2021年08月28日

神戸市立博物館 特別展「伊能忠敬」見納め

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 7月10日に始まった神戸市立博物館の伊能忠敬展も8月29日が最終日となります。
 見納めということで、三宮のミント神戸で遠心分離機を回した帰りに寄ってきました。

 今回は、前回の見学時に見落としていた「浦島測量之図」に描かれた星宿「参」を確認。
 観測中の人々を囲んでいる幕の上にちょこんと描かれているのですが、星の並びは合っていないし、大きさもずいぶん小さく描かれています。描いた人は実際の星空は見ないまま、天体観測の様子を示す書割り(背景の大道具)的に概念的に描きこんだのではないかなあ。

 あとは気に入った展示物を眺めます。

 地図用具の星印と烏口(伊能忠敬記念館蔵)。国宝になった烏口って珍しいと思います。

 伊能図ではフランス帰りの「大日本沿海輿地全図中図」(NISSHA株式会社蔵・京都国立博物館寄託)。今回出展された伊能図の中では、松浦家旧蔵のものと並んで白眉でした。もし持ち帰って良いものを選べと言われたら、これを連れて帰ります。私の家では広げられる部屋がないですけど。8枚のうち中国・四国と九州エリアだけの展示でしたが、機会があれば近畿や東日本も見てみたいです。

 松浦史料博物館の伊能図関連資料。大名家に伝わる伊能図の来歴を示した唯一の文書類で、どのような経緯で作図、納品されたのかが分かるのは興味深いものでした。

 「東海道歴紀州中国到越前沿海図」の上下(伊能忠敬記念館蔵)。伊能忠敬の測量は十次に及びますが、その都度の測量が終わるたびに、その回の成果をまとめた地図を幕府に提出していました。これは第五次測量の成果をまとめた伊能家側の控図。幕府に提出したものの副本なので、今回出展された伊能図の中でもきれいなものです。途中の過程が分かる資料も面白いです。

 閉館のメロディーが流れるまで伊能図に囲まれてのんびり過ごしました。幸せ。

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2021年08月19日

自分が行ったことがある博物館のリスト

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 塚田健さん(平塚市博物館学芸員)が作られていたのが面白そうだったので、私も自分が行ったことがある博物館を地図に落とし込んでみました。累計376館園。
# 画像をクリックするとグーグルのマイマップに飛びます。

 https://www.google.com/maps/d/edit?mid=1Q3Um1g9ZH72s2F-h7LKW_-4SIlbEGcHh&usp=sharing

 この作業、「博物館」をどこで線引きするかがややこしくて、博物館法に基づいた登録博物館・博物館相当施設・博物館類似施設の違いは、私のような一般人が見た目で区別できません。また観光目的の施設との色分けもグラデーション状態で、どこかで線を引けるものでもありません。

 なので、えいやっ、と「私が博物館だと思った施設」をリストアップすることになります。言い換えれば細かいことは気にしない。

 また趣味的に、公開天文台とプラネタリウムは、児童館も公民館も研修施設も入れています。この分野に関しては少し基準がゆるいかもしれません。

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2021年08月14日

神戸市立博物館 特別展「伊能忠敬」後期展示 2回目

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 神戸市立博物館の伊能忠敬展、今回は「浦島測量之図」がメイン。
 忠敬の測量隊が安芸国(広島県)の浅野家領内を測量する様子を描いた絵で、測量の様子を絵画で残した貴重な史料です。前期展示から出展されているのですが、前期と後期で絵巻物の違う部分を出しているのを見落としていました。

 後期展示では夜中測量之図として、象限儀で星の高度を測る忠敬らしき人物や、南北に張った糸を利用して南中を測る人など、天文測量の天体観測の様子が描かれている部分を見ることが出来ます。天文ファン必見といえるでしょう。帰宅したあとで図録を読み返したら、空には現在のオリオン座に当たる星宿「参」も描かれているそうです。全く気づかなかった……私の目は節穴だ。
# 図録の写真を見ると確かに描かれてはいるのですが、あれを星の並びと認識するのは難しいかも。

 天測の続きには観測や測量に使った道具のスケッチが載っていて、彎窠羅針(わんからしん)という方位磁針と象限儀は特に細かく描き込んであります。彎窠羅針はジンバルで常に水平を保つように工夫された方位磁針で、見た目の機構的にも面白く、興味を引いたのかもしれません。
 彎窠羅針は同じ展示室に実物が出ていますし、象限儀は……近いところだと大阪市立科学館に精巧なレプリカが展示されています。

