2018年07月26日

岡山城(岡山県岡山市)

 岡山市には高校の修学旅行で泊まったことがありますが、泊まっただけで市街には全く出ていません。
 四国と山陰の鉄道結節点なので、旅行中に何度も通過はしたのですが、これまた降りたことがありません。
 ということで事実上はじめての岡山市です。

 さて岡山城。
 戦国屈指の謀略家・宇喜多直家の居城であり、関ヶ原で華麗な寝返りを決めた小早川秀秋の居城です。江戸時代は池田氏が治めますが、宇喜多・小早川がどうにもアクが強い印象です。

 黒い五層天守がシンボルで、別名が「烏城」。天守台平面が五角形ながら上階で四角になる変わった建物で、安土城天主(天守台平面が七角形)に範をとったとも言われています。残念ながら第二次大戦の空襲で焼失し、現在の建物は戦後の復興天守。内部は資料館になっていますが、戦災で焼けたお城は当時の資料もろとも失ったところが多く、岡山城も城の歴史を苦労しながら展示されていました。
 本来の玄関は天守左側に接続する白い櫓にありましたが、再建時に現在の位置に移しています。天守台の石垣を削ったのかな?。 南側から見ると堂々たる姿。
 お城の東の川側(後楽園側)から天守を眺めると、四角でない平面形の姿がよくわかります。建物の奥行きが薄く、上部はほっそりとした印象になります。

 本丸は幅の広い水堀で囲まれています。堀の周りの石垣も低く、平城かと思っていましたが、本丸内部は比高10m以上ある小山になっています。なるほど「岡山」の名にふさわしい地形。本丸の中で通路が複雑に折れ曲がり、本丸内部だけでも独立した城郭としての防御力を保持しています。

 天守直下の月見櫓は当時の建造物で国指定重文。本丸の2つの門は復元建造物です。

 元は三の丸まで5重の堀で囲まれた広い城郭でしたが、明治以降、本丸を残して市街化してしまいました。本丸だけだとさほど大きな城という印象を受けないので、ちょっともったいない感。それでも二の丸あたりは市街地の中に石垣が残っていて、頭の中で塁線を繋いで往時の様子を偲べます。将来的に残存石垣の周囲を公園として整備してくれると、より城の姿を思い浮かべやすくなるのではないかと夢想。
posted by ふくだ at 23:46| Comment(0) | お城
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