2018年06月03日

国友村と国友一貫斎の望遠鏡

 国友村は現在の滋賀県長浜市国友町。長浜の郊外の集落で、元は鉄砲鍛冶の町でした。
 火縄銃の産地として堺や根来と並び称されたといいますから恐るべしです。

 私が国友村を知ったのは「SKY WATCHER」という天文雑誌、現在の星ナビの前身です。
 江戸時代に天体望遠鏡を作って天体のスケッチを残した国友一貫斎という人物が紹介され、彼が鉄砲鍛冶であることと、その技量を生かして様々な発明品を作ったこと、そして望遠鏡は現在にも伝えられているということが記されていたのです。

 それはいつか見てみたいものだと思うこと幾年月。「そうだ、国友行こう」思い立ったが吉日です。

 「国友鉄砲の里資料館」があるのは知っていたので、公共交通機関のアクセスを調べて愕然。なんと休日はバスが一日3往復しかありません。しかもおすすめのバスを使った場合、現地滞在時間はわずか30分。いやいやいや、なんぼなんでも30分は短いでしょう。

 他の手段も検討したのですが、カーシェアだと最寄りのステーションがずっと手前の米原にしかなく、片道12km。微妙に中途半端な距離です。歩くには長浜駅から5km強と微妙に遠い。駅近くにレンタサイクルがあるようなので、それを借りるか。
 と思っていたのですが、佐和山城で時間を使ってしまい、結局バスのお世話になることに。

 さて国友鉄砲の里資料館。到着すると10分の解説ビデオを流してくれます。ただでさえ30分しかいられないのに、10分使うのは大変だと思ったのですが、これが国友の鍛冶の歴史をよくまとめたよい内容でした。
 しかし展示は超高速での見学。火縄銃はと光の速さですっとばし、目指すは一貫斎の望遠鏡です。

 って、あれ、キャプションの「複製」てなに、どういうこと!?
 ということは、本物はここにはないのか! 何しに来たんだ俺!

 それでも一緒に展示されている反射鏡は本物とのこと。
 当時の反射鏡は金属鏡なので、メッキではなく、直接金属を研磨して磨き上げたものです。

 一貫斎の望遠鏡は反射望遠鏡で、グレゴリー式と呼ばれるタイプ。正立像を結ぶので地上観察にも使えます。というより、それが前提だったのでしょう。

 どの程度の精度が出ていたかというと、国友一貫斎の天体観測スケッチも残しています。資料館に展示されているのは写真パネルですが、月面や太陽黒点はもちろん、金星の満ち欠けや木星の縞模様、土星の環まで克明に記録されています。

 国友一貫斎の屋敷も国友村に残っています。現在も現役の住居なので、内部の見学は不可ですが、市の設置した案内板と屋敷の外構えを見ることができます。
 また近くには一貫斎の天体観測を記念したモニュメントが建てられています。

 国友村は幾多の歴史小説やエッセイの舞台となり、司馬遼太郎や吉川英治の文学碑もあります。
 集落の端を流れるのは姉川。この上流3kmが織田・徳川連合軍と浅井・朝倉連合軍が激突した「姉川の戦い」の古戦場です。

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2018年05月03日

特別展「アニメーションにみる日本建築」(竹中大工道具館)

 竹中大工道具館の特別展「アニメーションにみる日本建築−ジブリの立体建造物展より−」を見てきました。
 もともと「ジブリの立体建造物展」として巡回展示していたもののダイジェスト版的な企画展。
 ジブリ作品の背景画やイメージボードを展示しながら、描かれた建物を解説する形で展開します。建築の専門家が解説を加えるに足るレベルで作中の建物が描かれているのですから恐れ入ります。