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2021年08月07日

尼崎市立歴史博物館 企画展「尼崎城を掘る」

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 尼崎市立歴史博物館企画展「尼崎城を掘る」。
 江戸時代には四層の天守を上げた威風堂々たる平城でしたが、明治以降は市街化の波に飲まれ、地上の遺構は完全に消滅してしまいました。現在は町割りや道路の形に往時の曲輪の姿を残すのみとなっています。

 この尼崎城、1987年からの発掘調査で石垣や御殿の遺構などが豊富に地下に眠っていたことが分かってきています。
 今回の企画展では明治維新後にどのように尼崎城が解体され消えていったのかを紐解くとともに、発掘調査の成果からこれまで判明している尼崎城の実態を紹介しています。

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 尼崎城は絵図や建物の平面図は多く残っていて、発掘調査では図面の正確さを裏付けるような本丸御殿の柱跡などが検出されています。本丸の大部分は学校の敷地となったので、校庭などに使われて遺構が乱されずに済んだのも幸運だったのでしょう。

 築港の石材に転用されてしまったと言われていた石垣がけっこう残存しているのにびっくり。調査の後で埋め戻されてしまったのですが、埋め戻した状態で保存されているそうです。全てとは言わずともいつの日か日の目を見る機会があるといいなと思います。

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 土器土器。
うそです。江戸時代になると陶器とか磁器になります。唐津焼なんて2020年に現地に行ったばかりですから親近感がわきます。築城前の地層の遺物からはこの辺りに寺院があったことが想定されるそうで、中世の尼崎城は現在の阪神電車の車庫のあたりにあったと考えられているそうです(遺物が出たわけではないので推定)。荒木村重の尼崎城はここではなかったのか。

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神戸市立博物館 特別展「伊能忠敬」後期展示

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 神戸市立博物館の「伊能忠敬」展、8月4日から後期展示に入りました。

 今回は入れ替わった地図を中心に見学。津軽家旧蔵の伊能中図(国文学研究資料館所蔵の「沿海地図 中図」)、彩色は淡くてぱっと見は地味ですが、針穴あり(ただし針穴は双眼鏡でも分からない)の緻密な地図で、描き込みも精緻を極めます。

 「沿海地図」は、関ヶ原以東の東日本の測量が終了した第四次測量までの成果で作成した地図で、正本は1804(文化元)年に幕府に提出されました。今回は後期展示の津軽家旧蔵のものと、通期展示となっている蜂須賀家旧蔵のものが並んで陳列されています。地図の余白に書き込まれた脚注こそ違いがあるものの、地図そのものの描写は傍目には差がありません。
 碓氷峠や箱根峠は当然ながら旧道を通っているとか、象潟は陸化する前の潟湖の状態だとか、銚子の屏風ヶ浦の辺りは海岸線ではなく内陸を測っているとか、そうした所は両図とも共通の描写。同時期に制作された地図なので違ったら困るわけですが、印刷でもない手描きの地図でよくぞここまでと驚嘆します。
# 現在の人件費に換算するとどれだけコストが掛かったものか、恐ろしくもなります。

 呉からやってきた「浦島測量之図」も前期展示と違う部分を出していたはずですが、こちらはうっかり素通りしてしまいました。改めて見に行かねば(一昨年広島で見ているのですけど)。

 伊能忠敬展はこれで5回目。年間パスポートのミュージアムカードありがとう。

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2021年07月31日

神戸市立博物館 特別展「伊能忠敬」4回目

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 神戸市立博物館の伊能忠敬展、前期展示は8/1までということで4回目の見学。
 毛利家旧蔵、現在は山口県文書館所蔵の防長両国の伊能図(御両国測量絵図)は前期展示のみということで、これを重点的に見てきました。

 松浦家旧蔵の伊能図は軸装されて保存状態も極めて良いのですが、毛利家旧蔵の伊能図は折り畳まれての保存で、全体的な保存状態は良好ながら折り目以外にもしわや細かい筋が目立ちます。
 幕末の毛利家は激動の渦中にあり、四か国艦隊と撃ち合いをしたり、第二次長州征討では国境で幕府軍と実戦を交えたり、戊辰戦争の直前までは国内で最も戦火にさらされたところでした。もしかすると、なのですが、毛利家旧蔵の伊能図はこうした戦いの際の作戦立案に使われて、それで使用感めいたものを感じるのかもしれません。あくまで想像の範疇ですが。

