2020年10月25日

弥陀ヶ原台地(10月8日)

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 立山ケーブルカーの山上・美女平から室堂平まで、なだらかな高原が広がります。この辺りの地名は立山信仰の影響で仏教にまつわるものが多く、弥陀ヶ原台地と名付けられています。
 下から美女平・下の小平・上の小平・弥陀ヶ原・天狗平という具合で、弥陀ヶ原は標高1600〜2000mあたりのエリアですが、大きく見ればひとつながりの地形。

 元は立山火山の大規模な火砕流堆積物で、これを削り崩したのが称名滝になります。
 谷の底からは見上げたのでは思いもよらぬ平地です。

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 冒頭の写真では奥に点々と小さな池が散らばっています。池塘と呼ばれる湿原の池で、この辺りでは「餓鬼田」と呼ばれます。地獄に落ちた餓鬼が飢えを凌ぐために作った田ということのですが、稲ではないから実ることがないという何とも切ないお話です。

 弥陀ヶ原は一年の半分が雪に覆われるため、豊富な雪解け水がありながら植物が育つ期間が短い地帯です。雪解け水は水温も低いため、育つ植物の種類が限られ、枯死した遺骸の分解も進まないということで、湿原が広がっています。

 訪問時は紅葉真っ盛りでしたが、雨天で色合いは控えめ。その代わりに池塘は水をいっぱいに湛え、いかにも湿原らしい姿を見ることが出来ました。バスが停まってくれないので、池塘を写した写真がほとんどブレてしまってましたけど、致し方ありません。

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 弥陀ヶ原台地の終端というより、この上は室堂平という場所にかかるソーメン滝。滝の上流は噴煙を上げる地獄谷で、責め苦を味わった者共が、この滝を流れ下って浄化されるのだそうです。落差130mあるんですけど。

 称名滝といいソーメン滝といい、地形図とにらめっこしてバスの左側の窓側を確保したのは正解でした。
 地図を読むもの景色を制す。
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2020年10月24日

将門岩と比叡山頂

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 比叡山は大比叡と四明岳の2つの峰から成る山ですが、四明岳の山頂近くに「将門岩」という岩塊があります。
 その昔、平将門公はこの岩の上から京を見下ろして、天下に覇をとなえる決意を固めたそうです。伝説でしょうけど、そうと聞いたからには比叡山に登って見に来るほかありません。

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 この岩は「ホルンフェルス」という種類。砂岩の層に花崗岩が貫入して、周囲の砂岩が高熱で変成――性質が変わってしまった――ものです。いわば岩の焼き物が出来てしまったようなもので、通常の砂岩と比べるとガチガチに固くなっています。

 比叡山の一帯はこのホルンフェルスからなっていて、比叡山の山頂一帯が浸食に耐えて削り残され、また延暦寺のような寺院を建てる平地が高いところに残る要因となりました。
 とはいえ素人目には砂岩とどう区別するのか見分けがつきません。

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 上から見下ろすとこんな様子。
 ガーデンミュージアム比叡という庭園の一角にあり、この将門岩だけ岩が露頭した状態で残されていることが分かります。
 以前に京都府のレッドデータブックに掲載されていて、「ガーデンミュージアムの植物が生い茂り、伝承を示した立て札がなくなるなど保存状態が悪化している」と危惧されていたのですが、少なくとも公園側の植物は刈り払われ、立て札も復活するなど、状況は改善しています。山腹側の植物は残っていますが、引き続き適切な保全措置が取られることを期待します。

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比叡山延暦寺 その3

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 お昼は山上で鶴㐂そば。
 個人の趣味で、うどんは関西、そばは関東で食べることが多く、久しぶりに関西の出汁のそばを食べました。未だに不思議な味わいです。お店の壁に鶴瓶の色紙が貼ってありました。家族に乾杯で来てたんかい。

