「大日本中央標準時子午線」の文字の上に縦筋が入っていますが、元は石碑の前に棒が突き出ていて、正午に棒の影が縦筋に重なる仕掛け。「中央標準時」なのは1896年から1937年まで宮古・八重山・台湾に「西部標準時」が設定されていた名残。西部標準時はすでに廃止されていますが、中央標準時の名称は戻さなかったので、現在も日本標準時は正式には「日本中央標準時」です(理科年表では中央標準時になっています)。
大塚の子午線標識の道の向かい、道の向かいの焼き肉屋さんも「子午線や」。
大塚の子午線標識からは10数m西側にあります。元地理学徒としても、天文趣味人としても、子午線物件は憧れの一つ。でもこの外見の建物に住むのは勇気がいるな。お店だからこその意匠。
兵庫県三木市の日本標準時子午線塔時計台。世界測地系の東経135度子午線上に2018年に建てられたもの。子午線標識は多々あれども、建物になっているのは明石市立天文科学館とここくらいではないでしょうか。「大物案件」でもあり、新聞等にも多く取り上げられました。
・子午線塔時計台が完成 伝統的工法の木造瓦ぶき 三木(神戸新聞 2018.6.22)
・兵庫・三木市に「子午線塔時計台」寄贈 会社社長「子午線のまちPRを」(産経新聞 2018.6.14)
・三木市子午線塔時計台(セイコータイムクリエーション(株)納入事例)
・子午線塔時計台を市に寄附(三木市役所記者発表資料 2018.6.5(PDF))
先の「子午線や」と雰囲気が似ているのは、設計者が同じ人のためです。この案内板によると、建てたのはなんと子午線やの方が先。
旧日本測地系の東経135度子午線から160mほど西側(地図上の計測)にある大塚公園会館壁面の「標準時計」 。
子午線標識というよりは、町内に日本標準時子午線が通っていることをPRするモニュメントみたいなもの。時計はシチズンの電波時計が採用されていました。
それにしても三木市の子午線標識、時計がセットになっているものが多いので、撮影時間丸わかりの写真ばかりです。
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明石市立天文科学館の北側にある人丸山月照寺。境内を日本標準時子午線が通っており、1928(昭和3)年の子午線天測の際に立てられた「トンボの標識」は、当初は月照寺の門前にあったそうです。
坂東市の沓掛から逆井へ向かう道。

こちらは点灯式の前日、3月20日の写真。今後は日中に消灯時の姿を見るほうが貴重かもしれません。