20210731kobe005.jpg さてこの日は学芸員による展示解説に参加するために早く出てきたのでした。展示室でのギャラリートークではなく、地下の講堂での30分間のお話。定員40人は開演5分前に満席。展示の各コーナーの見所紹介にもなっていて、予習にピッタリの内容。
 実際に展示に携わった学芸員のお話は聞いていて楽しいです。

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 こちらはおまけ。神戸市立博物館内に清盛公の像が2つも展示されています。「平家物語」では悪役の平清盛公ですが、神戸市民は清盛公に親しみと敬愛を感じている表れではないかと思います。

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2021年07月11日

神戸市立博物館 特別展「伊能忠敬」

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 神戸市立博物館の特別展「伊能忠敬」。開幕2日目に見てきました。
 今年の神戸市博のミュージアムカード(年間パスポート)はこのために購入したと言っても過言ではありません。だいたい毎年買ってますけど。
# 今回の特別展は写真撮影不可なので、以下の写真は展示室外やロビー等の撮影可のディスプレイです。

 展示の序盤、U章の「測量と地図作製」は伊能図がどのようにつくられたかに焦点をあてています。
 地図の作成過程は測量と作図の二段階あり、歩測と方位磁針・天体観測を主体とした測量の紹介はこれまでの各地の企画展でもあったのですが、今回は作図の様子を紐解くところに力点をおいています。

 測線と地名だけが描かれた製図時の下図、最終作画時に参考にしたであろう測量先の風景のスケッチはこれまで見る機会が少なかったもの。

20210711inoutadataka003.jpg また地図を作画するときに使用した道具も出展されています。
 測量方が天測を行った場所に捺す☆印や寺院を示す△印といった凡例の印章も出展されています。伊能忠敬記念館が持っている伊能忠敬関連資料は一括して国宝指定されているので、凡例印も国宝。☆印の国宝印は星グッズが好きな方は必見と言えます。出展されていたのは五芒星ではなく六芒星なのも面白い点。

 地図を描くのに使った烏口も出展されています。烏口はペンの一種で、学生時代の実習で使ったことがあるので親近感がわきます。もっとも私の時代ではすでにロットリングペンの時代で「烏口もいちおう経験しておけ」というくらいものでした。
 実際のところ面相筆では一定の太さの線を引くのは難しいので、当時から烏口はあったというのは驚きとともになるほど納得。国宝指定されている烏口は他にないかもしれません。

 測量の様子を伝える「浦島測量之図」は以前の広島城企画展「江戸時代の天文学」にも出展されていたもの。測量の様子が具体的に分かる数少ない絵画資料です。

 忠敬が残した膨大な測量日記では神戸市域を通過していく(もちろん測量しながら)様子が記されたページを開いて展示。合わせて紹介されている国立歴史民俗博物館収蔵の「伊能忠敬日本全図 大図 摂津、淡路」は地図を写す際に使用した針穴がないので、おそらく後の時代の写し(といっても江戸後期から明治の間)ですが、彩色鮮やかで原図の持つ雰囲気を彷彿とさせるものです。

20210711inoutadataka004.jpg 展示の中盤、V章の「伊能図の精華」では大名家に進呈された伊能図に焦点を当てています。
 伊能図と言えば江戸幕府に提出された「大日本沿海輿地全図」が有名ですが、この正本は明治時代に江戸城の火事で焼け、その後に伊能家から収められた副本は関東大震災で焼けたとされています。

 ここだけ聞くと伊能図は失われてしまったようにも思えてしまうのですが、地図は測量成果を基に描き起こすことができるので、幕府に提出した正本以外にも必要に応じて多くの地図が起こされ、また写しも作られており、それらを総称して「伊能図」と呼んでいます。

 今回、力を入れて展示されているのは旧大名家に伝わった伊能図。伊能図にもさまざまな種類があり、海岸線や街道といった測量成果だけ分かればよい場合は山や集落の描き込みはあっさりしていますし(この手の写しは今回は出ていません)、旧大名家に収められたものは正本に準ずると想定される丁寧な仕上げで彩色も鮮やかなものになっています。