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 延暦寺のはたらく車たち。
 乗用車でも延暦寺のロゴタイプが入ると、なんだか山道を颯爽を駆け抜けそうです。
 自衛消防車があるのはやはり焼き討ちに備えて……というわけではなく、場所が場所だけに山麓から自治体消防が上がってくるのを座して待つだけというわけにはいかないからでしょう。お寺の自衛消防は岩手の中尊寺でも見たことがあります。
 センチュリーは天台座主猊下のご出座の送迎に使ってらっしゃいました。
 トラックがあるのはなんとなく納得。別の場所ではハイエースも見ました。すごく納得。

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 延暦寺管理部御用所というところにとにかく大量の薪が積み上げてありまして、お寺の行事で使うのでしょうけど、かつては煮炊きや暖を取るにも薪しか燃料がなかったはずですから、寺院を維持するためにはこうした仕事に携わる人もたくさんいたのだろうなと、ふと。

20201024hieizan134.jpg 東塔から浄土院へ向かう途中に弁慶水という湧水があります。
 東塔で使う水はここから引いているそうで、制御盤があったのでパチリ。よく見ると電流電圧のメーターなので、水道の制御なのかどうか。ポンプのモーターなのかな。
 こんな写真を撮っておきながら、湧水のお堂の写真は撮ってないアホな私です。

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比叡山延暦寺 その2

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 延暦寺は比叡山の頂上にあるのかと思っていたらさにあらず。比叡山頂は標高848.1mの一等三角点のある山ですが、その北側、標高650〜700m辺りの少しなだらかな場所に延暦寺の堂塔が立ち並んでいます。根本中堂のある辺りが東塔、1kmほど西側に西塔、さらに3kmほど北に横川と3つの区域に別れています。

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 浄土院には最澄の御廟があります。凛とした空気のただようところで、山中でもっとも清浄な聖域とされています。
 ここにいる僧侶は侍真職と呼ばれ、十二年籠山行に入られた方。

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 浄土院が東塔と西塔の中間になり、そこからしばらく歩くと西塔へ。
 にない堂は同じ形の建物が向かい合い、荷物を背負う担い棒に例えてこの名があります。
 桃山時代の建物で国指定重文。向かって右側が法華堂、左側が常行堂。それぞれ法華三昧の修行と念仏三昧の修行を行う場になっています。
 この日は常行堂で修行が行われていて、建物はロープで囲われ、中から念仏を唱える低い声が聞こえていました。念仏三昧の修行だと90日間続けられるはず。

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 西塔の中心となる釈迦堂。鎌倉時代の建物で国指定重文。元は山麓の三井寺にあった建物を、豊臣秀吉が移築したものです。
 この日は内陣が特別公開されていて、一段低くなった内陣をぐるりと回ってきました。

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 瑠璃堂。西塔の堂宇が集まるあたりから10分ほど歩いた場所にあるお堂で、県境の尾根を越えた京都側にあります。室町時代の建物で、延暦寺には珍しい禅宗様の建築。織田信長の比叡山焼き討ちを唯一逃れたお堂と言われています。
 お堂の背後の石垣もすばらしく、延暦寺の中でも一二の見事な穴太積みです。

20201024hieizan127.jpg ところで信長の焼き討ちですが、長年の発掘調査で、比叡山の山上には当時の焼け跡が少ないことがわかっています。根本中堂や大講堂は焼けているのですが、そもそも室町時代後期から戦国時代にかけての16世紀の遺物が少なく、当時の僧侶の多くは坂本に住んでいたのだろうとの指摘があります。

 信長の事績については江戸時代に書かれた軍記物の印象がそのまま受け取られることが多く、近年の歴史ゲームなどでことさらに革新者の魔王といったイメージが誇張されていますが、一方で当時の一次資料――同時代の手紙や文書など――を再検討する中で、世評を気にし既得権益にも配慮する現実的で合理的な信長の姿が再構築されつつあります。

 とはいえ当時としては延暦寺に攻撃を仕掛けること自体が大事件で、それ故に誇張して語られる面もあったのだと思います。延暦寺は一時廃絶状態になり、本格的な復興は信長没後に、秀吉、そして徳川家の下で進められることになります。
(写真は東塔の国宝殿脇にある元亀兵乱殉難者鎮魂塚)

