2019年09月29日

手塚治虫記念館

 2019年4月にリニューアルオープンした手塚治虫記念館を訪問。
 特別展の「高田明美展」を見学。私にとっては「機動警察パトレイバー」のキャラクターデザインの人で、ほとんどそれだけ見に行きました。パトレイバーはゆうきまさみのコミック版と映画版の1・2は見ていますが、OVAとTV版は見ていません。実は映画版のキャラクターはOVA版より写実的に作画されているそうで、私にとってはあまり目にしたことのない特車二課の面々でした。線が全体的に柔らかくてとても新鮮。鉄道模型のKATOが1/150モデルのパトレイバーを出す企画を進めているのですが、そのイメージボードの原画が展示されていて、これがよかった。 
# 他に出展数が多かったのは「クリィミーマミ」と「きまぐれオレンジ・ロード」関連ですが、両方とも見てないんだよな。

 さて、手塚治虫記念館が恐ろしいのは、館内のライブラリーに手塚漫画のほとんどの作品が収まっていて読み放題になっていること。だいたい閉館時間まで抜け出せなくなりますし、今回もそうなりました。
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2019年09月22日

明石市立文化博物館企画展「城と明石の400年」

 明石市立文化博物館の企画展「城と明石の400年」
 明石城の築城400年に合わせて、明石築城から山陽鉄道(現JR山陽本線)の開通まで、明石の城下町の成立・変遷とそこに生きる人々を追った、力の入った企画展です。

 文化博物館の美術系の企画展は割とメディアに載りやすのですが、歴史系だとちょっと地味な扱いを受けがちな印象。今回はもポスターか置きチラシで知ったのですが、1階と2階の企画展示室をまるまる使った結構なボリュームの展示です。

 1階は明石城建設前の明石から明石城の城下町まで、明石城をテーマに絞った展示。多数の絵図や微地形復元の立体地図まで用いた展示で、城好きにはたまらない内容です。明石城は台地の突端を利用して築かれていますが、総構えも砂丘や後背湿地の微地形を活かして築かれていることなどが分かります。

 ちなみに明石新城築城の折に、塩屋も候補地になってたことも触れてありました。展示ではジェームス山の尾根に候補地を比定していましたが、その占地は納得。たまたま一緒に見ていた方とは「塩屋は要害かもしれないけど、城下町つくる土地がないから、無理」の見解で一致。世が世なら、うちが明石になっていたかもしれないのに惜しいことでした(でも日本標準時子午線は通らない)。

 2階では藩士や城下町の人々の暮らし。砲術・鉄砲方の黒田家の資料を展示しながらの藩士の仕事や暮らしぶりを少斯うするコーナーが面白かったです。よくあれだけ一括した資料が残っていたなとそちらにも感心。

 明治以降、明石城下の武家地に鉄道が通る様子や、櫓の保存運動など、今の明石市街や明石公園の成立につながる話題も面白かったです。機会があればもう一回じっくり見に行きたいです。
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2019年09月08日

六甲オルゴールミュージアム 特別展「星空とオルゴール〜銀河鉄道の旅」

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 六甲オルゴールミュージアムで特別展「星空とオルゴール〜銀河鉄道の旅」が開催されているので足を運びました。

 六甲山上は登山でこそ何度か足を運びましたが、諸施設はほとんど通り過ぎてしまうので、オルゴールミュージアムも見学するのは初めてです。

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 「オルゴール」と銘打ってはいますが、収集しているのはもう少し幅広く自動演奏楽器の全般。オルゴールも自動演奏楽器の一種と言えます。オルゴールと聞いてイメージするのはゼンマイ仕掛けのシリンダー式のものですが、音階を刻んだ円盤をセットして演奏するディスク式のものもあります。ディスクを交換すると演奏する曲を変えられるメリットがありますが、ほとんど家具のような大きさ。
 自動演奏楽器の中にはバイオリンを演奏するものや複数の楽器を演奏してバンドみたいな音を出すものまであります。

20190908rokko012.jpg 昔々は音楽といえば生演奏しかなかった時代、ジュークボックスのような使われ方をしたり、ダンスホールでの演奏に使われたそうです。今でこそ音楽は簡単に再生できるものですが、そうでなかった時代は、人間の代わりに機械に演奏させようという発想でこうした機械が作られたのです。
 エジソンが蓄音機を発明すると大掛かりな自動演奏楽器は終焉を迎えます。花開いたのは短い期間ですが、それだけにアンティークな雰囲気が見る人をひきつけます。

