2020年08月29日

福井行き行程

20200828fukui003.jpg20200829fukui297.jpg
◆2020年8月28日(金)
 塩屋 0523<普通 高槻行>0617 大阪 0618<快速 米原行>0651 京都 0700<湖西線 近江今津行>0806 近江今津 0814<湖西線 福井行>0947 福井
 福井駅 0955<京福バス 38:大和田大学病院線>1004 県立歴史博物館前 ●福井県立歴史博物館
 県立歴史博物館前 1212<京福バス 38:大和田大学病院線>1225 福井駅
 福井 1250<越美北線 九頭竜湖行>1306 一乗谷 ●一乗谷朝倉氏遺跡 ●福井県立一乗谷朝倉氏遺跡資料館
 一乗谷 1511<越美北線 越前大野行>1551 越前大野 ●越前大野城
 越前大野 1753<越美北線 九頭竜湖行>1828 九頭竜湖
 九頭竜湖 1836<越美北線>2011 福井→投宿

◆2020年8月29日(土)
 宿 <徒歩0.6km> 北ノ庄城 <徒歩0.7km> 福井城 <徒歩0.6km> 福井駅 ●北ノ庄城 ●福井城
 福井駅 0910<京福バス 25:エンゼルランド線>0944 エンゼルランドふくい ●エンゼルランドふくい 10:30〜
 エンゼルランドふくい <徒歩1.2km> 春江駅 1152<北陸本線 福井行>1201 福井 ※セーレンチケット購入
 福井駅 1210<京福バス 39:大和田丸岡線>1311 丸岡城 ●丸岡城
 丸岡城 1415<京福バス 39:大和田丸岡線>1515 福井駅 ●セーレンプラネット 16:00〜16:45
 福井駅 1700<コミュニティバスすまいる 北ルート:田原・文京方面>1705 養浩館口江戸上町 ●福井市立郷土歴史博物館
 福井市立郷土歴史博物館 <徒歩1.1km> 福井駅 ●セーレンプラネット 18:45〜19:30
 福井 2011<北陸本線 敦賀行>2103 敦賀 2111<北陸本線 長浜行>2151 長浜 2157<新快速 大阪行>2337 大阪 2347<神戸線 西明石行>0042 塩屋
posted by ふくだ at 23:51| Comment(0) | 地図と地理と遠出

福井市立郷土歴史博物館

20200829fukui-kyodohaku389.jpg 福井市立郷土歴史博物館。福井市には県立と市立の博物館があるのですが、こちらは市立の方です。
 特別展の「福井藩と城下町」がピンポイントでツボを突いてきました。結城秀康が多賀谷三経に送った書状が出展されていて、これが常陸下妻城主の多賀谷氏なのですね。下妻の高校に通っていて、校舎が下妻城の跡地に建っていたので親近感があるのです。

 多賀谷氏は結城氏から半ば独立して下妻の領主となるのですが、秀吉の小田原攻めの後に結城氏の傘下に組み込まれて、結城と佐竹に分裂するような形になります。多賀谷三経は結城氏側に着いたのですが、秀康には重用されていたことが文面からも窺えて、涙出そうになりました。
 結城秀康の越前入府に伴って、下総・常陸の戦国武将も少なからず越前へ引っ越しているのです。今回の展示では出ていませんが、「戦国最弱」として名高い小田氏治もその一人。あの時代に畳の上で平穏な最期を迎えられただけでも幸せといえるのかもしれません。

20200829fukui-kyodohaku391.jpg20200829fukui-kyodohaku390.jpg
 福井市の花野谷1号墳から出土した三角縁神獣鏡。常設展示室は原則撮影禁止ながら、撮影可能な展示物も多くあって、これもその一つ。
 この鏡が有名なのは、これを鋳型として全国各地で銅鏡チョコレートが鋳造されているのです。

20151107koukohaku001.jpg20151107koukohaku002.jpg
 2015年11月に兵庫県立考古博物館のイベントで開催された銅鏡チョコレートづくりのワークショップ。
 当時の様子はこちらから→「全国古代体験フェスティバル2015 三角縁神獣鏡チョコ作り」(2015.11.7)

 あのとき作ったチョコの本物が、いま目の前に!
 福井の鏡だったのは覚えていたのですが、頭の中が企画展の「福井藩と城下町」でいっぱいだったので、この博物館だったというのがすっかり頭から抜けていました。解説を読んですぐに思い出しました。

続きを読む
posted by ふくだ at 23:50| Comment(0) | 博物館や美術館

セーレンプラネット(福井市自然史博物館分館)