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比叡山延暦寺 その1

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 日本史上でも随一の存在感を誇る寺院が比叡山延暦寺です。
 伝教大師最澄が建立し、天台宗の総本山となり、平安密教の中心となり、鎌倉新仏教の開祖たちの修行の地であり、織田信長に中世権威の象徴のように焼き尽くされました。
 現在残る堂宇の多くは江戸時代以降に再興されたものです。

 京の都と不可分の存在なので、延暦寺も京都にあるのだと思っていましたが、比叡山は京都と大津の境界にあり、延暦寺の施設の多くは大津側にあります。表玄関も大津市の一部となっている琵琶湖畔の坂本。
 最澄は現在の大津市域の出身で、国家公認の正式な僧侶となったあと程なく山林修行に入るのですが、そのとき選んだのが比叡山でした。平安遷都の以前の話で、おそらく古事記以来の「日枝の山」と呼ばれていた頃。

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 総本堂の根本中堂は大改修の真っ最中。完成は2026年の予定で、しばらくは覆屋の中になります。
 最澄が建てた寺院は一乗止観院と呼ばれ、比叡山延暦寺の名は最澄の没後に賜ったものです。幾度も火災に遭うのですが、その度に大きく建て替えられて、現在の建物は徳川家光による再建。本堂は国宝で回廊は国指定重文。

 改修中も参拝は可能で、回廊と本堂の間に設けられたステージから工事の様子を見学することが出来ます。根本中堂内は撮影不可ですが、ここだけは写真撮影も可能。ちょうど屋根の吹き替えが行われている最中で、古い銅瓦を外して、木組みがあらわになった姿でした。

 根本中堂は参拝者のお参りする外陣と仏像が同じ高さにあり、僧が行を修める内陣が一段低い独特の作り。祀られているのは薬師如来で、その前に掲げられているのが「不滅の法灯」。最澄がここに寺院を建立して以来、絶えることなく灯され続けているというものです。

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 延暦寺の正門にあたる文殊楼。坂本から登ってくるとまずここを通ることになります。文殊楼は尾根の上にあり、根本中堂は谷間にあるので、強烈な石段の上り下りになります。もっとも麓からここまで登ってくることを思えば最後の石段など大したことはないのかもしれません。

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 文殊楼から北に入ったところに星峰稲荷があります。由緒書を読んでも天体の星には触れていないのですが、趣味的にもお参りせずにはいられません。

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 根本中堂の前にある宮沢賢治の文学碑。
 宮沢賢治は熱心な法華宗の信徒でもありましたが、元をたどれば法華経の教え。すべてのものが仏になれるという法華経と、忘己利他や一隅を照らすという最澄の言葉は、宮沢賢治の半生にそのまま通じるものがあるようにも思えます。

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 延暦寺大講堂。江戸時代初期の建築で、元は山麓の坂本にあった建物を移築したもの。お堂の中には本尊の大日如来の背後に、法然、親鸞、栄西、道元、日蓮といった鎌倉仏教の開祖たちの像が安置されています。

 この日は天台大師報恩法要が行われていて、ちょうど僧侶の方々がお堂に向かうところに立ち会いました。車から降りてこられたのは天台座主の森川宏映大僧正。法要の間も堂内は開放されていたので、着座して共にお参りさせて頂きました。

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2020年10月09日

黒部ダム

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 黒部川第四発電所、通称「くろよん」に水を供給する黒部ダム。日本を代表するダムの一つで、1956年に着工され、東京五輪前年の1963年に完成。当時の大阪の電力需要の半分をまかないました。

 水車を回す水力発電は、水の量と水の落差が決め手で、豊富な雪解け水と急峻な傾斜をもつ黒部川はその両方を備えています。大正時代から電源開発が始まり、黒部川第三発電所までが戦前に完成していました。

 戦後復興期に関西の電力事情が逼迫する中、打開策として黒部川第四発電所の建設がスタート。黒部峡谷は蜀の桟道のような人一人がようやく通れる険路しかなく、資材運搬のために長野側から北アルプスを貫通するトンネルを掘るところから始める大工事でした。

