2020年01月26日

麒麟がくる・第2話

 一話まるまる使っての合戦回。予算大丈夫かNHK。

 稲葉山城はなかなかの雰囲気。
 のっけから城門が破られてびっくりしましたが、城下に総構えがある設定とは気付きませんでした。織田勢が破ったのは総構えの門で、城下で市街戦が展開されます。

 大手門の脇の空堀にちゃんと畝があるのがよい。以前は後北条氏のものと思われていた畝堀や障子堀、近年の調査で各地で普通に使われていたことが分かっています。でも大手門の門扉に斎藤家の二頭波紋の彫刻を付けてるのは装飾過多(苦笑)

 道三や重臣たちが指揮を取っていた櫓、7〜8人くらいが机を囲んでなお余裕がある大きな建物なのに、屋根も壁もない吹きさらし。あれだと弓や投石を防げないのですが、屋根壁つけると中が暗くなってしまうし、外との一体感もないので大人の都合(演出)と理解。

 弓でどんどん人が倒れるのは最近の大河ドラマの合戦では標準になってきました。
 織田勢が城に迫るのに城方はなぜ弓を撃たないのだろうと思っていたら落とし穴。なるほどそう来たか(やられた)。

 城方が投石機を使っていましたが、これは応仁の乱で使用した記録があったはず。後世の大砲に匹敵する武器で、絶大な威力がありますが、日本国内で一般化した印象はありません。当時は、というより日本は近代に至るまで道路が未整備で遠征側が使うには無理があるのと、守城側が使うにしても運用に人手がかかり、また高温多湿の気候下ではメンテナンスが大変だったのかもしれません。京から流れてきた斎藤氏なら運用のノウハウを知っていてもおかしくなさそうです。
 人頭大の石が飛んできたら、盾は割られるでしょうし、人間も「痛てっ」で済むはずもないのですが、ドラマの撮影で危ないことは出来ないので致し方のないところ。

 織田勢、斎藤勢とも、兵たちの進退の際は掛け声を掛けながら動く描写が新鮮。ああでもして威勢付けないと怖くて逃げ出したくなるだろうと納得です。特に斎藤勢が城内に兵を引く場面は殿軍の駆け引きの難しさも上手く表現していたなと。

 陣太鼓はあれほど大人数で打つ必要はないのですけど(ほとんど和太鼓の演奏会)、やたらとカッコよかった。陣太鼓は軍勢の進退を知らせるものなので、指揮官の所在とともに移動できないといけません。城にこもっての戦いなので大人数でも「可」ですが、今年は忠実に時代背景を再現するのでなく、場面場面が見栄えのする画作りをする方向性なのでしょう。

 斎藤道三はもう少し老けていないかと思うのですが、この時期50代のはずで、本木雅弘の実年齢と比べると妥当なところ。折々に国衆から嫌われている描写が挟み込まれているのはいかにもで、親子二代とはいえ成り上がりのよそ者に上に立たれたら、いい気はしませんて。
 美濃守護の土岐頼純との対面は如何にも蝮の道三で、この茶は飲みたくないなと思いながら見ていたら案の定毒入りでした。こういう事する人は長生きできませんよ。
posted by ふくだ at 23:46| Comment(0) | 読書録・映画録

2020年01月24日

麒麟がくる・第1話

 「麒麟がくる」 第一話録画視聴。
 吉田鋼太郎の松永久秀がよい。奸雄のイメージが強い人物ですが、迫力も貫禄も十分な現実主義者でちょっとコミカル風味。この久秀が実力主義の道三を評価して、美濃を好きだというのがいい。堺での別れ際も爽やかで好きになっちゃいそうです。

 三淵藤英は知らない人物ですが、幕府の奉公衆ですし、谷原章介をあてるからにはそれなりの重要人物になるはず。むしろ知らない人物にスポットが当たるのは面白い。

 光秀との関わりが深くなる斎藤道三(利正)。一代で美濃を乗っ取ったと人物とされてきましたが、近年の研究では美濃乗っ取りは父子二代に渡っての事業とされていて、それも劇中の台詞に反映されています。初回はがめついだけの人のように描かれていますが、元は京の油売りの家ですから、それもまたあり。戦国武将としての本領は次回以降じっくり描いていくのでしょう。

 斎藤義龍は織田信長視点からは悪役になりがちな人物ですが、伊藤英明を持ってきたからには小悪党には終わらないはず。実際、生前は美濃侵攻を企む信長の前に幾度となく立ちふさがって苦汁を飲ませ続けた実績があり、道三との確執をどう描くかも期待が持てそうです。

