2020年07月10日

NHK放送博物館

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 港区の愛宕山にNHK放送博物館があります。愛宕山はNHKの初代局舎があったところで、初期の放送博物館はその局舎を利用したものだったとか。

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 館内はほとんどが撮影禁止。当時の映像を上映しているコーナーも多いので、著作権上の扱いが難しいところが多いのかもしれません。
 上の2枚はロビーにある歴代の放送用機材や受信用機材を展示しているコーナー(ここは撮影可)。

 面白いのは3階展示フロア「ヒストリーゾーン」。放送の歴史を真正面から振り返る展示で、これでもかというほどの実物資料のオンパレード。玉音放送の玉音版(複数作成されたもののうち一枚)なんてものも展示されています。
 変わったところでは日本天文学会の機関紙「天文月報」。どんな内容かと思えば、ラジオ時報の自動化についての論文が掲載されているのでした。今は情報通信研究機構が日本標準時を管理していますが、当時は地球の自転を元に標準時を決めていたので、国立天文台のお仕事だったわけです。

 意外に思えたのが、日本の放送開始、もちろんテレビではなくラジオ放送なのですが、これが始まったのは1925年。これだけ世の中に欠かせないものになっているのに、2020年だとまだ100年経っていないのです。

 図録とはいわずとも展示案内の冊子が欲しいところですが、残念ながら用意していないとのこと。放送文化を伝えるためなら受信料使って頂いて全然OKですので、ぜひつくって頂きたいところです。

20200708atagoyama009.jpg 愛宕山は武蔵野台地の最末端にあり、周囲を侵食されているのでちょっとした独立丘になっています。
 見通しが効くことから放送局が置かれたわけですが、古くから愛宕神社がありました。参道は沖積低地から台地まで一気に登る階段で、ここを馬で登りきった馬術の手練が将軍に褒められたことから出世の階段との異称があります。

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 愛宕山には三角点があって、標高25.7m。周囲の低地は5mくらいなので、比高は20mほど。およそ5階建ての建物くらいに相当しますが、江戸時代には江戸城天守や寛永寺と浅草寺の五重塔くらいしか高層建築物がなかったわけで、見晴らしの良い場所だったのが想像できます。

20200708atagoyama007.jpg 「桜田烈士愛宕山遺蹟碑」ってなんだと思いましたら、桜田門外の変で井伊直弼を襲った浪士たちが愛宕山を集合場所にしていたのだそうです。水戸浪士が中心だったので、茨城県出身の身としては、どうも彦根のみなさまには申し訳なく思ってしまったりします。うちは下総国で水戸家関係ないですけどね。高校の街なんか天狗党でえらい目にあったくらいで。

20200710atagoyama_nhk002.jpg 標高25mですから、山というよりは丘みたいなところなのですけど、立派なトンネルが山を貫いています。2013年の朝ドラ『あまちゃん』で主人公がこのトンネルに向かって叫ぶ場面があったのですけど、都内で人が通れるトンネルが意外に少なくてロケ地を探すのに苦労したそうです。たしかに東京は武蔵野台地と沖積低地の街で、台地に登ってしまえば用が足りるので、坂道はあれどもわざわざトンネルを掘ることはないんですよね。

posted by ふくだ at 23:46| Comment(0) | 博物館や美術館
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