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 今回は立山を越えて富山側から入ったのですが、工事時のメインルートは長野県の大町市から掘られた関電トンネル(元の呼称は大町トンネル)。こちらから話を始めるほうがわかりやすいので、大町側から入る体にします。実は前日に乗り物だけは往復しているので問題ない。
 関電トンネルは現在、関西電力が観光用の電気バスを運行していますが、本来は工事用車両を通すために作られたもの。

 かつては排ガス対策で架線から電気を供給するトロリーバスが運行されていました。ゴムタイヤで走る路面電車のようなものですが、老朽化で2019年より充電式の電気バスに更新されています。大町側の扇沢駅ではパンタグラフで急速充電する姿を見ることが出来ます。

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 扇沢駅を出ると程なくトンネルに入ります。一車線の幅しかなく、トンネル中央部にすれ違い用に幅を広げた信号所があります。

 黒部ダムの工事の最大の難関として語られるのが、ダム本体よりも資材運搬用の関電トンネルです。
 北アルプスの真下には活断層が走り、断層に沿って岩が細かく砕かれた「破砕帯」が分布しています。柔らかい地層なら掘りやすそうに思えるのですが、実際は逆。地層に含まれた大量の地下水が溢れ、掘ったそばから崩れていくので、掘っても掘ってもトンネルが先端から埋まってしまいます。

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 トンネルの完成が危ぶまれ、ひいては黒部ダム・黒部川第四発電所の計画も頓挫するやという事態になったのですが、水抜き孔のボーリングや岩盤を固める薬液の注入などありとあらゆる手段を使い、また冬に入って湧水が減ったこともあって破砕帯を突破。
 この難工事は三船敏郎・石原裕次郎主演の映画『黒部の太陽』に描かれ、また最近ではNHKの『プロジェクトX』や『ブラタモリ』で紹介されています。

 5400mのトンネルを17ヶ月で彫り抜いた工事のうち、80mの破砕帯を突破するのに費やした期間は7ヶ月。関電トンネルには破砕帯の部分に青い照明が点けられているのですが、電気バスはわずか8秒でここを通過します。

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立山・雄山行 その3 雄山登頂

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 10月9日、曇。
 雨は前日の夕方に上がり、路面は夜のうちにすっかりドライになりました。

 前日のうちに室堂ターミナルの入山安全相談窓口に登山届を提出したのですが、
 「夜も雨だと初冠雪になるかもしれません。積もったり凍ったりする可能性が高いですが、その場合は軽アイゼンとか持ってなければ、止めてください。」
と言われていました。さすがに雪や氷の道を登るつもりはないのですが、路面が濡れたままだと上の方がどうなっているか分かりません。夜を通じて降雨はなく、その点はホッとしました。
# それと前日のうちにネット経由で登山保険をかけておきました。念のため。

 前の晩はあまり深く眠れず、同部屋の一人が4時前に身支度をして出ていくのに気付きました。山の人たちは本当に夜が早くて朝も早い。星見人はどちらかといえば宵っ張りなので、趣味の生活サイクルの違いにびっくりします。
 山小屋の朝食は6時からなので、先に荷物をまとめてしまいます。

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 6時45分、雷鳥荘出発。曇り空ですが視程はクリア。空もずいぶん明るくなりました。天気予報では10時以降は晴れマークです。
 右写真、正面左の山々が立山連峰で、右端の小屋のある峰が雄山。稜線上の小屋のように見えるのは雄山神社の社務所で、その少し左のピークに雄山神社の峰本社があります。ここが標高3003mの頂上。今日の目的地です。

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 朝食を終えて20分くらいで歩き始め、しかも多少のアップダウンがある道です。腹ごなしにスローペースを心がけましたが、なんとも体が重い。
 それでも景色はよいので、気持ちは重くなりません。地獄谷の向こうに富山平野が見えます。奥の明るいのは富山湾か。見えるもんだよ日本海。
 前日から何度も見ているミクリガ池。池の向こうの鞍部が一ノ越でまずはここを目指します。そこから左の稜線を登って、少し緩やかになるのが三ノ越、更に登って雄山神社の建物のある山頂です。