 旧大名家に伝来した伊能図は、領主が自領の測量に協力し、後日に自領の地図を進呈されたと考えられています。
 今回出展されている松浦史料博物館の伊能図は、上記のような経緯が日記や文書に残されていて、図の伝来の経緯が分かる貴重な史料とともに展示されています。地図の保存状態もよく、重要文化財くらいになってもいいのではないかと思うくらいです。

 山口県文書館の伊能図は防長二国の毛利領を描いたもの。こちらも大図7枚で大迫力です。
 展示の後半で幕末につくられた毛利領の海防の地図が展示されているのですが、もしかするとその元になったものかもしれません。

 変わったところではフランスで発見された伊能中図というものがあり、戊辰戦争で旧幕軍に加わったフランスの軍事顧問団が持ち出したものではないかという説もあります。
 シーボルト事件もあり、伊能図は門外不出の扱いを受けていたような印象があるのですが、幕末には幕府自身が伊能図を基にした日本図を刊行していて、また日本近海の測量を行おうとしたイギリスに伊能図を提供したりもしています。

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2021年06月25日

東洋文庫ミュージアム

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 東洋文庫は東洋学全般の資料を集めた図書館で、世界5大東洋学研究図書館に数えられています。中国を中心にアジア全体をカバーし、地域内に文字を持つ言語が90ほどあるそうですが、その全ての言語の資料が入っているそうです。
 ちなみに先の東洋学の世界5大図書館、ほかの4つは大英図書館、フランス国立図書館、ロシア科学アカデミー東洋学研究所、ハーバードイエンチン研究所。待って、肩を並べる相手が凄すぎないか。

 ロンドン・タイムズのジャーナリストだったモリソンが、北京在任中に集めた東洋学の資料2万4千冊を三菱財閥の岩崎久弥(岩崎弥太郎の長男)が一括して買い入れたものが基礎になっています。その後も三菱の資金援助でどんどん資料を収集し、今や資料の所蔵総数は約95万点。うち国宝5点・重要文化財7点と言いますから開いた口がふさがりません。

 文庫の閲覧は大学の学部生以上の研究者になりますが、2011年には一般向けに資料を紹介する東洋文庫ミュージアムが開設されました。

 冒頭の写真はミュージアムのシンボル展示となっているモリソン文庫で、東洋文庫の基礎となったモリソン文庫の資料をまとめて展示しています。現役の閉架書庫でもあり、文庫の閲覧者であれば資料を読むことができます(貴重書等は貴重書庫に収めてあるそうです)。
 写真では分かりにくいのですが、3フロア分の吹き抜けになっていて、上の方は2階・3階の書棚が見えています。見掛け倒しの飾りでないのがすごい。

20210625toyobunko012.jpg 訪問のお目当ては企画展「江戸から東京へ −地図にみる都市の歴史」。
 江戸開府前から近代に至るまでの江戸・東京の地図や地誌・ガイドブックを並べて、都市の発展の様子や人々の営みの変化を追いかけます。
 地誌として『続日本紀』や『吾妻鏡』が出てくるのが本の博物館たる所以で、「ここからかよ!」と一人でツッコんでしまいました。

 家康が入る前の江戸は太田道灌の築いた江戸城と城下町があったのですが、後北条氏の重要拠点ではあったものの大きな街ではなく、戦国期の絵図は残っていません。
20210625toyobunko013.jpg もっとも古い時代の江戸図として展示されている『長禄江戸図』は太田道灌時代の江戸を描いたもので、直接ではなくとも何らかの原図を写したものとされてきましたが、詳細に内容を検討すると時代的な齟齬がいくつもあり後世に昔の様子を想像して描いたものと考えられています。ただ江戸時代に既に家康以前の江戸を知したいという需要があり、それにこたえようとしていたこと自体が面白い。

20210625toyobunko050.jpg この調子で紹介してるといつになっても書き終わらない。
 幸い、図録がありますので紹介しておきます。A5判36ページで1冊570円とリーズナブル。資料のキャプションや展示のコラムがもれなく収録されています。図表は小さめですが全頁カラーで、資料を元に都市の歴史を追う読み物として充実しています。