 織田信長は染谷将太。チラ見だと優男ぽいのですが、どうなるんだろう。光秀よりはずいぶん年下なので、化けていく過程を楽しむことになるのでしょうか。

 明智光秀は前半生が分からない人ですが、第一話はつかみとしては及第点。
 斎藤道三と織田信長のいわば「国盗り物語」に寄り添う話になるはずなので、安心感を持って見ていられそうです。

 一方、画面の派手さには目を疑いました。空の色も草の色も彩度を最大限に振り切ったような色の濃さ。そして登場人物の衣装の派手なこと。主要人物より民衆の衣装のほうが鮮やかなくらいで、あの時代の庶民の麻の服ってあれほど鮮やかに染まるのか。洗濯だってままならない時代に鮮やかさが保てるのか。もしや『平清盛』で「画面が汚い」といわれた反動なのでしょうか。
 大河ドラマも「劇」ですから、演出の意図でああしているなら、止めはしません。話が面白ければいいのです。でも彩度はもう少し調整してほしいなあ(ぼそ)
posted by ふくだ at 23:45| Comment(2) | 読書録・映画録

2019年12月22日

映画『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』

20191222katasumi001.jpg 『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』見てきました。泣いたりはしませんでしたが、見終えた直後より、あとになってからのほうがジワジワと感情が湧き上がってくる、そういう映画。嘘です。途中で2回ほど泣きました。

 2016年の『この世界の片隅に』で描かれたのは戦時下を生きる人々のくらし。今作は尺が伸びた分、よりコミックの原作に切り込んだ解釈で、個々の登場人物をより深みを持って描いています。主にカバーされたのは遊郭の女性にまつわるエピソードですが、それ以外も細かい場面が随所に足されています。なんで分かるかって? 前作は8回も映画館で観たからだよ!

 映画『この世界の片隅に』では、コミックで描かれていながらも映画では外されたエピソードを「なかったことにしない」ために織り込まれていた場面がいくつもあるのですが、その前後が描かれたことで、いくつもの場面がいきなり深い意味を持つものとなり、人間模様すら違った風景に見えてきます。原作読んでいない人はびっくりするんじゃないかな。

 原作を知っている人にはびっくり感の代わりに、増えた尺の使い方と解釈の深まりに舌を巻くと思います。
 前作の評価が高かっただけに、観客が求めるもののハードルは上がりまくっているはずですが、難なくクリアしてきた感。たぶんもう一度は観に行きます。

 ちなみに映画の長さは168分、つまり2時間48分。予告編を入れるとほぼ3時間。中身の長さは感じず、18:35開始回の終演時に時計を見たら21時半近くで、いつの間にそんな時間が経ったのかとびっくりしました。一方で生理的に膀胱が限界を迎えかねない長さで(水分控えていったけど最後は少し我慢した)、上映前のトイレは必須、ぜったい。

 『さらにいくつもの片隅に』はクラウドファンディングに参加したのですが、エンドロールにあるはずの名前、探すのは早々に諦めました。エンドロールに添えられた絵で物語が展開するので、そちらに目が行ってしまうのです。まあ名前はパンフレットに載ってるので、それで充分。

続きを読む
posted by ふくだ at 23:45| Comment(0) | 読書録・映画録

2019年03月11日

NHK「あの日の星空」

 3月11日夜にNHK総合で放送された「あの日の星空」。
 仙台市天文台のプラネタリウム作品のメイキング的な番組かと思っていたのですが、NHKで新たに被災者の手記を募集して番組を制作したのですね。仙台市天文台が取り組んだテーマにNHK仙台が改めて取り組んだという印象を受けました。

 番組で時間を割いて扱われていた今野さん。プラネタリウムでも手記が紹介されるのですが、冒頭で身内を亡くした方なのを察してしまって、ドームで見たときはそこから泣きっぱなしになったのでした。

 番組の中で読み上げられた手記で印象に残ったのは、「星空は見ていない。燃え上がる仙台港のコンビナートの炎と煙がただ怖かった」というもの。
 震災後の神戸の星空もきれいで、街の中でも天の川が見えた話を聞いたことがあるのですが、一方で、星なんか全然見た記憶がなくて、ただ街から立ち上る火災の煙だけを覚えているという話も何人かから聞いたことがあります。
 みんながみんな星空を見上げていたんじゃないんだよ(あの日の星空を見上げてない人はいてもいいんだよ)というフォローをそっといれてくるあたり、NHK仙台、さすが地元局だと思いました。