 この館で面白いのは毎時00分と30分に行われるオルゴールのコンサートも展示としていること。演奏を聞いてこそのオルゴール、演奏をさせてこその自動演奏楽器というわけです。00分のものは展示物の紹介を兼ねながらの20分間のプログラム、30分のものは特別展のテーマに沿った選曲の15分のプログラム。
 展示物の数自体は多い方ではないのですが、オルゴールのコンサートを聴いたら十分に満足できます。というか聴かずに帰ったらもったいない。複数の楽器を一緒に演奏する装置はモーターがぐるぐる回る音が聞こえるし、パンチカードを読みながら演奏するオルガンは手回しの速度で曲のテンポが変わるのも面白いし、もちろんオルゴールの音色も素敵。

 すっかり気に入って、レギュラーのプログラムを2回と特別展のプログラムを3回聴いてきました。

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2019年09月01日

妖精の森ガラス美術館

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 日本では唯一、世界でも珍しいウランガラス専門の美術館。
 ウランガラスはガラスに少量のウランを添加したもので、淡い黄色から黄緑色の色ガラスです。紫外線を当てると緑色の蛍光を発するので、日用品からアクセサリーまで様々な工芸品が生産されました。

 ウラン自体は18世紀後半に発見された元素で、放射能を有することが分かったのは19世紀末。それ以前からウランの化合物は着色料として利用されていました。古くはローマ時代のガラスにも使用例があるそうですが、広く生産が行われたのは19世紀半ば、日本の時代区分なら幕末の頃からです。
 日本でも戦前にウランガラスの製造が行われており、かき氷の器や醤油差しなど身近な日用品として使われていました。国内でウラン鉱が見つかる前なので、原料のウランは輸入品でした。

 状況が一変するのは第二次世界大戦。ウランは核兵器の原料として注目され、アメリカを始めとする各国で非軍事目的でのウランの利用が禁じられたのです。ウランガラスの製造は途絶え、戦後もウランの利用は厳しく制限され続けます。

 その後1990年代からチェコとアメリカで細々と生産が再開され、日本では2003年に人形峠の麓の上齋原村(現:鏡野町)で、人形峠の国産ウランを使用したウランガラスが開発されます。地域ならではの産物として目の付け所が鋭いです。

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 美術館は2006年のオープン。
 展示室はアンティークなウランガラス製品を中心とした常設展と、期間ごとに作家の作品を入れ替える特別展。特別展ではウランガラスを使った作品も展示されています。
 展示の一部は通常の照明とブラックライトを切り替える仕掛けがついています。また通常照明に合わせて紫外線を照射している展示もあり、それぞれウランガラスの緑色の蛍光を楽しめます。
 紫外線のペンライトを貸してくれるので、通常の照明の展示でも、蛍光の様子を確認することができます。

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 美術館には工房が併設されていて、2階から見学できます。ガラス吹きやサンドブラストやリューターの体験もできて、時間があればやりたかった!
 ここでは人形峠で採掘されたウランを用いたウランガラスを作っています。国産のウランガラスを作っているのはここだけ(そりゃそうだ)。年間で扱う量は数百グラムとのこと。ウランを扱う時は人形峠の原研から有資格者を呼ぶそうです。ちなみにウランの含有率は0.1%ほど。

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 企画展に展示されていた「宇宙」という作品。写真だとうまく表現できないのですけど、これがきれいなのでした。
 もう1枚は蒸気機関車のヘッドライト。反射鏡の部分がウランガラスになっています。蛍光よりも黄色い色で短波長側の光をカットし、黄色みのある光を照射する目的で用いたそうです。

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 併設のショップにはウランガラスの作品がたくさん。これを見てるだけでも楽しいところです。
 コップなど大きく凝ったものはそれなりですけど、手元に置いておくような小物なら千円台からあるので、手が届かんことはないです。何より国産のウランを合法的に入手して手元における貴重な機会(待て)。
 一輪挿しとペーパーウェイトをお迎えしたのですが、いつものカッターマットが背景では味気ないと、白い紙を敷いて写真を撮ったら、紙にも蛍光剤が入っていて、わけのわからない写真になりました。

