2020年03月05日

法隆寺 その1

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 世界最古の木造建築で、日本で初めて世界文化遺産に登録された法隆寺。修学旅行の定番ですが、私のときは工程に入っておらず、学生時代になって初めて訪問しました。もっとも当時はさほど興味があったわけでもなく、歴史に名高いお寺を見ておこうというくらいの気持ちでした。
 中門前から西院伽藍を望む。西院伽藍は金堂や五重塔のある法隆寺の中核部です。

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 金堂の中央には釈迦如来三尊、向かって右に薬師如来、左に阿弥陀如来が祀られています。釈迦如来三尊像は日本史の教科書や資料集に必ず掲載されているので、あまりに見たままのお姿です。左の阿弥陀如来は鎌倉時代のもので、像の雰囲気は飛鳥時代に合わせてありますが、お顔は鎌倉風。
 仏像は時代ごとの特徴があって、飛鳥時代はエキゾチック、天平時代は写実的で凛とした雰囲気、平安時代は大人しく穏やか、鎌倉時代は再び写実的で躍動感に溢れてきます。私が見ても雰囲気の違いが分かるくらいなのでそのつもりで見ると楽しいです。

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 金堂は戦後に火災に遭って、壁画が焼損しました。それほどの火災でなぜ国宝指定が維持されているのか不思議でしたが、解体修理中の失火で、仏像は運び出されており、初層の裳階部分と二層目も解体されていたので、部材の多くは被災を免れました。

 とはいえ、初層の柱28本は新規に制作。外陣の扉は焦げていない面を貼り合わせて再使用するなど、多くの労苦が費やされています。大規模な修理は部材の確保から段取りを組むのが普通で、突如として大量の木材を調達することになった苦労はいかばかりかと思います。部材の表面の仕上げに使う古代の道具・槍鉋(やりがんな)は、この再建工事で復活したものです。
 お寺の方にお話しを聞いたら、やたらと話が弾んでしまいました。

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 五重塔は上層ほど小さくなっていて、5層目は初層の半分の大きさしかありません。
 遠近法を意識したかのような作りで、大きな塔なのに天を衝くような軽快さを感じさせます。
 ついつい建物ばかりに目を奪われますが、初層の四面には釈迦の生涯を描いた塑像群があり、これも白鳳時代の傑作とされています。

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 法隆寺の柱は中間が膨らんだ形が特徴です。かつてはギリシア神殿の列柱の流れをくむとも言われたこともありますが、最近は別個に発達したものとする見方が多いようです。回廊も白鳳時代のものですが、北側に張り出した部分は平安時代の改築によるもの。

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 法隆寺の金堂・五重塔の基壇は凝灰岩が使われています。回廊の礎石も擦り減っていますが、四角く加工された凝灰岩。ところが回廊の北側の礎石は砂岩が使われています。じつはこの部分が平安時代に改築されたところ。お寺の方に尋ねたら「よく観察されてますねえ」と言われましたが、見ていたのは足元だけです。

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 回廊の北にある講堂。平安時代の建物で、基壇は花崗岩です。元々別の建物でしたが、平安時代に火災に遭い、再建された際に回廊で繋がれました。途中の鐘楼、経蔵もこのときに回廊に接続されたものです。
 中の仏像は平安時代の阿弥陀如来。いかにも平安風ののっぺりしたお顔立ち。ここまで白鳳時代のものばかり見てきたので、平安期のものが新しく見えてしまいます。言うても千年は経っているわけですが。
posted by ふくだ at 23:45| Comment(0) | 地図と地理と遠出
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