 このあと室堂ターミナルに寄って不要な荷物を預けて、玉殿湧水の水を汲んでいきます。
 お湯は小屋で頂いてきたのですが、山で飲む湧水って素敵じゃないですか。
 背負う重量は増えたはずですが、荷物のかさが減ったぶんリュックは担ぎやすくなり、グッと歩きやすくなりました。

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2020年10月08日

立山・雄山行 その2 室堂平

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 10月8日、雨。前の晩は立山駅そばに投宿。
 朝から小雨ですが、雨具がなければしっかり濡れる程度の降水量。ちょっと外を歩くのは大変そう。

 手持ちのきっぷは立山黒部アルペンルートがフリー区間。午後遅くには雨が止む予報なので、それまでアルペンルートの乗り物を楽しむことにします。立山駅を8時に出発して、終点の扇平駅まで行って引き返します。室堂平へ戻ってくるのは13時過ぎ。

 最初の室堂平通過は9時過ぎ。幸いそこそこの視程はあり、バスの中から立山連峰が見えていました。
 この後ガスが出るかもしれないので、外に出て今のうちに山崎カールだけでも見ておくことにします。

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 室堂ターミナルの外に出ると真正面に立山連峰。右端の峰が雄山で、その手前に山崎カールがあります。カールは氷河が侵食した地形で、スプーンでアイスクリームを掬ったように稜線が削られます。手前の尾根でカールの底は見えないのですが、ひとまず姿を垣間見たということでミニマムサクセス(最小限の目標達成)。

 この日の室堂の気温は4度。終日、雨か曇りですから殆ど気温が上がらないはず。下界とは季節が一つ違います。そういえば標高2000mを超えた場所に来るのも初めてなのでした。

 次のトロリーバスまで30分あるので、室堂ターミナルに隣接する立山自然保護センターを見学。スタッフに声をかけられてナチュラリストによる自然解説ツアーの開催を知ります。参加者が希望すれば雨天でも実施するとのこと。そんな面白そうなものを見逃す手はありません。
 13時半からの午後の部なら扇平から帰ってから間に合うので、参加することにします。

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 室堂平は相変わらず雨模様ですが、午前中に比べるとずっと視程が良くなっています。
 この回の自然解説ツアーの参加者は6名。ガイドが2人いるということで、2班に別れて出発。コースは柔軟に対応可ということで、参加者の希望を聞いてミクリガ池を一周するコースになりました。

 左写真、中央奥の山は奥大日岳。室堂から西を向いて撮影しています。
 室堂平は石畳の遊歩道が整備されていて、その石は立山トンネルの採掘で出たものを使っているとのこと。ドリルの掘削孔が残る石があるので、どこから持ってきたのかと思っていました。よく見ると溶結凝灰岩のような石も混じっています。

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 私の班のガイドさんは植物が好きなようで、寡黙に見えながら草木のことになると話が弾みます。
 写真はチングルマで、すでに紅葉も終わりかけの状態。こうみえて樹木の仲間で、よく見ると葉の下の枝が木になっています。これでも樹齢十数年は数えているということで、天然の盆栽のよう。
 イワイチョウも紹介して頂いたのですが、こちらは写真を撮り忘れていました。これもすでに葉が落ちていましたが、落ち葉の形がまるでイチョウそっくりです。こちらは草の仲間で、木がないのにイチョウに似た葉が散らばっているのがなんとも不思議な雰囲気。

 さて室堂平は大きな岩がたくさん転がっています。手前の白いのは花崗岩、奥の黒っぽいのは安山岩。
 室堂平は溶岩に覆われた高原で、安山岩があるのは不思議ではないのですが、地中深くでマグマが冷え固まった花崗岩が混じっているのはちょっと変。実は花崗岩は立山のもので、むかしむかし氷河によってここまで運ばれたもの。迷子石とも呼ばれるそうです。

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立山黒部アルペンルート乗物大全 後編(10月8日)

【立山ロープウェイ】
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 大観峰駅から黒部平駅(1,828m)を結ぶ立山ロープウェイ。1.7kmの間に支柱が一本もないのが最大の特徴。これは豪雪地帯で頻発する雪崩に支柱が被害巻き込まれることへの対策。雪崩が来るなら支柱を無くせいばいいじゃない。
 10:10大観峰→10:17黒部平。