 もう一つは日本地図センターが発刊している「地図中心」の特集号。こちらはA4判で地図も大きく収録されています。一般的な意味での図録としてはこちらのほうが図録っぽい。東洋文庫で解説を付けている地図もあれば、外部のライターの解説もあり、出展された資料の中でも地図に焦点を当てた一冊。

 それぞれ東洋文庫のミュージアムショップ日本地図センターでの通販での扱いがあるので、遠方の方もどうぞ。って何を宣伝してるんだ私。

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 ミュージアムショップでは過去の図録もいろいろお迎えしました。
 ミュージアムの性格上、絵画よりも書籍の紹介が多く、図録もカラーページをふんだんに使いながらも写真より解説が中心になっています。個人的には解説メインの図録はとてもありがたく、しかもいずれも一冊570円と手頃な値段で、興味のあるものはついつい手が出てしまいます。
 あれ、待って、今回の企画展と合わせて5冊も買ってた!? いつ読むんだ私。

 右側はクリアファイル「科挙答案」。清代の科挙の合格者の答案で、字も審査の対象だったらしく、むちゃくちゃきれい。受験生が縁起物的に買っていくそうで、私は今のところなんの受験の予定もないのですけど、面白いのでお迎えしました。

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2021年06月24日

長谷川町子美術館

 8ヶ月ぶりの再訪。
 最寄り駅の桜新町は渋谷から10分ほどで、美術館も駅から徒歩7分。いちど覚えてしまうと足を運びやすいのです。
 美術館では収蔵コレクション展「深く息を吸って−緑の世界」。水口裕務の「流れ」という作品をとても気に入りました。2000年代以降の作品も多く展示されていて意外に思ったのですが、長谷川町子美術館館長を務めた町子の姉の長谷川鞠子氏は2012年までご存命だったので、町子の死後もコレクションを増やされていたのでしょう。

20210624hasegawa017.jpg 記念館の企画展は「いじわるばあさん」。長谷川町子の作品では「サザエさん」に次ぐ代表作の一つで、1966年から1971年まで「サンデー毎日」誌上で連載されました。子どもの頃に親戚から単行本の3巻をもらって笑い転げながら読んでいましたが、いま読み返すと主人公の「いじわるばあさん」、かなり辛辣な意地悪や悪戯を繰り返しています。漫画の中だから笑えますが、近所にいたらちょっと困る。いや、かなり困る。家族だったら泣いちゃう。

 新聞連載の「サザエさん」は誰もが読める作品として描かれていましたが、雑誌連載の「いじわるばあさん」は読者層が限られるぶん作者の好きに描ける面があったようです。

20210624hasegawa015.jpg 「いじわるばあさん」は何度かテレビドラマ化されていて、知られているのは青島幸男が主演を務めた作品。原作者の意向であえて男性を主人公役に充てていたのだとか。

 企画展示室は撮影不可ですが、記念撮影スポットが設けられていて、いじわるばあさんにもれなく殴って頂けます。ひどい(笑)。

 記念館には喫茶コーナーがあり、長谷川町子作品を読みながらお茶やコーヒーを頂けます。前回はお茶でしたが、今回はコーヒーで。
 順番待ちでキャラクターの札を渡されるのですが、私の前の人は「タマ」の札を渡されて、呼び捨てで「タマー」と呼ばれていました。呼ぶほうが気を使ってそうな声でしたけど。私のときは待ち時間無しでちょっと残念(なのか?)

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 自家用のお土産で蕎麦猪口をお迎え。自宅ではそれほど蕎麦を食べないので、もっぱら湯呑に使っています。
 右写真は昨年の訪問時にお迎えしたお茶碗。使うつもりで買ったのですけど、なんだかもったいなくて飾りになっています。
 両方とも絵の上から釉薬をかけてあるので、食洗機にかけても大丈夫な実用品。
 長谷川町子美術館で扱っているグッズは基本的に原作マンガ準拠のキャラクターになっています。アニメのサザエさんしか知らないと不思議な気分になるかもしれません。

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ニコンミュージアム企画展「星の美しさを伝えた天体望遠鏡たち」

 ニコンミュージアムの企画展「星の美しさを伝えた天体望遠鏡たち」。
 ニコンは天文台向けの大型機からアマチュア向けの小型機まで、長年にわたって天体望遠鏡を作ってきました。アマチュア向けの鏡筒は1990年代末に製造終了していますが、現在も接眼レンズの生産が行われています。
# ニコンの双眼鏡は今でも天文用の定番ですが、今回の展示はあくまで天体望遠鏡。