 展示の中ではトトロの草壁家と「千と千尋の神隠し」の油屋が大きく取り上げられていました。

 草壁家は昭和30年代設定ですが(建てたのは戦前)、私が子どもの頃だと少し古い家なら往時の雰囲気を残している建物もあって、ぎりぎり「分かる」範疇です。愛知万博時に実物大の家が建てられたりしましたが、作品の中でも主な舞台ですし、作中の世界と見る人の記憶が地続きな建物でもあり、人気があるのも分かる気がします。
 大物の展示では「となりのトトロ」の草壁家の縁側と階段の実物大模型があり、縁側は実際に腰掛けOKでした。
 縁側の屋外側に雨戸とガラス戸、内側に障子という構成は、「サザエさん」の磯野家も同じ。というか、実は私の帰省先も同じ作りです。昭和の一時期の関東ではよくある作りだったのかもしれません。
# 福田家は建築年代が新しいので雨戸とガラス戸はアルミサッシですけど。

 油屋は元の巡回展にあった大きな立体模型はなかったものの(さんけいのペーパークラフトで「トンネルの向こうの街」を再現したジオラマが展示されていました)、和洋中がごっちゃになったような不思議な建物の設定資料やイメージボードがずらりと並び、「擬洋風建築」の流れの中に位置づける解説がなされていました。

 ほかに面白かったのは「かぐや姫の物語」の寝殿造りの建物。そのままだと絵的に面白くないということで、見栄えのするようアレンジを加えてあるそうです。確かに池に突き出た釣殿がユニークなデザインだったな。

 帰りにうっかりペーパークラフトの「サツキとメイの家」を買いそうになりましたが、思いとどまりました。
# 定価だと\4,709でけっこうパワフルなお値段です。

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2018年04月08日

記念講演会「ジブリイベントプロデューサーと飛行機のプロが語る『ジブリ作品の飛行機達』」

 ジブリの大博覧会の記念講演会。
 トークショー的な雰囲気で、青木貴之氏(スタジオジブリ)を進行役に、渡辺律氏(新明和工業)、矢部俊男氏(森ビル←建築家で大の飛行機好き/大叔父は川西飛行機のエンジニア)の2人が飛行機の話をする展開ですが、矢部さんが半分以上しゃべっていたような。

 新明和工業は川西飛行機の後進で、パッカー車や立体駐車場、飛行場の搭乗橋を手がけていますが、救難飛行艇US-2の製造元でもあります。
 「紅の豚」では飛行艇や水上機が大活躍することから、「兵庫展ではぜひ新明和さんを招いてなんかやりたい」と今回の企画に至ったそう。もっとも話の中身が極端にマニアックにならないようにバランスをとるのに苦慮されたそう。

 面白かったポイントをいくつか。
 「紅の豚」のポルコとカーチスの飛行機、空中戦で有利なのはカーチス。エンジンが胴体の軸線にあるカーチスのほうが、旋回性能は優れているはず。互角の戦いになったのは、腕の差と、ポルコの飛行機は直前にエンジンを換装したのと、翼を新設計のものに変えたのが功を奏したのではないか。小型の飛行機は飛行艇から水上機に移行する時代でもあり、ちょうど両者拮抗した性能だったのだろう。

 新明和の渡辺さん、ジブリ作品の中で一番好きな飛行機は「紅の豚」のダボハゼとのこと(マンマユート団の飛行機)。あれが一番現実の飛行艇に近くて飛びそうなんだそうです。「何回かは飛べると思います」とおっしゃってましたが、何回か飛んだら壊れるんかい(苦笑)。
# 海面とはいえ時速100kmで「胴体着水」だから、毎回相当な衝撃がかかるそうです。新明和の飛行艇の特徴である波除け装置をちゃんとPRされてました。

 質疑応答から。
 ラピュタの「フラップター」は実現可能なのか。
 →ラジコンなら作って飛ばしている人がいる。でもフラップターは「昆虫」の飛び方で、あれが通用するのは15cmくらいまで。それを越えると空気の振る舞いが変わって、「鳥」の飛び方が必要になる。だから人が乗れる大きさとなると大変。フラップターは加速時にロケット(ジェット?)エンジンの噴射をしているが、あの描写は現実的。

 ハウルの動く城に出てくる羽ばたき飛行機は飛ぶのか。
 →細かいことを気にしなければ飛ぶのは飛ぶと思う。でも、この場の話を正しいとは思わないで(笑)。
# あれは魔法が使える世界の乗り物なので、科学で説明できない動力源を使ってるでいいんじゃない?

