2019年05月02日

大津散歩

 世間は連休中で、遠出しても人混みに巻き込まれたらつらいし、かといって近場では気分転換にならないし、と、頭の中の地図とにらめっこして決めたのが大津でした。滋賀県の県庁所在地ながら、さんざん通過するばかりで、じっくり回ったことがありません。とはいえ京都に隣接するだけあって、歴史的な話題も豊富な場所です。

 たまたま有料座席「Aシート」をつないだ新快速が来たので、乗ってみました。
 一駅でも終点まででも、座席料500円。シートはおそらく在来線特急と同じもので、新幹線よりは座り心地がいい感じ。少し長めの距離でたまに使うのならよいかもしれません。

 山科駅で京阪大津線の一日乗車券を購入。
 びわ湖浜大津までは山越え区間で、ものすごい勾配だと後で調べたら再急勾配61‰。ここは碓氷峠かと思ったら、廃止された蹴上駅付近には66.7‰区間があったそうです。本当に碓氷峠並みです。
 S字カーブを描きながら勾配を下ると、いきなり路面電車の併用区間に突入します。地下鉄に乗り入れている4両編成が道路の上を走るのですから、これも奇妙な光景です。恐るべし京阪電車。

 終点の坂本比叡山口駅まで行ってみました。
 坂本は比叡山延暦寺の門前町であり、かつては明智光秀の坂本城がありました。2020年の大河ドラマを控えて、光秀のPRの幟旗が並んでいました。

 途中で通過した穴太駅。穴太の読みは「あのう」で、穴太衆と呼ばれる石垣技術者を輩出した地です。
 坂本辺りは見事な打ち込み接ぎの石垣が並んでいるのですが、寺社の石垣を築く中で身につけた技術が、やがて近世城郭の石垣に活かされたのだと言われています。

 大津市役所の裏手にある新羅善神堂(国宝)。三井寺の守護神の新羅明神を祀ったお堂で、名前からは朝鮮半島とのつながりを思い起こします。源義家の弟で、甲斐武田氏や常陸佐竹氏の祖となる源義光は、この社で元服したので「新羅三郎」の通称があります。

 大津市歴史博物館。
 再現模型をふんだんに使った常設展が濃くて楽しい。佐倉の国立歴史民俗博物館を思い起こす雰囲気。
 大津は京都の隣で歴史的事件に巻き込まれまくっているので、地域の歴史を概観しておくよい予習になります。 ちょっと坂道を登る場所ですが、琵琶湖の対岸まで見渡す景色も素敵。

 義仲寺は名前の通り木曽義仲の墓所のあるお寺で、小さな境内ながら国指定史跡になっています。
 義仲の墓の隣には、木曽義仲が大好きで、遺言で義仲の隣に葬るように頼んだ松尾芭蕉のお墓もあります。
 私のあとにやってきた男性が、芭蕉に思い入れがあるのか、長いこと芭蕉のお墓に手を合わせていたのが印象的でした。

 お寺の前の道は旧東海道。東はお江戸日本橋、西は京の三条大橋へと続きます。
 学生時代に自転車で前を通りかかったことがあるのですが、当時は早朝だったかで参拝かなわず。義仲寺は本で読んで知っていたのですが、ふいに視界に入ってきて「ここだったのか!」と強く印象に残っていました。

 国指定天然記念物・日本の地質百選の石山寺硅灰石。
 硅灰石は「珪灰石」と書くほうが一般的で、石灰岩に花崗岩などのマグマが貫入して形成されるものだそうです。石灰岩が熱変成を受けたら大理石になるものだとばかり思っていたので、「珪灰石ってなんだっけ」状態。
 本堂と多宝塔の間の岩場に看板が立っていますが、全部が石山寺硅灰石なのか、縞模様の何処かが石山寺硅灰石なのか、私にはよく分かりません。

 石山寺は大津市の南郊にあるお寺で、紫式部が源氏物語の着想をえたというエピソードで知られています。本堂の一角に紫式部が執筆にあたったという「源氏の間」があるのですが、はてさて。ただ京都からも遠すぎず、風光明媚な地なので、女官たちの程よい参詣地になっていたというのは納得です。
posted by ふくだ at 23:48| Comment(0) | 地図と地理と遠出
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