 星空は見上げる人々の心を映す鏡のようなものだと思うのです。
 星空はきれいで、美しくて、対峙する中で心の奥底がふとあらわになる。
 そして見上げる人々の心を動かす。

 ただ動く方向は見上げる人によってみな違う。
 悲しみが深まることもあり、諦めを受け止めることもある。
 ささやかな願いや、希望を託す人もいる。

 星空はそこにあるだけで何も語らない。決して手は届かないけど、見上げればそこにある。

 内容は違うけど、同じ題材で小説版と映画版があるような形で、仙台市天文台のプラネタリウム版とNHK仙台のTV版と両方ともよい作品でした。
posted by ふくだ at 23:45| Comment(0) | 読書録・映画録

2018年12月06日

映画「ボヘミアン・ラプソディ」

 「ボヘミアン・ラプソディ」見てきました。
 もともと洋楽は守備範囲外、「Queen」も男性だけなのに“女王”とは面白いバンド名だなというくらいの認識。

 メンバーで唯一知っていたのが、ブライアン・メイ。「バンドやりながら天文学で博士号取った人」として話題になったから。
 フレディ・マーキュリーは、朝ドラ「あまちゃん」の小ネタに出たので知っていましたが、Queenのボーカルだったのは映画の公開後に知りました。
 つまりは何も知らないといって過言ではない。映画館へ足を運んだものの、正直、ついていけるか不安でした。

 杞憂でした。

 「We Will Rock You」と「We Are the Champions」てQueenの作品なのを知りませんでした。これまで誰の歌とも知らずに口ずさんでました。Queenの楽曲って、まぎれもなく強烈。

 家族、家族同然のQueenのメンバー、そしてパートナー。フレディは、己の目指す自分になろうと突き進みながら、繋がり支え合うべき人々との関係に苦しみ、孤独にさいなまれます。

 でもそこからの人生を駆け抜ける彼。
 ライブエイドのステージに至るまでは涙腺何度も刺激されました。
 もう一回みたいなぁ。

 いやもう、家に帰る途中からずっと脳内ヘビーローテーションでQueenの歌が鳴り響いています。

 どんどんぱっ!どんどんぱっ!
posted by ふくだ at 23:45| Comment(0) | 読書録・映画録

2018年11月30日

北尾浩一「日本の星名事典」

 現在広く使われている星の名前は、欧米を経由して「世界標準」になったものがほとんどです。
 昭和後期生まれの私の世代だと、天文の知識は家庭や地域で伝えられるものではなくなっており、日本の星の名前として知られる「すばる」も書物を通じて知ったものです。

 星の名前を伝承として伝えられたのは、昭和初期生まれの方あたりが最後期になりそうで、そして直接ヒアリングして記録に留められるのは、今がギリギリの時代ということになるかもしれません。

 著者の北尾浩一さんは星の和名の採集をフィールドワークを重ねながら行われてきて、活動歴は40年になるとのこと。1980年台後半の「SKY WATCHER」誌に連載を持たれていて、毎号読んでいたのを覚えています。
 この「日本の星名事典」は長年の調査の集大成というべき大著で(ご本人曰くまだ書き足りないとのことですが)、菊判464ページ、質量は850gに及び、電車の中で開くには腕の筋肉を強化せねばなりません。
posted by ふくだ at 23:45| Comment(0) | 読書録・映画録

2018年06月13日

歴史秘話ヒストリア「『戦国最弱』小田氏治がゆく」

 まさか小田氏治がNHKの歴史番組で全国デビューする日が来るとは思いませんでした。
 小田氏は鎌倉幕府の御家人から続く名門の家系ですが、戦国時代には後北条氏と佐竹氏の間で次第に衰退していきます。小田氏治(1531もしくは1534〜1602)は小田氏の戦国末期の当主でした。

 茨城県南の歴史を調べると分かるのですが、小田氏治、本拠の小田城(茨城県つくば市)を5回も6回も落とされている。何度も奪還はするのですが、最終的な帰還は能わず、小田原の役に際して改易され、戦国大名小田氏の幕を引きます。
 とにかく、またも負けたか小田天庵(出家後の名)といった具合で、しょうがない人だなあという印象しか持っていなかったのです。

 ところが最近、ネット界隈の歴史ファンの中で密かに小田氏治の人気が上昇していたというのです(知らなんだ)。
 確かに「小田氏治」で検索すると、「戦国最弱」とか「不死鳥」とかわんさか出てくる。マジですか。