 ラピュタの「ゴリアテ」は実際に飛べるのか。
 →飛行船であれば飛ぶはず。でも宮崎監督は内部構造まで描いてないから飛行船とは断言できない。撃沈場面のセル画では飛行船っぽいけど、粗い絵なのでなんとも。

 いやみなさん、そこはアニメなんだし、いいじゃないの、嘘が混じっていても(苦笑)。
 個人的には「紅の豚」に絞って飛行艇と水上機のマニアックな話に絞ってもらっても良かったのですが、たぶん付いてこない人がほとんどになちゃうから、このくらいの加減でよかったのかもしれぬ。
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ジブリの大博覧会(兵庫県立美術館)

 兵庫県立美術館で開催されているジブリの大博覧会へ行ってきました。

 ジブリ関連の美術展といえば背景美術の男鹿和雄展や山本二三展がありますが、今回は「スタジオジブリの設立から30年間の歩みを体感できる特別企画」ということで、プロデュース側に寄った内容。
 展示されているのは歴代のポスターやグッズですが、造り手の最前線ではなく、総務や宣伝や営業の一面が垣間見えるつくりです。
 実は「ナウシカ」「ラピュタ」「トトロ」は興行的には苦戦していて、興行面で安定した結果が残るのは日本テレビが製作に参加した「魔女の宅急便」以降。むしろそれまでの試行錯誤っぷりが大変。
# トトロなんかキネマ旬報で1位取ってるくらいなのに……

 ナウシカからもののけ姫までのポスターのブースで目を引くのは、映画のコピーが出来るまでのやりとり。
 たかがキャッチコピーといえども、映画に込められたメッセージが端的に表現されていて、宣伝には欠かせない存在。おもひでぽろぽろの「私はワタシと旅にでる。」とか、紅の豚の「カッコイイとは、こういうことさ。」とか、なるほどそういう映画だなストンと落ちるもの。
 ジブリ作品のコピーはトトロ/火垂るの墓以降は糸井重里が担当しているのですが、ジブリと糸井氏の間で交わされた生々しいFAXのやり取り(提案とダメ出しの数々)が展示されていて、いろいろ削りながらつくってるんだというのが伝わってきます。
# 確かにナウシカの「少女の愛が奇跡を呼んだ」はまだこなれてない感があります。

 これまでのジブリの映画広告が並んだ部屋。展示解説にもあったのですが、ナウシカの頃は「ぴあ」が映画情報の最前線だったのが、やがてテレビの広告となり、ネットに変わっていくという、30年間の媒体の変遷史。展示のメインは新聞広告ですが、往時のタイアップCMがモニターで流れていたり、ガラケーのサイトが紹介されていたり。

 実物大というのか、人間が中に入れるねこバスの展示がありました。写真撮影可で大勢の人が並んでいましたが、中に入るのはパス。

 展示後半というか後ろ1/3ほどは、「スタジオジブリ 空とぶ機械達展」。「大博覧会」の併設展的な位置付けで、科学的な考察も入れながら作品に出てくる「空飛ぶ機械」の解説がなされています。大物はラピュタのオープニングに出てくる巨大な飛行船(ガス式飛行船ではなく、多数のローターで方舟を無理やり飛ばしてるやつ)ですが、劇中で大活躍するタイガーモス号の大きな模型のほうが心惹かれました。

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posted by ふくだ at 23:45| Comment(3) | 博物館や美術館

2018年03月03日

沖縄県立博物館・美術館

 出発前に天気予報を確認していなかったのですが、那覇に着いたら横殴りの雨。
 折りたたみの傘は風向きが変わると裏返ってしまうような状態で、とても外を散策できる状態ではありません。モノレールの車窓も水滴だらけでほとんど眺望なし。