 ちょろっと覗いて帰るつもりだったのが、うっかり一時間も滞在してしまい、後の予定が大きく狂うことになったのでした。
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2019年08月01日

高知城歴史博物館・特別展「星を見る人」

20190801kochi187.jpg 高知城歴史博物館の特別展「星を見る人」。
 今回の高知行きを決めたのはこの特別展があったからです。大阪市立科学館に貼ってあったポスターがかっこよかったのです。

 土佐藩の天文学者、谷泰山と渋川春海の交流(という名の通信制教育)を軸に江戸時代の天文学史を概観。往復書簡から伝わる谷泰山の旺盛な熱意と、それに応える渋川春海の熱量に圧倒されます。
 距離的にも制度的にも今のような自由な往来が出来なかった江戸時代のこと、藩から江戸留学の許可が降りなかった谷泰山は、書簡を通じて渋川春海に入門します。疑問点を手紙に託し、渋川春海がそれに答える。几帳面な泰山は送った手紙のリストも作っていて、返事が来たもの、来てないもののチェックまでしています。
 送った手紙も膨大なら、いちいち返事を返す晴海も偉いもの。

 しばらくのちに泰山は江戸に上って晴海に会う機会を得るのですが、そのときの印象を「60有余才の老人で質実な感じのする人、目の前の人が、今まで大切なことを教えてくれた人なのかと驚くばかり」と書き残しています。「ただのおじいさんだった」と言わんばかりの記載ですが、その率直さが渋川春海の人となりを示す貴重な記録になっています。

 谷泰山ですが、幕末明治期の子孫に谷干城がいます。西南戦争で熊本籠城戦を戦い抜き、見事、薩摩軍を退けた人です。渋川春海と天文学で文通してた人の子孫がバリバリの武闘派とは、これまた面白いめぐり合わせ。

 展示の後半は各地から資料を集めての江戸時代の天文学を紹介するコーナー。
 個人的には長浜城歴史博物館所蔵の国友一貫斎のグレゴリー式反射望遠鏡を見ることが出来たのが収穫。

 全体的に素晴らしい特別展でした。

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2019年07月18日

藍住町歴史館「藍の館」

20190718tokushima111.jpg 化学染料が入るまでは、阿波といえば藍でした。
 藍住町歴史館「藍の館」は藍商人の商家兼住居を郷土資料館として一般公開しているもの。
 母屋と蔵で中庭をロの字に囲んだ造りで、並みの武家屋敷より防御力が高そうです。水害の多い吉野川の近くということもあり、家屋の敷地は嵩上げしてあるようです。

20190718tokushima103.jpg 資料館にはかつて染物に使われた型紙があり、そのまま切り絵作品です。 デザインナイフのない時代によくぞこれを切り抜いたもの。

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 歴史館内で藍染めの体験も出来ます。
 藍の葉はそのまま煮出したりするわけでなく、発酵させたもので染色します。このドロドロしたものに布を付け、空気中の酸素に触れることで鮮やかな藍色に染め上がる様はお見事です。しかしどういうきっかけで、染色のために藍の葉を発酵させるという複雑な手間を踏むようになったのか。

20190718tokushima145.jpg 近代以降は化学染料の登場で藍染は下火になるのですが、近年再び藍の栽培を復活させようという取り組みもあるそうです。たぶんこの畑だと思うのですが…何せ生えているアイの実物を見たことないので自信がありません。
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2019年05月23日

大阪府立近つ飛鳥博物館

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 飛鳥というと奈良の飛鳥(大和飛鳥)を思い浮かべますが、大阪にも河内飛鳥という地名があります。別称「近つ飛鳥」。当時の難波宮を起点に、手前の河内飛鳥を「近つ飛鳥」、奥の大和飛鳥を「遠つ飛鳥」と呼んだとされています。

 大阪府立近つ飛鳥博物館は一須賀古墳群を整備した近つ飛鳥風土記の丘にあり、近つ飛鳥から大阪府下の範囲の古墳時代を中心にカバーする考古系の博物館です。

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 地下フロアの中央に鎮座する大仙陵古墳(伝仁徳天皇陵)の1/150模型。
 これだけ見に来てもいいくらいの迫力です。1/150スケールは鉄道模型のNゲージと同じなので、人形も多く市販されています。おそらくそれを活用したものだと思うのですが、古墳の周囲には働き、生活する人々が豊富に配置されて、活きた模型になっています。
# 1/150だと身長170cmの人が11.3mmになります。ほぼ虫眼鏡クラス。