 さてヒストリア。多少、話をまるめたところはありますが、面白くまとまっていました。
 個人的になるほどと思ったのは、小田氏治が小田城を最終的に失陥するのが1573年。その後は佐竹氏の支配下のもとで改修を重ねられたわけで、現在の平城なりに工夫をこらした縄張りは、佐竹の手が多く入っているのだということ。
 逆に氏治時代の小田城は本丸の方形館の基本から、大きく代わり映えしない姿だったのかもしれません。平城といっても普通は台地の隅などの高低差を利用するものですが、小田城は全くの平坦地で、南に桜川の低湿地帯がある以外、要害らしい要害はありません。だからこそ簡単に落とされて、また簡単に奪還も出来たのでしょう。
# 眼の前に筑波山系の山があるので詰城をつくってもよさそうなものですが。

 晩年は結城秀康の客分として越前に移り、そこで没します。子孫から軍学者が出たとか紹介されていますが、先祖が小田天庵って説得力なさすぎな気はします。
 しかし150回忌が営まれたってのはすごい。実は小田氏の家臣だった菅谷氏が江戸時代、旗本として筑波一帯を治めていたので、旧主の小田氏に対する敬意が根付いていったのかもしれません。

 ヒストリアに出たなら、狙うは何年後かの大河ドラマだな(無理無茶無謀)。

続きを読む
posted by ふくだ at 23:45| Comment(7) | 読書録・映画録

2018年05月17日

木本正次「黒部の太陽」

 2017年11月に黒部を訪問して以来、何かと黒部に縁があります。
 今回は木本正次の小説「黒部の太陽」。石原裕次郎と三船敏郎が主演した映画が知られていますが、原作があるのは最近知りました。

 黒部第四発電所と黒部ダムの建設に挑んだ人々の群像劇で、中でも多くページが割かれているのは大町トンネルの掘削工事。黒部渓谷は急峻で谷沿いに道路がないため、長野県側から北アルプスを抜いてダム工事の現場まで資材搬入用のトンネルを掘ったのです。ところがこれが大変な難工事。
 定期的にTVでも取り上げられ、最近では2017年の「ブラタモリ」、その前は「プロジェクトX」の題材になりました。

 もとは新聞連載小説だったということもあり、テンポよくさくさく読めます。
 読後に気付いたのですが、出てくる人物はみな実名。小説の体は取っているものの、記録の意味合いも込められています。主に施行側からの視点なので、最前線の労働者の苦闘ぶりは若干薄めの描写ですが、それはそれで。

 黒部第四発電所の大工事は私が子どもの頃の百科事典には「誰もが知ってる」前提で書かれていましたが、それも伝承しないと分からない時代になりつつあります。

 本四架橋や青函トンネル、関空の埋め立てあたりはいずれも昭和の着工で平成初期の完成。今の日本では国家的な大工事が行われなくなったように思います。時代が変わったということなのかもしれませんけれども。
posted by ふくだ at 23:45| Comment(0) | 読書録・映画録

2018年04月28日

HORIZON〜剣の山 上坂浩光監督作品上映&トークショー

 神戸アートビレッジセンターにて開催された「HORIZON〜剣の山 上坂浩光監督作品上映&トークショー」に行ってきました。
 「HAYABUSA -BACK TO THE EARTH-」以来、質の高いフルドーム映像を送り出し続けている上坂さんの作品ですが、上映がドームスクリーンに限られることから、観る機会が限られてしまいます。今回、関西のファンを中心とした有志による平面版(つまりは映画館のスクリーンで映せるように再編集したバージョン)の上映会が企画され、これは見逃すわけにはいかぬと参加してきました。

続きを読む
posted by ふくだ at 23:45| Comment(2) | 読書録・映画録

2018年04月20日

テレビ東京「執事・西園寺の名推理 第2話」

 ふだんサスペンス物を見ることはないのですが、殺害されるのが天体望遠鏡メーカーの社長とあっては放っておけません。
 テレビ東京系(関西だとテレビ大阪)で放映中の「執事・西園寺の名推理」の第2話のこと。
 主人公の執事・西園寺が現実を突き抜けた完璧超人ぶりで、上川隆也の演技もほぼサイボーグ。これ主人が八千草薫だから成立するんだろうな。

続きを読む
posted by ふくだ at 23:45| Comment(0) | 読書録・映画録