 絶好の紅葉の時期でしたが、天気ばかりは致し方ありません。
 「雨の紅葉もしっとりして乙なものよ」とは現地で出会った山登りの方のお言葉。その時その時の景色を楽しむということで、気の持ちようは大切ですね。

【黒部ケーブルカー】
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 黒部平駅と黒部湖駅(1,455m)を結ぶケーブルカー。雪崩対策でこちらは全線トンネル内の地下式。地下式と言っても山岳トンネルみたいなものですが、最大傾斜が31度もあるようなトンネルってどうやって掘るのでしょう。上から掘ると土砂の搬出が大変ですし、下から掘ると掘ったそばから土砂が降り掛かってきます。

20201008tateyamakurobe078.jpg トンネル内で景色は見えないので、中間で対向車とすれ違うのが最大の見せ場。
 ただ全線地下のケーブルカーは国内でここだけなので、珍しい体験です。トンネル内のケーブルカーの駅というのも興をそそるものがあります。
 10:30黒部平→10:35黒部湖。

【黒部ダム天端道路(徒歩)】
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 黒部ケーブルカーの黒部湖駅と、関電トンネル電気バスの黒部ダム駅(1,470m)の間は、黒部ダムの天端道路を歩いての徒歩連絡になります。600mで所要15分と案内されていますが、実際はダムを見学するのでもう少し時間がかかるはず。
 黒部ダムは大町側が玄関口なので、立山側からだと本丸のダム本体にいきなり出てしまう感があります。
 本来の予定では最終日の最後に寄る予定だったので、今回ここはサクサク歩き抜いてしまいます。
 黒部湖10:35頃→黒部ダム10:50頃。

【関電トンネル電気バス】
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 黒部ダム建設のために掘られた関電トンネル(旧称:大町トンネル)を電気バスが走っています。黒部ダム駅から大町側の掘削拠点だった扇平駅(1,433m)まで6.1km、うちトンネル区間が5.4kmです。

 工事用トンネルの旅客転用時にトロリーバスを導入したのですが、老朽化による更新で2019年に電気バスに移行。これはバッテリーの性能が向上し、往復運転分の蓄電や停車中の急速充電が可能になったことが大きいと思います(推測)。

 車体の関西電力のロゴタイプの下に描かれた黒い四本のラインは「くろよん」を表しています。駄洒落かよ。

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 トンネルは単線なので中間地点に行き違いのための信号所があります。トロリーバス時代は電車扱いでしたが、電気バスはバス扱いのはずなので、鉄道用語は使わなくなったかもしれません。
 トンネル内の青い照明は伝説的な難工事区間だった破砕帯を示しています。
 黒部ダム11:05→扇沢11:21。

 ということで、立山黒部アルペンルートを乗り通し、フリーきっぷのフリー区間なので室堂ターミナルまで折り返します。
 扇沢11:30〈関電トンネル電気バス〉11:35黒部ダム〈徒歩〉黒部湖12:20〈黒部ロープウェイ〉12:25黒部平12:40〈立山ロープウェイ〉12:47大観峰13:00〈立山トンネルトロリーバス〉13:10
 水平距離で12.9kmを移動するのに1時間40分を要しているのですから、表定速度で7.7km/h。ただし垂直方向にも1000m登っているから大したものです。

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立山黒部アルペンルート乗物大全 前編(10月8日)

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Wikipediaより)
 立山黒部アルペンルートでは立山駅から扇平駅まで6つの乗り物を乗り継ぎます。
 10月8日は雨天だったので、立山から扇沢まで行って、室堂まで折り返し、乗り物を堪能する日としました。フリーきっぷって素晴らしい。

 まずは立山へのアクセスとなる富山地方鉄道から紹介しましょう。こちらは前日の10月7日に乗車しています。富山駅で北陸新幹線に別れを告げ、隣接する富山地方鉄道電鉄富山駅へ向かいます。

【富山地方鉄道立山線】
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 待っていたのは東急電車。社内の銘板も東急車輛。
 都市部の車両が更新されたときに地方の私鉄で第二の人生を歩むのはよくあることです。