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 墳丘と陪塚は現状からの推定復元ですが、周囲の住居や豪族の館、工房などは、当時の雰囲気を伝えるために模型の中に配置したもの。豪族の館はどこかで見覚えあるなと思ったら、群馬の三ツ寺遺跡を参考にしたそうです。

 古墳の築造の様子や工房で窯に火が入れられる様子、狩りや行列や何かの儀式やら、いろいろ詰め込まれていて、みていて飽きません。

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 もう一つは古墳の石を運ぶのに使われたと推定されている木製のソリ「修羅」。
 藤井寺市で発掘されたもので、復元品に石を載せて引く再現実験が行われたのをTVで見た記憶があります。
# 再現実験は1978年のことなので、リアルタイムではなくて、後日に歴史番組で見たのでしょう。

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 建物は安藤忠雄氏の設計ですが、公共交通機関で行くと裏口のような方向から着いてしまいます。結局、全貌はみていないまま。

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 館内のカフェで食べた「古墳パフェ」。スプーンが発掘する気満々。最近は考古系のグッズもバラエティーに富んでいるようで、古墳クッションとか古墳マスキングテープとかどういう需要があるのか。

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 ユルいものがある一方で漢委奴国王印の24金メッキ原寸大レプリカとか、現物から型を取った和同開珎のレプリカとか、個人の家に置いてどうするのでしょう。いや金印は欲しいかも。
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2019年04月25日

「大徳寺龍光院 国宝 曜変天目と破草鞋」展(MIHO MUSEUM)

 MIHO MUSEUMは滋賀県甲賀市信楽町にある博物館です。
 今回は京都・大徳寺龍光院に伝えられた茶道具や文物、什物を公開する特別展とのことで足を伸ばしました。

 龍光院は黒田長政が父の黒田如水(官兵衛)の菩提を弔うために建立した塔頭。堺の茶人・津田宗及の子の江月宗玩が二代目となった縁もあり、桃山時代を象徴するような文物を多く所蔵しています。

 特別展のタイトルにもなっている国宝曜変天目。国宝の曜変天目茶碗は国内に3点ありますが、2点は美術館の収蔵品で、常時ではありませんが見学できる機会は比較的多くあります。残る一つの大徳寺龍光院の所蔵品は、2017年に京都国立博物館の国宝展、その前は2000年に東京国立博物館で公開されて以来という頻度。

 写真だと地味にも見える龍光院の曜変天目、覗き込んだら蒼く煌めく分子雲から垣間見る銀河団のよう。色合いが繊細なので、じっくり見るほど淡い色が見えてきます。
 できれば短距離にピントの合う双眼鏡や単眼鏡を持っていくのがおすすめ。黒地に浮かぶ淡い色合いをより楽しめます。
 平日とあって待機列がない時間帯もあり、存分に拝見いたしました。

 曜変天目茶碗の次の部屋にある油滴天目茶碗(重文)もすばらしいものでした。椀の内と外に一面に銀の斑紋が広がり、さながら球状星団の中心部を取り出したようです。

 私は工芸品ばかり目が行くのですが、展示全体は書画から日記まで万遍なく、龍光院の全てを紹介しようと言わんばかりの構成でした。展示の最後は今日の龍光院ということで、観光を謝絶している塔頭ながら世間とのつながりと断っているわけでなく、お寺の行事など市井の人々とともにある姿も紹介されていました。

 そんな中で座禅の看板を見たので、参加してみようと思いました。
 座禅は敷居が高い印象があるのですが、基本はシンプル。呼吸を整え、「心は浮かぶものを拒まず、消えていくものを追わず、自然体で」とのこと。正直なところ日常の雑多なことばかり心に浮かんできます。
 講師の龍光院の小堀月浦和尚は他人を思いやる心を培ってもらいたいということを仰られていましたが、なかなかそこまでも思いがいたらぬのが正直なところ。けれども心を鎮め、自己と向き合う時間を持つことは、時代や宗教を超えて、人がいかに生きるかという課題へ向き合うことに通じるのだと思います。