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 企画展のエントランスに展示されている8cmED屈折望遠鏡と6.5cmED屈折望遠鏡のセット。ニコンがアマチュア向けに販売した望遠鏡の最終期の製品です。天体望遠鏡はカメラほど頻繁にモデルチェンジしないので、1980年代から90年代にかけて長い間販売されていました。

 背景の写真は8cmED屈折とニコンD810A一眼デジカメの組み合わせで撮影したプレアデス星団。壁一面の大伸ばしにしているのに、星像はシャープで色にじみも目立ちません。今の基準でも優秀な光学系であることが伺えます。

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 8cmED屈折についているのはニコンF3ですが、注目すべきは6.5cmED屈折の接眼部。
 実は最初期のオートガイダーで、光電素子で星の光を検出し、赤経方向の追尾の遅れ進みを自動的に補正するもの。モーターが一軸なので赤緯方向の補正はできません。
 1980年代末か90年代初頭の製品だったと思うのですが、当時の天文雑誌で大きな記事で扱われていたのを覚えています。完全なオートガイドを行うには赤経・赤緯両軸の補正が必要で、アマチュア向けの製品で両軸補正ができる製品が普及したのは冷却CCDでの撮影が行われるようになった1990年代後半以降、手の届きやすい価格になるのは2010年前後からで、ニコンのオートガイダーは世に先駆けたというより早すぎる製品だったのかもしれません。

20210624nikon012.jpg 天体望遠鏡が掲載されている最古のカタログ。
 ニコンは1917年に創立して、1920年から屈折経緯台式の天体望遠鏡を制作しています。このカタログには口径2インチから5インチまで1インチ刻みで4種の望遠鏡が掲載されています。センチメートルに換算すると、5cm・7.6cm・10.2cm・12.7cmで、現在のアマチュア向けの屈折望遠鏡のラインナップは既にこの時代に確立していたことが伺えます。
 それにしても4インチ(10.2cm)や5インチ(12.7cm)は相当な高級品だったはず。野尻抱影が愛用していたのは4インチ屈折だったそうです。

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 1931年に上野の国立科学博物館に納入された20cm屈折赤道儀を紹介する展示。
 「天體望遠鏡」の銘板は風格を感じますし、毛筆で書かれた仕様書の表紙も歴史を感じます。当時のニコンの技術の粋を尽くして開発された望遠鏡で、2005年まで75年間に渡って一般向けの観望会を中心に活躍しました。絵画にも描かれ、1990年の切手趣味週間の記念切手にも登場しています。

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 引退後の現在は、地球館の地下3階で常設展示されていて、今回は対物レンズと接眼レンズが出展されています。
 対物レンズは当時これだけの大きさの硝子材を国内で作ることができず、ドイツから輸入して設計・研磨を国内で行ったのだとか。

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 村山定男氏による火星のスケッチと小山ヒサ子氏による太陽黒点のスケッチ。いずれも科博の20cm屈折望遠鏡による観測です。お二人とも科博の職員として長年に渡って観測や普及に務められ、村山氏は渋谷の五島プラネタリウムの設立や運営にも携わられました。
 村山氏は肉眼による火星観測の第一人者ですし、太陽観測は継続性が重んじられる分野で小山氏の同一機材・同一観測者での長期間に渡る観測は高い評価を得ています。
# 私が小学生の頃に初めて買った天文書が村山先生の著書でした。

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 20cm屈折赤道儀は、第二次大戦後に15cmから30cmまでラインナップを拡充し、各地の公共天文台や学校施設に納入されました。
 ニコンミュージアムの常設展示として戦後に製作された20cm屈折望遠鏡が出展されています。1974年から2009年まで徳島の高校で使用されていたものです。このクラスの屈折望遠鏡は高校の備品としては破格のもので、羨ましいというより驚くばかり。

 兵庫県内では養父市の「天文館バルーンようか」にニコンの20cm屈折赤道儀が納入され、今も現役です。また明石市立天文科学館にも1960年の開館時にニコンの15cm屈折赤道儀が納入されましたが、1995年の阪神・淡路大震災で転倒・大破し、現存していません。

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