20201007tateyamakurobe011.jpg 電鉄富山駅の売店にはケロリン桶が売られていました。銭湯でおなじみのあれです。
 そういえばケロリンの製薬会社って富山の薬売りの系統を引いているのでしたっけ。もはや薬よりもバスグッズのほうが有名な気がします。
 これから山に入ろうというときに荷物は増やせなかったのですが、帰りがけなら思わす手に取りたくなりそうです

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 富山地方鉄道の終点、立山駅。10:57電鉄富山→12:00立山(10月7日)。
 駅に停まっていたのは京阪電車です。2階建て車両まであります。途中では西武のレッドアローも見かけましたが、何でもありだな。

20201007tateyamakurobe071.jpg 京阪電車にはテレビカーも連結されていました。さすがにテレビは液晶ディスプレイに換装されていましたけど、電車でテレビを見ることが出来るのが売りになった昭和の時代を彷彿とさせます。

【立山ケーブルカー】
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 ここからがアルペンルートの核心部。
 立山駅(標高475m)は富山地方鉄道と立山黒部貫光立山ケーブルカーの乗り継ぎ駅です。
 ケーブルカーは弥陀ヶ原台地の先端の標高差502m・1.3Kmを一気に駆け上がります。
 開通が1954年で、黒部ダム建設の立山側からの資材運搬に使われた経緯から、今でも貨車……というか荷台を連結しています。
 富山側から入るときは、フリーきっぷでもこのケーブルカーのみ乗車予約が必要です。
 08:00立山→08:07美女平。

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 車両の先頭に行くと、壁みたいな急傾斜にびっくりします。砂利ではなくてコンクリート道床なのが急勾配を物語っています。ケーブルカーは名前の通りケーブルで車両を釣っているので、なかなかのスリルがあります。

【立山高原バス】
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 ケーブルカーの終点・美女平駅(標高977m)から室堂駅(標高2450m)の間を結ぶのが立山高原バス。現在はクリーンディーゼル車からハイブリッド車への移行が進んでいて、私が乗ったのもハイブリッド車でした。
 マイカー規制が敷かれている区間を走るため、すれ違うのは路線バスか貸切観光バスばかり。途中下車してハイキングコースを歩いていくことも可能ですが、この日は雨なので終点まで乗り通しました。
 08:20美女平→09:10室堂ですが、たぶん9時少し過ぎには着いてました。

【立山トンネルトロリーバス】
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 室堂駅から大観峰駅(標高2316m)は立山雄山直下を貫く全線トンネル区間。1971年の運行当初はディーゼルバスを走らせたのですが、トンネル内に排気ガスが滞留するため、1996年にトロリーバスに更新されました。
 トロリーバスは架線から電気を供給して動く車両ですが、法律上は「無軌条電車」、つまりレールのない電車という扱いで、鉄道事業法が適用されています。タイヤで動く路面電車というところ。
 バスの車体の上に架線が2本吊られていて、バス屋上から伸びるトロリーポールで集電します。架線が2本なのはそれぞれ+/-の役割があるため。

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 トンネルは一車線いや単線の幅しかなく、車両のすれ違いは中間点にある信号所で行います。このあたりは鉄道に近い雰囲気。

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 信号所はトンネルのほぼ中間点、雄山山頂のほぼ直下です。
 運転席には大きなハンドルがあってバスのようですが、メーターはボルトやアンペアが並んで電車のようです。
 09:45室堂→09:55大観峰。

 2020年現在、日本国内でトロリーバスが運行されているのはここだけです。
 2018年まではこの先の関電トンネルもトロリーバスだったのですが、2019年より電気バスに置き換えられました。国内の路線が少ないことから海外に頼らざるを得ない部品もあり、架線などの維持管理のコストを鑑みると、バッテリーが高性能化した電気自動車のほうが優位と判断したのでしょう。
 立山トンネルトロリーバスも車両や設備の更新時期を迎える際に、もしかするとこうした判断が下されるかもしれませんが、観光路線としては「国内唯一」は美味しい看板です。
posted by ふくだ at 23:46| Comment(0) | 地図と地理と遠出