2020年06月28日

久留米城(福岡県久留米市)

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 久留米城は有馬氏21万石の居城です。
 有馬氏はもともと有馬温泉のある摂津国有馬郡の出で、羽柴秀吉の中国攻めに際してこれに味方し、秀吉死後は徳川家康に付いて戦国の世を生き抜きました。有馬郡の摂津三田2万石から丹波福知山8万石に転じ、更に大坂の陣の功で筑後久留米21万石の国持大名となります。

 近世城郭としての久留米城は小早川秀包(毛利元就の九男で小早川隆景の養子)によって築かれましたが、有馬氏入府に際して大改築が行われ、天守はないものの本丸には三層櫓が7棟立ち並ぶそうそうたる城郭となりました。

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 久留米城の二の丸・三の丸は現在はブリヂストンの工場となっています。二の丸は藩主の御殿、三の丸は家老屋敷や蔵屋敷がありました。

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 本丸の石垣は良好に残っています。
 石垣の折れ曲がりは縄張りのハイライトですが、久留米城の周囲は石垣の凹んだ空間が駐車場に使われています。そんなところに車を置いたら城内から十字砲火の集中攻撃ですよ。

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 久留米城の背後は九州最大の大河、筑後川です。
 周囲一体は真っ平らですが、本丸はひょっこり突き出た丘の上にあります。
 攻めるに難い立地ですが、現在は竹の猛攻にさらされています。がんばれー、負けるなー。

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 本丸には篠山神社があり、累代の藩主を祀っています。境内になっているおかげで本丸内はきれいに整備され、櫓の跡なども説明板が置かれて分かりやすく見学することが出来ます。

 本丸の一角にある「有馬記念館」。
 年末の競馬のレースが思い浮かんでしまう名前ですが、旧藩主の有馬氏にちなんだ命名。2階が資料館になっていて、久留米城や有馬氏にまつわる展示が行われています。
 なお有馬家14代当主の有馬頼寧はJRAの理事長を務め、中山競馬場の有馬記念は頼寧を称える命名なので、お馬さんと縁がないわけではありません。
# ということは有馬記念の名前は遠くさかのぼると有馬温泉の摂津有馬郡になるわけです。へぇ。
posted by ふくだ at 23:47| Comment(0) | お城
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