2020年06月14日

NHK 戦国大河ドラマ名場面スペシャル「独眼竜政宗」

 『麒麟がくる』放送中断の余波で放送された過去大河ドラマの名場面集。
 今回は1987年放送の『独眼竜政宗』でした。言わずとしれた渡辺謙の出世作。

 私が生まれて初めてみた大河で、どこか中間の1回を見逃した以外は最終回まで欠かさず見ました。当時は家庭用ビデオデッキの普及率が50%に届いていなかった頃。うちにビデオデッキがきたのは翌年のことで、考えてみれば丸一年間、日曜日の夜20時に家族も巻き添えにしてオンタイムでテレビの前に座り続けたわけです。恐るべし昭和。

 最強に強烈だったのは勝新太郎の豊臣秀吉。
 学研の学習まんがでつちかった、信長の草履取りから成り上がるどこかひょうげた秀吉のイメージが根底から崩れ去る圧倒的な迫力。天下人として対面する、今風に言えば「ラスボス」としての豊臣秀吉は、あれほどおっかない存在であったかと。
 小田原で政宗が斬られないのは知って見ていたわけですけど、いつ歴史が変わって首が飛んでもおかしくない緊張感。あれはすごかった。勝新太郎を見たのもあれが初めてでした。

 他に印象に残っているのは、いかりや長介の鬼庭左月と津川雅彦の徳川家康です。

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 伊達政宗は知名度の割には中央の歴史に絡んでいない人で、それもそのはず。戦国大名としては最末期の人物です。生まれが1567年ですから、織田信長が美濃を獲った年で、大河ドラマの華になる桶狭間も川中島も終わっています。

 信長・秀吉・家康と比べると、いちばん若い家康とでも24歳の差。野球選手に例えると、桑田真澄・清原和彦と菊池雄星・大谷翔平くらいの世代差があります。
 伊達政宗がようやく会津を獲った段階で、豊臣秀吉の小田原攻めが始まります。
 やっとこ県大会を勝ち抜いた初出場校の前に、いきなり全国制覇目前の桑田・清原時代のPL学園が立ちはだかる状況で、まあもうどうしようもない。

 伊達政宗の人生、この時点でまだ1/4。同年代の真田信繁(幸村)は最後に大坂の陣で華々しく散れるのですが、政宗はそれなりに危ない橋は渡りながらも、大きな見せ場はなくなってしまいます。実際、後半はあまり印象に残っていないのですが、飽きずに毎週見ていましたから、よく話を持たせたものです。

 平均視聴率39.7%という化け物のような作品でしたが、独眼竜政宗は現代劇が3年続いた後に時代劇に回帰した経緯もあり、時の運にも恵まれた面もあるかもしれません。

 政宗の父・輝宗を演じた北大路欣也も、母・お東の方を演じた岩下志麻も若い。今と比べて若く見えるというのではなく、当時は2人とも40台半ばですから役者としても脂が乗ってる時期。ただ、なにせ子どもの頃に見たもので、みんな大きな大人に見えていた。
 お東の方はただ強い女性の印象しかなかったのですけど、毒を盛る場面が母子ともども苦しさと悲しさと優しさが目いっぱいの繊細な描き方をしていてびっくり。当時はそこまで見えてなかったんだなあ。他にもいま見たら違うように見える場面や人物はたくさんいるのでしょう。

 今となっては、主要登場人物の役者の歳に概ね追いついたり、時には追い抜いたりしているのですけど、醸し出す貫禄はとてもかなわない。子どもの頃に見た作品ってそういうものなのかもしれません。
posted by ふくだ at 23:45| Comment(2) | 読書録・映画録
この記事へのコメント
ふくださん、こんばんは。
独眼竜政宗の名場面集を、私も懐かしいと思いながら見ました。やはり、あらためて見ても、最高視聴率は当然だろうと素直にうなずけるほど素晴らしい出来でした。もう一度、全話見たくなってしまいました。
ところで、各武将の年齢と時代の表は興味深いですね。真田信之は長生きされたようですが、明智光秀が、もし山崎の戦いで生き延びて信之ぐらい長生きしていれば、天海が徳川家光から柿を拝領した時代ぐらいまで生きていても不思議ではない感じですね。
そう思うと、なぜ、「麒麟がくる」でわざわざ幼少期の徳川家康に光秀が干し柿を渡し、麒麟の話をするシーンを設けたのか?、家光の幼名も竹千代だったはず、もしや、麒麟=家光?。とにかく、今後の大河ドラマの展開に妄想が膨らむ一方で楽しみです。
(まあ、まさか大河ドラマで天海説はないとは思いますが・・・。)
Posted by ヒガラ at 2020年06月18日 21:27
この表は「真田丸」の時に作ったものを引っ張り出してきたものです。

明智光秀は信頼性の高い史料で生年が分からない人ですが、とりあえず後世の軍記物で記されているという年代で載せました。

以前の「平清盛」では清盛は白河院の落胤説を採用していたり、大河でもけっこう大胆なことはやるのですけど、今回の「麒麟」はそろそろ折り返しなのにまだ信長に仕官すらしてないので、光秀=天海説までフォローしたら、とても話数が足らない気がします(^^;

太平の世をもたらすのは徳川家康→家康を麒麟に擬して幼少期から登場させたというあたりが、ひとまず無難な線かなとは思います。
Posted by ふくだ at 2020年06月19日 00:36
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