物客が連なって(私もその一人ですが)、本来の厳かさとはちょっと違う雰囲気。一般公開されたイベントの性格上、仕方のないところではあります。

 再度、下之御庭にもどって首里森御嶽での礼拝。このあと一行は城外へ向かうのですが、再現イベントはここまで。

 琉球王国は宗教が大きな役割を担っていた国で、神女たちも王国の体制に組織付けられていました。往時の雰囲気を垣間見る一日でした。
posted by ふくだ at 23:48| Comment(0) | 地図と地理と遠出

2018年03月03日

日本最西端の駅、日本最南端の駅

 最果ての地は旅愁を誘うものですが、最果ての駅もまた、旅人を惹きつけるものがあります。
 かつて日本の西端と南端の駅は九州にありましたが、2003年に那覇市内に沖縄都市モノレール「ゆいレール」が開業し、一挙に2つのタイトルが更新されました。
# 戦前の沖縄には県営の軽便鉄道がありましたが、沖縄戦で壊滅し、その後長らく沖縄は鉄道のない県でした。

 日本最西端の駅はゆいレール「那覇空港駅」。
 改札脇の壁面に「日本最西端の駅」を示すモニュメントがあります。
 端の駅といえば列車に乗ってたどり着くものという印象がありますが、空港アクセスの駅なので、県外の人にとっては沖縄に到着して最初の駅。

  日本最南端の駅はゆいレール「赤嶺駅」。那覇空港駅からわずか一駅で、まったく到達感のないまま到着。
 駅の南側のロータリーの脇に「日本最南端の駅」の石碑が建てられています。
posted by ふくだ at 23:45| Comment(0) | 地図と地理と遠出