 最初に首里城に行こうと思っていたのですが、屋根のある場所に予定を変更して、沖縄県立博物館・美術館へ行きました。
 こちらもまた事前の下調べ無しだったのですが、とりあえず博物館の常設展のみ見学。自然史から考古・歴史・民族の総合博物館で、一通りさらっと回るだけでも一時間はかかります。

 展示物で目を引いたのが「万国津梁の鐘」。津梁は架け橋のことで、海洋国家の琉球王国が船を持って万国の懸け橋となると歌い上げた銘文が刻まれています。もともと首里城に掲げられていたとされていますが、博物館に収蔵されているのが本物で、現在の首里城にはレプリカが展示されています。

 個人的な趣味としてはグスクの復元模型。スケール表示はありませんでしたが、人形の大きさから見ると1/150程度でしょうか。琉球石灰岩がいくらでもあるので見事な石塁が築かれています。一方、石垣のない浦上有盛遺跡は堀切で区画した本土の山城みたい。

 考古学の展示では小銃や日本軍が使用した壕からの出土品がありました。戦跡考古学として、戦争の実態や戦時中の暮らしを解き明かす分野があるのだそうです。

 民俗の分野に並んでいた各種の三線。パッと見、違いがまるで分かりません。

 あちこち回る前に沖縄の歴史を概観できたのはよかったと思います。
# 戦争関係の展示は多くないのですが、これは沖縄県立平和祈念資料館が別にありますから。

 展示物の多くは撮影可能ですが、撮影不可のものもある(マークが掲示されています)ので要確認を。
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2018年01月08日

二式大艇



 正式には「二式大型飛行艇」、通称「二式大艇」。
 飛行艇は水上を発着する飛行機で、胴体が直に水面に接するタイプのものです。このため胴体は細長い船の形をしていて、船と飛行機が合体したような形をしています。

 子どもの頃に家にあった図鑑に二式大艇が載っていて、ひと目で気に入りました。なにこれカッコイイ。

 とはいえ近所に飛行場など無い田舎で育ったので、それ以上の興味をもつことなく大人になったわけですが、部屋には模型くらいは置いてあったりします。あと船の科学館で二式大艇のブックレットを出していて、それはしっかり購入していたり。その二式大艇が鹿屋にあるのですから、これは見に行かねばなりません。

 展示してあるのは海上自衛隊の鹿屋航空基地。哨戒機と呼ばれる対潜水艦の飛行機の部隊がいます。
 かつては旧海軍の基地で、第二次大戦末期には特別攻撃隊の出撃拠点でもありました。

 二式大艇は屋外に置かれています。
 もともと大戦後にアメリカに接収されて、米本土で数々の試験が行われた経歴を持つ機体。周囲を海に囲まれた日本は飛行艇や水上機の開発に注力し、二式大艇は第二次大戦中の最優秀飛行艇ともいえる機体でした。
 その後アメリカで保管されていましたが、日本に返却され、最初はお台場の船の科学館に、そして現在の鹿屋航空基地に移動して展示されています。

 敷地内に展示されている救難飛行艇US-1。二式大艇をつくった川西航空機の後進である新明和工業が製作していました。東灘区の甲南工場で作っているので、神戸生まれの飛行機でもあります。現在は後継のUS-2にバトンタッチして、全機が引退しています。一機くらい神戸で展示しても良いのにと思うのですけど、費用もかかりますし、神戸はこの手の展示保存が苦手な街だからなあ。
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2017年11月12日

魚津埋没林博物館

 魚津といえば埋没林と蜃気楼。
 蜃気楼は季節外れ(春から夏にかけて)なので埋没林を堪能しにいきます。

 よく写真で紹介される水没した木の根は、発掘調査のあとに保存のために水浸しにしたのだそう。元は砂礫に埋もれていて、海水面下ながら真水の帯水層に浸った状態だったそうです。私は海底に林が沈んでいて、海に潜れば木の根っこがうねっているのかと思っていましたよ。

 こちらも実際の発掘現場を保存した展示施設。なんというか富士の樹海みたい状態を想像していたので、もっとうじゃうじゃしているのかと思ったら、意外に間が空いています。想像していたより現物のほうが地味、とはいえ、かつて林だった土地が海面下に沈降しているのですから(しかもそう古くない時代に)、面白いものには違いありません。
 2枚目の写真、奥のコンクリ壁に標高0mのラインが水色で引かれていて、埋没の様子がよく分かります。