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2019年04月17日

藤田美術館展(奈良国立博物館)

 奈良国立博物館の藤田美術館展へ行ってきました。お目当ては曜変天目茶碗です。

 お椀の中は星間分子雲がきらめいているというか、銀河の淵を覗き込んでいるというか、ただただ引き込まれそうになり、事象の地平面の縁から舞い戻ってきた気分です。

 窯の中の化学反応の偶然と必然が折り重なってできた模様なので、双眼鏡で拡大して見ても揺らめく光彩の鮮やかさは増すばかり。

 外側は淡くしか光を当てていないので、外周の窯変はおぼろげに存在が分かる程度。でも椀の内側には直上から光が当てられ、繊細で鮮やかな模様をしっかり味わうことが出来ます。

 平日とあってか混雑はさほどでもなく、入館待ちなし。曜変天目茶碗は特別に展示室を仕立ててあり、部屋の中央にガラスケースに納めて四方から見ることができます。ケースはロープで囲われ、その中の最前列で見るための待機列があるのですが、それも長くて5分ほど。つまりは余裕でじっくり堪能できました。

 ロープの囲いの後方からなら待機列に並ばなくても見られるのですが、茶碗の内側を見るには最前列から見るほかありません。とはいえ空いていたので6回並び直して見てきました。

 曜変天目ばかりに注目が集まっている感ですが、他の出展物も密度が濃く、なんだかんだと2時間ほど見ていました。さくっと見るなら1時間から1時間半くらいで十分だと思います。

 思いの他に時間を費やしてしまったので、このあとは東大寺だけ回って戒壇堂の四天王像を参拝して帰ってきました。
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2018年11月08日

宝塚市立手塚治虫記念館

 2018年11月3日は漫画家・手塚治虫の90回目の誕生日だったそうです。
 というのをたまたまラジオで聞いて、久しぶりに手塚治虫記念館を訪問しました。

 手塚治虫は1989年に60歳で亡くなっています。
 私自身が子どもだった当時はさほど感じなかったことですが、60歳といえば還暦ではありますが、多くの人が元気に過ごしていますし、働いている方も多い年代。早くに亡くなられたのだなあと改めて思います。

 手塚作品で読んだのは「火の鳥」「ブッダ」「アドルフに告ぐ」「きりひと讃歌」「陽だまりの樹」あたりで、アニメではカラー版の「鉄腕アトム」くらい。子ども時代の私にとっては少し難しい漫画を書く巨匠という印象で、小学生の頃は藤子不二雄のアニメ・漫画で育ちました。
 手塚治虫のアニメだとカラー版の「鉄腕アトム」。「地上最大のロボット」のエピソードは強く印象に残っていまつ。漫画の方は高校生になってからで、上記の作品は主に市の公民館の図書室にあるのを読みました。学習まんがを別にすれば、図書室に置かれる漫画の位置づけになっていたのですね。

 記念館はそれほど大きな建物ではなく、1階が手塚治虫の生い立ちを追う常設展、2階が企画展用のスペースになっています。訪問時はフランスで手塚治虫を紹介した展示の里帰り展的な特別展をやっていて、海外視点での手塚治虫の紹介が、ちょうど「手塚治虫概論」というべき展示構成になっていて、彼が取り組んだテーマや作風の変遷を追うのに絶好の内容になっていました。
 「OSAMU TEZUKA MANGA NO KAMISAMA」というタイトルですが、「漫画の神様」をそのままキリスト教文化圏で使うわけにも行かないようで、「漫画の守護聖人というべきだろうか」というイントロダクションの解説が文化的な差異を感じてみたり。展示のキャプションはフランスで書かれたものを日本に逆輸入したものですが、こちらは全く違和感がないのが面白かったです。

 2階の一角に手塚作品読み放題のコーナーがあって、時間をいくらでも吸い取られるので極めて危険です。次の目的地に向かうのに予定の電車に乗り遅れました(現着は間に合いましたけど)。
 ここで一日過ごしても良いかもしれません。

 なお手塚治虫記念館は2019年1〜3月は休館とのこと。空調機器の更新及び展示内容のリニューアルとのことですが、確かに展示内容は多くが開館当初のままのようで、そろそろ手を入れてもよい時期なのかもしれません。逆に現在の展示を見るなら年内がチャンスということになります。
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