今回初めて東ゲートから入りました。東ゲートなんです。東ゲートですよね。ちゃんと万博のぼり旗も立ってますよね。待機列もなく、のんびり入場。
夢洲じゃなくて吹田です。2025年じゃなくて1970年です。念のため。
夢洲は地下鉄駅直結ですが、現在の吹田はモノレール直結です。万博記念公園駅と公園東口駅の2駅あるから夢洲よりアクセス優秀では。
「万博記念公園へ来園のみなさまへ重要なお知らせ」。
間違って来る人いるんでしょうか。いるから掲示してるんだろうなぁ。
ここで十分に確認しても手遅れな気がしますが、中央口の外に掲示してありました。
さて今日一つ目のパビリオンは「EXPO'70 パビリオン」です。
入館料は現金決済のみ。小銭を出す機会が減ったので手間取ってしまいました。
「最近キャッシュレスばかりですんません」と受付の方に声をかけたら
「ここは昭和なので」と返ってきて互いに爆笑。
ところで入場料っていくらなんでしたっけ。なになに「年齢区分は昭和45年3月15日現在」って生まれてないですけど。それにしても普通入場券大人800円って安かったんだなあ。2025年万博なんて大人7,500円だぞ。
# 万博記念公園の入場料が大人260円に、EXPO'70パビリオンの入場が大人500円です。念のため。
EXPO'70パビリオン、元は1970年万博の鉄鋼館。万博の施設は仮設で会期後は撤去するのが原則。仮設のパビリオンとして建てたはずの建物がなんで50年以上も保ってるのか不思議です。
1970年万博の鉄鋼館は音楽やレーザーをやっていたそうですが、つくば博の鉄鋼館もバリバリにレーザー飛ばしてたのを思い出しました。つくば博では迫力の3D映像で人気館だった鉄鋼館ですが、2005年の愛知万博では出展がなかったみたい(2025年もない)。
ポスターのセンスがよくて、今でもいける。
検討中の資料があちこちに山ほど積み上げられていますがその一部。何というか博覧会に対する熱量がすごい。
そんでもって一日の最大入場者数83万人って常軌を逸しています。その辺の大都市一つの人口をまるっと万博会場に押し込んだことに。この日は帰れない人が出て、会場内で野宿したそうです。入場者数をコントロールしている今ではあり得ないお話。
出産1人ってマジですか。
検索したら、会場内で産気づいた方が近くの病院に搬送されて無事に出産されたとのこと。
太陽の塔のてっぺんの顔、今のものは2代目で、初代はEXPO'70パビリオンの別館に保存展示されてます。交換したのは1992年で、すでに2代目の方が初代より長く塔の上にあることになります。
ちなみに2025年万博でアテンダントと呼ばれるスタッフは、1985年つくば博ではコンパニオン、1970年万博ではホステスでした。
そういえば万博会場併設の遊園地。エキスポランドの名称もそのままに2009年まで営業していました。現在はEXPOCITYになっている場所。
ジェットコースターの「ダイダラザウルス」は5コースのうち2コースが残されました。一回の乗車で2コース分を周回するように改修されたため、一時は世界最長のジェットコースターだった時期がありました。実はこれ、乗ったことがあります。絶叫マシン苦手なので乗ってる間ずっと「なんでお金払ってこんな怖い思いをしないといけないとか」と後悔してました。
# TDLのスペースマウンテンでも「ぎゃー」って言ってたくらい苦手。
つくば博でも「星丸ランド」、愛知万博でも併設の遊園地があったようですが、2025年万博ではそういえば遊園地がない。まあ目と鼻の先にUSJがありますものね。
両方とも今や実用の域に入っていますが、普及まで時間がかかったのは車載可能な小型大容量のバッテリーの開発を待たねばならなかったからと言ってよいでしょう。電気自動車は三洋電機製で、この当時から二次電池が得意だったのかしらん。おそらくですけど、低速しか出ないようにした会場内限定仕様で、公道だと原付扱いになってしまうものではないかと思います。
1970年の電波時計ってどんな仕組みだったのか。現在の電波時計で使っている標準電波がない時代なので、短波JJYでも使ったのかと思ったら、会場内に原子時計の親時計を設置し、そこから子時計に時刻信号の電波を送っていたそうです。
それにしても1970年に電波時計を博覧会協会に提供しているセイコーさん、2025年は日時計に戻ってるのなんでなの。
・タイムセンター、誤差1000年に1秒(古今東西万博考)1970年・大阪(日本経済新聞 2020.4.28)
いちばんぶっ飛んでた展示が1/300スケールの万博会場ペーパークラフト。
いちから図面を起こして組み上げてらっしゃるのです。おかしい。尊敬しかない。
これくらいのスケールだと臨場感すら感じます。ほんとすごい。
1/300なら人型を切り出して配置できる大きさですから。ほんと人がいる賑わいを想像できる模型。
神戸に来たカンボジア館は神戸市北区の広陵町で住民の集会所になっているのだったかな。最近、新聞に取り上げられたのを見たので現存しています。
あと身近なところでは古河館の七重塔の相輪が奈良の東大寺にありますね。
イタリア館、昔からこんな芸術系の展示だったのか。古代ローマとルネッサンスの遺産で永遠に万博の出展を続けられるんじゃないかあの国は。
当時の万博グッズ。ダルマとかわけわからん。
トイレットペーパーとか鍋の蓋とかもっとわけわからん。でも1枚目に写っている醤油差しは欲しいと思いました。今と変わらぬ形が既に完成されている。やるなキッコーマン。
鉄鋼館の出展物だったフーコーの振子。今は球体は地上固定です。
神戸のポートピア'81でも川鉄地球館にフーコーの振り子がありましたが(知識として知ってるだけ)、鉄鋼関係者はフーコーの振り子がお好きなのでしょうか。錘が鉄球だからPR用に向いていると考えたのかもしれません。
この巨大イベントの跡地を開発せずに公園として残したのは、1970年代という時代を考えると素晴らしい先見だと思うし、世界の国からこんにちはの場所に国立民族学博物館を置いたのも万博の意志を継いでるのだろうなと思います。
京都から東京都区内まで,ひかり号の指定席特急券+乗車券で,4300円ぐらいだったかな。
(当時はひかり号とこだま号の特急料金に差があった)
今は1万4000円ぐらいでしたっけ。
3倍ちょっとの差ですね。
今の関西万博の1日券が6000円だから,1970年の7.5倍。
1970年当時の国電の初乗り運賃が20円,今は150円。
奇しくも7.5倍。
モノの値段について,考えさせられました。
今回の万博は平日券が大人6,000円で土日も使える一日券が大人7,500円ですから、つくば博比で3倍弱。高くなったもんだと思ったら、1970大阪→1985つくばの値上がりもすごくてびっくりでした。間にオイルショックの影響もあるのでしょうけど。
1985つくばの後は2005年愛知の大人券が4,600円。ただその後は長期の不況で実質賃金が上がらぬ中での7,500円ですから、今回の万博は「高い」感が拭えません。
身近な人たちは全く関心がないか、通期パスを買って猛烈なリピーターになっているかの二極化しています。