2018年11月11日

関勉さん講演会

 池谷・関彗星(C/1965 S1)の発見者、関勉さんの講演会が明石市立天文科学館で開催されました。
 関さんは小惑星の探索にも活躍し、これまでに200個を超える小惑星を発見されています。その中の一つに天文科学館のヒーロー「シゴセンジャー」を命名されたことから、それを記念して、今回の講演会の運びとなりました。

 天文ホールの一角には関さんの著書が展示されていました。天文科学館の元副館長・菅野松男さんの蔵書とのことで、ベテランの天文ファンが懐かしむように手に取られていました。菅野さん自身も菅野・三枝・藤川彗星(C/1983 J1)の発見者で、小惑星・超新星・新星・変光星と様々な新天体を発見された大先達。いくつかの本には関さんご自身のサインがあり、中には菅野さんの快挙を称える言葉が添えられたものも。

 関さんも既に80代後半になられているはずですが、相変わらずお元気なお姿。
 プラネタリウムでの講演ということで、池谷・関彗星(C/1965 S1)や関彗星(C/1961 T1)を発見時の星空を再現。感慨深げに語られる当時の様子にこちらの胸も熱くなりました。

 池谷・関彗星の発見時間がほんの僅かな差で、台風が抜けた直後の高知で観測した関さんが「私より先に見た人はいないだろう」と思っていたところ、よりによって台風の目の晴れ間から池谷薫さんが観測していたというのは有名なエピソード。

 関さんは伝説的なコメットハンター・本田實さんに刺激されて彗星探索を始めたそうです。
 本田さんにお手紙を書き、丁寧な返信を頂き、心強い励ましを頂いたのが彗星探索を始めるきっかけになったとのこと。とはいえそれから関彗星(C/1961 T1)の発見まで11年。本田さんは自分の後継者となるコメットハンターが育つことを強く望んでいたそうですが、池谷・関彗星以後は関さんたちの活躍に刺激された人々が新たな彗星探索者となり、その中の一人として会場にいらしていた藤川繁久さんが紹介されました。藤川さんは折しも11月7日にも新彗星を発見されたばかりで(11月12日にマックホルツ・藤川・岩本彗星(C/2018 V1)と命名)、大きな拍手が起こりました。

 後に高知県出身の五藤光学研究所の創業者・五藤齋三さんの寄付で芸西天文台が建設され、関さんの観測拠点もそちらに移ります。五藤齋三さんはハレー彗星の回帰を見るのを心待ちにしていたのですが、それに先立って永眠。関さんはこの望遠鏡で日本国内で初めてハレー彗星の検出に成功し(当時「NHK特集」で放送されたのを見た記憶があります)、また五島齋三さんのご夫人、留子さんが1986年の4月末にハレー彗星を観望されたそうです。
 当時ハレー彗星は既に南天低くにまわり(日本国内で条件最良と言われたのは3月後半でした)、悪天候にさいなまれながらも遂にハレーの姿を捉えるに至るエピソードは涙せずにはいられませんでした。
 
 芸西天文台には当時としては大きな60cmの望遠鏡が設置され、そこで新たに取り組んだのが小惑星の探索。
 現在はプロの自動探索プロジェクトが幅を利かせていますが、当時はアマチュアの活躍する余地が大きく、関さんは冒頭の通り200個を超える小惑星が発見されています。

 その中の一つに小惑星(17461)1990 UD1に今回「シゴセンジャー」と命名。小惑星「シゴセンジャー」は火星と木星の間を周期5年ほどで周るのですが、楕円軌道のため近日点近くでしょうにならないと明るくならないそうです。次回条件が良くなるのは2021年のことで光度は17等。冷却CCDに大きめの口径の機材なら、なんとかアマチュアでも手が届くでしょうか。「ぜひとも観測して、もう一度、小惑星「シゴセンジャー」を盛り上げましょう」と激励されました。

 講演の最後はシゴセンジャーレッドとブルーが登場して、関さんに命名の感謝状を贈呈。最後はブラック星博士まで乱入して笑いのうちに大団円を迎えました。
posted by ふくだ at 23:47| Comment(0) | 明石市立天文科学館
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