2008年12月26日

平将門と九曜紋

 平将門(903-940)といえば、日本史上の大反逆者。
 平安時代半ばに関東全域を制圧し、「新皇」を名乗って独立政権を作りかけたところで、従兄弟の平貞盛と、奥州藤原氏の源流でもある藤原秀郷に滅ぼされてしまいます。日本史の教科書では、武士の勃興を象徴する存在として位置づけられることが多いようです。

 将門が晩年に居館を構えていたのが、私の田舎。「将門煎餅」「将門蕎麦」「将門まつり」「将門マラソン」などなど、将門の名を冠したものもいくつもあり、「将門が頑張っていれば、ここが日本の首都になっていた」と言い出す学校の先生もいる始末。もちろん首都は冗談ですが、基本的に地元では英雄扱いされている人です。
 小学校の遠足で将門の史跡巡りコースを組まれたことがあるのですが、これが割と新しい石碑と小公園ばかりで、ちっとも面白くありませんでした。「うちの田舎は有名な人がいないから、無理に将門を持ち上げているのではなかろうか」と子ども心に思ったものです。
# NHK大河ドラマ「風と雲と虹と」の頃に、勢いで整備をしたのだろうと思います。

 だいぶ後になって、東京の神田明神の祭神が将門だったり、株取引で有名な兜町の由来のひとつが将門の兜塚だったりすることを知り、どうやらローカルヒーローの枠は越えた人らしいことを認識したのでした。

 神戸の平氏といえば、なんといっても平清盛。実は清盛、将門を破った平貞盛の子孫です。なので将門がもし、貞盛に勝っていれば、まわりまわって大輪田泊、ひいては後の神戸港も少し違った歴史をたどったかもしれません。ま、それは与太話。

 千葉の成田山新勝寺は将門の乱の平定祈願が起源なので、うちの田舎では今も成田山には行かない人がいるそうです。また将門の紋は桔梗だったので、胡瓜を輪切りにすると桔梗の模様に見えることから、それを避けて胡瓜は斜めに切るのだといいます。
 このあたり、子どもの頃に母に聞いたことなので、どこまで確かか分かりません。だいたい、うちでは胡瓜を普通に輪切りしていました。

 さて桔梗と胡瓜の話。件の言い伝えの中で、私は将門の紋が桔梗だと聞いていたのですが、これは間違いで、将門の紋として知られているのは九曜紋です。

 九曜紋は大きな円の周りを、8つの小円が囲んでいます。
 このいわれが、
  • 火星、水星、木星、金星、土星、太陽、月……の「七曜」(これは週の曜日でおなじみ)に、計都、羅ごうの2星を加えたもの
  • 妙見をあらわす北斗七星に輔星(アルゴル)、北極星を加えたもの
ということで、いずれにせよ星と深いつながりがあるようです。

 ということで、見慣れた九曜紋の由来を今さら知って、ちょっとびっくりしたのでした。
posted by ふくだ at 23:45| Comment(11) | TrackBack(0) | 雑記録
この記事へのコメント
む、すると、件のプラネ番組で「七曜紋=すばる」と言っていたのも間違いですか・・・・
Posted by (ふ) at 2008年12月26日 23:40
え〜いまさら細かいことは気にしないようにしましょう、はい。
将門と星に縁があるというのが大事なわけで(汗)
Posted by ふくだ at 2008年12月27日 22:48
不思議に思っております。
実家の望月家と熱海市の伊豆山神社⛩の社紋が同じです。
この時代に好まれて使われていたのでしょうか?関係性は不明です。
興味深く読ませて頂きました。
Posted by moon at 2018年09月24日 14:42
moonさん、いらっしゃいませ。

九曜紋は比較的ポピュラーな家紋だと思います。
元はインド起源なのでもしかすると仏教あたりと一緒に伝わり、中世頃に拡散したのかもしれません。

上記の通り平将門にも縁があるので、ご実家で使われているのは羨ましいです。
Posted by ふくだ at 2018年09月30日 00:25
私の家は秀郷流藤原氏(小山市の傍流)なので…申し訳ない限りです(笑)
Posted by つかだ at 2018年11月02日 13:44
うちの福田を辿ると栃木ですが、電話帳で4ページくらい福田さんが密集しているのに、いまいち起源が分かりません。一説には秀郷流藤原氏の佐野氏から分かれた久賀氏の末という話もあって、そうなるとつかださんとは遠い遠い親戚になります(笑)
Posted by ふくだ at 2018年11月02日 23:42
インドのナワラタナが起源だそうです
Posted by べりる at 2020年08月11日 12:33
私の生誕地も将門の館があった所で、戦後すぐの生まれですが、子供の頃から、@胡瓜を輪切りにしてはいけないA成田山に行ってはいけないB桔梗は植えてはいけない と言われていました。
@は家紋が切り口ににているからです。Bは桔梗の方が裏切ったからだと聞いています。
@ が桔梗紋では無かったような…もうすぐ後期高齢者になる者の記憶です。
Posted by 加藤紗智子 at 2022年09月28日 13:08
加藤紗智子さま、いらっしゃいませ

地元の方の証言、ありがとうございます。

胡瓜の輪切りを避けるのは家紋に似ているからなのですね。うちの母はよそから入ったので、伝承が途中で少しずつ変化したのものを聞いたのかもしれません。それでも「胡瓜の輪切りを避ける」という部分だけは変わらず伝わっているのですね。

「桔梗は植えてはいけない」もありますか。言われてみれば桔梗の花、子どもの頃にあまり見た記憶がありません。たまたまかもしれませんが、地道に言い伝えが生きているのかもしれません。
Posted by ふくだ at 2022年09月29日 07:25
私の父親の実家は千葉県市原市永吉です。
家紋は九曜紋、正式には松澤国分となります。
桔梗塚はの当家の土地の中にあり今は浜野ゴルフクラブの中になっています。
桔梗塚の守り人のような役割もしていたと言われています。当然将門の井戸もあります。
千葉県市川市、市原市に共通する地名が多いのも
松澤国分の流れかと、千葉一族ではありますが
当家は御先祖様を調べやすかったです。
Posted by 松澤実里 at 2023年11月10日 12:34
こちら(我孫子市、柏市)には、将門神社があり、我孫子の将門神社の鳥居などには揚羽紋が掲げられているのが不思議です。一説には、伊勢平氏の家紋なのでたどれば、平貞盛が朝廷から賜った紋だというので、今さら?です。将門関連では九曜紋が全般的に多い、又は月星紋だというのですが・・・・。心当たりの方は、どうぞ情報をお教えください (#^.^#)
Posted by 海津にいな at 2025年03月08日 03:07
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