2018年06月03日

彦根城(滋賀県彦根市)

 彦根城は東海道線の車窓から天守を眺めることができる旅行者には馴染みの深いお城です。
 現存する天守は国宝にも指定されていますが、ちゃんと足を運んだことがありませんでした。
# お城の外郭を通り抜けたことはあります。

 彦根城は市内にぽつんとそびえる丘の上に築かれています。比高50m程度ですから、山城というよりは平山城。
 築城は関ヶ原の戦いの後の1603年からで、1606年にひとまずの工事が完了しています。姫路城とほぼ同時期ですが、迷路のような姫路城に比べると、彦根城は比較的シンプルで、そのかわり要所の守りはしっかり固めたメリハリの効いた縄張りです。

 真っ直ぐな大手道。ふつうなら見通しの聞かない折れ曲がった道にしそうなものですが、この距離の坂を登るだけで体力を奪われます。視界を遮るものがないのは、防御側から狙撃をしやすいということでもあり、地の利のある守備側に有利な点もあります。
 大手道を登りきってクランク状の通路。正面が天秤櫓、往時は右の石垣の上にも櫓門が載っていて枡形になっていました。

 天秤櫓直下の大堀切へ出ます。堀底で四方からの狙撃にさらされながら、右の郭に上がって、橋を渡って天秤櫓を突破しないといけない難所です。ただ巧緻を極めた防御ポイントは、大手側はここ一つに絞ったという印象です。

 天守は三重で小ぶりですが、装飾が多く華やかな印象です。外からは板で覆われて見えませんが、壁には狭間が隠されていて、意外に戦闘的な建物。
 行くまで知らなかったのですが、外壁の補修で工事用の足場が組まれていました。見学者の立場としてはちょっと残念ですが、文化財は後世に伝えることが大切ですから、そのための補修とあらば仕方ありません。

 天守から見える佐和山城(中央手前の丘)。直線距離で1.6kmの近さです。

 搦手側の西の丸三重櫓。
 搦手からの登城路もほとんど一直線で、大堀切で三重櫓と多門櫓の攻撃にさらされる、大手の天秤櫓周辺と似た構えです。

 上り石垣。山腹を区切る石垣が5ヶ所にあります。現存例は他に伊予松山城と淡路島の洲本城。朝鮮出兵の折りに日本が築いた倭城の様式を取り入れたもので、山上と山腹の郭をつないだり、山腹の敵の移動を妨げる意図があります。彦根城のものは山腹の敵の移動を妨げる意味合いが強そうです。下からでないと存在がわかりません。

 面白いのが馬屋。
 城郭内の馬屋の建物ははじめてみました。高級武士の馬を繋ぐ場所だったそうで、今で言えば幹部職員の高級車の駐車場。

 中郭の正面に当たる佐和山口。奥が現存建物で国指定重要文化財。手前は復元建物で内部が開国資料館として公開されています。白壁の外観復元建物は、コンクリート造りでも違いがわかりません。
 開国資料館というからには、井伊直弼の資料があるのかと思ったら、佐和山城発掘調査の気合の入った展示がされていました。

 北近江は京都と東海・北陸の結節点となる要衝で、多くの戦いの舞台ともなりました。
 古くは浅井氏の小谷城があり、これを秀吉が琵琶湖岸に移した長浜城があります。また小谷城の支城だった佐和山城も重要視され、最終的にこれらを統合する形で彦根城が築かれました。
 国宝の天守が注目されますが、縄張りもよく練られ、残存建物も多く、見どころの多い城です。たっぷり半日は楽しめます。
posted by ふくだ at 23:45| Comment(0) | お城
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