 調査が行われる前の再現模型。砂浜に切り株が点々としていて、なるほどかつてはこんな雰囲気だったのかと。
 地元の人には知られていたけど、戦時中には引っこ抜いて薪に使われたりしてたそうです。「埋没林」という知識を持ってみているから貴重なものと分かりますが、そうでなければ古い木の根にしか見えないでしょう。意外にそんな扱いだったんだなあ。

 魚津埋没林博物館の企画展「河原の石ころ展」。ぱっと見は地味なのですが、水系ごとに転がっている石が違って、上流の地質を反映していて、すごく面白いです。前の日に黒部川の川原を見てきたばかりなので、答え合わせしてるみたいでした。

 受付においてあったブックレット。そういえば米騒動発祥の地は魚津でした。 日本史に名を刻んだ街の一つです。
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2017年08月25日

名寄市北国博物館

 名寄市北国博物館は自然・人文の総合博物館です。
 屋外展示のキマロキ編成。機関車-マックレー車-ロータリー車-機関車に車掌車を加えた編成で、ラッセル車での排雪が限界に達した時に繰り出す奥の手でした。旧名寄本線の線路上にあり、現在も残っている宗谷本線の車中からもよく見えます。

 展示物より。こんな北まで縄文土器があるのですね。
 北海道には稲作が入ってこなかったため、縄文時代の後は本州と違った歴史をたどり、室町時代の頃にアイヌ文化が成立します。
 もう一枚は火鉢から給湯ボイラーまでありとあらゆる暖房器具が並ぶコーナー。開拓当初は本州の風通しの良い家を、つまり夏の暑さよけを優先して防寒を無視した家を建て、多くの人が犠牲になったといいます。

 ロビーにあるフーコーの振り子。日本最北のフーコーの振り子です。緯度によって回転の角度が変わるので(極点だと一日一回転で赤道だと回転しない)、早回しで録画して他の地域のフーコーの振り子と比べたら面白いかもしれません。
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2017年06月18日

特集展示「重要文化財指定記念 なにわの町人天文学者・間重富」(大阪歴史博物館

 間重富関連資料が国指定重文になったので、大阪歴史博物館で特集展示が行われています。気がつけば6/19までということで、あわてて見にきました。

 間重富は1756(宝暦6)年の生まれ。裕福な商人の家に生まれ、麻田剛立に天文学を学び、高橋至時とともに寛政の改暦に携わりました。
 江戸滞在時には高橋至時に師事していた伊能忠敬の指導にも当たっています。

 間重富の関連資料は2016年に国指定重要文化財となり、今回はそれの記念した企画展。

 望遠鏡や渾天儀といった機器類の他に、重富も編纂に関わった万国全図や、寛政・天保年間の天体観測記録など見所の多い展示でした。
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2017年05月07日

神戸市立博物館「遥かなるルネサンス 天正遣欧少年使節がたどったイタリア」展

 神戸市立博物館で開催中(〜7月17日)の「遥かなるルネサンス 天正遣欧少年使節がたどったイタリア」展を観てきました。
 天正遣欧少年使節に焦点を当て、少年たちが訪ねた街や人物にまつわる絵画や工芸品を、施設の行程に沿って展示しています。彼らが見た光景を追体験しているような気分になる面白い構成です。

 天正遣欧少年使節の帰国は、豊臣秀吉によるバテレン追放令のあとで、後にキリスト教への締め付けが厳しくなる中で、使節団に参加した若者たちも時代の荒波に翻弄されることになります。

 使節の主席正使だった伊藤マンショの肖像画、何年か前に発見されていたのは知っていましたが、実物は初めて対面しました。西洋風の写実的に描かれた400年前の日本人と顔を合わせるのは、なにやら不思議な気分でした。

posted by ふくだ at 23:45| Comment(0) | 博物館や美術館