20200829fukui-planet416.jpg
 福井駅のすぐ前にあるセーレンプラネット(福井市自然史博物館分館)。

20200829fukui-planet419.jpg 光学式投影機がない館というのは来てから知りました。全天周映像は日進月歩で、星空の表現力もなかなかのものです。
 時間に余裕があったので、夕方にもう一投影追加で音楽の時間「Jpop☆アニソン」。普段の投影ではありえない動きで星空を振り回していて、楽しませて頂きました。しかし掛かった曲で、見たことある作品は1つ、知ってる曲は2曲しかなかったってのは、完全に世間から置いてかれてないか私。

20200829fukui-planet384.jpg20200829fukui-planet383.jpg
 セーレンプラネットの常設展示でおすすめなのが「宇宙へのあこがれ」。シンボル展示のような位置づけですが、とっても素敵な演出があります。入口は地味ですけど、ぜひぜひ。

20200829fukui-planet385.jpg それと福井出身の天文学者、藤田良雄博士の展示コーナーがありました。
 郷土出身の先人がいるのは励みになると思うのです。こういう展示は良い企画だと思います。
posted by ふくだ at 23:49| Comment(0) | プラネ/天文台/科学館

丸岡城(福井県坂井市)

20200829fukui-maruoka324a.jpg
 丸岡城は柴田勝家が越前に入府した際、甥の柴田勝豊によって築かれました。1576年の築城なので生まれながらの近世城郭といえます。二層三階の天守は現存十二天守の一つで国指定重要文化財。

 野面積みの石垣に立つ望楼型天守という古風な様式から、長らく現存日本最古の天守と言われてきました。
 しかしながら2015〜2018年にかけて行われた調査で、天守の部材の多くが1620年代以降の採伐と推定され、1624年に丸岡城主となった本多成重の時代に整備されたと考えるのが妥当とされました。

 日本最古(推定)の座は失うことになりましたが、現存十二天守といえども建築年代を確定できていない天守はいくつもあり、学術調査でこれを明らかにできたのは丸岡城天守の価値をむしろ高めることと言えるでしょう。

20200829fukui-maruoka325.jpg20200829fukui-maruoka376.jpg
 丸岡城は小丘陵を利用して築かれており、平山城に分類されます。といっても最高所でも比高18mほど、丘の大きさも端から端まで180mほどで、比較的小ぶりな城郭です。
 城好き視点だと、天守の周囲の松をもう少し剪定してくれないと、麓から天守が見えません。これだけ木が茂っていたら城内から敵の様子も見えないので、往時はもっと樹が少なかったはずです。日本の城跡は公園化されているところが多いのですが、本来の景観から離れて樹木は育つに任せてしまっているところが多いように思います。

20200829fukui-maruoka341.jpg20200829fukui-maruoka342.jpg
 天守内にある江戸時代の丸岡城の模型。丘陵全体が本丸で、丘をまるごと濠が囲み、北西側に御殿のある二の丸がありました。
 現在は濠は全て埋められ、二の丸は住宅地となり、本丸の丘を囲む石積みも後世のもので、旧状を留めているのは天守の周囲のみです。

20200829fukui-maruoka335.jpg20200829fukui-maruoka338.jpg
 丸岡城天守は天守台の石垣より一回り小さな平面で建てられています。このため天守台を覆うように腰屋根がかけられています。石垣に内部から水が貯まると痛む原因になるので、これを避けるためだとも。

 天守台そのものも長方形でなく、辺が内側に凹むように歪んだ四角になっています。これは当時の石垣の技術が発達段階にあったためで、きちんと方形の天守台が築けるのはもう少し後の年代になります。

続きを読む
posted by ふくだ at 23:48| Comment(0) | お城

エンゼルランドふくい

20200829fukui-angelland315.jpg
 福井県児童科学館エンゼルランドふくい。福井市の北にある坂井市(旧春江町)にあります。
 福井駅から概ね1〜2時間に一本程度のバスがあり、地方としては公共交通機関のアクセスは悪くないのですが、プラネタリウムの時刻と組み合わせるとパズルになります。

20200829fukui-angelland301.jpg 巨大な施設にびっくり。
 広大と言っていい規模です。なんだここは。

20200829fukui-angelland305.jpg20200829fukui-angelland303.jpg
 宇宙飛行士の毛利衛さんが名誉館長で、毛利さんにまつわる展示コーナーもあります。
 毛利さんの初フライトは1992年のことで、21世紀の今となっては子どもたちが生まれる前、親世代の出来事になります。それから30年近くを経て、今や一年の半分ちかくは日本人宇宙飛行士が国際宇宙ステーションに長期滞在しているのですから、少しは宇宙も身近になったものです。

20200829fukui-angelland312.jpg20200829fukui-angelland316.jpg
 スペースシアター。投影機は五藤光学のヘリオス(写真は投影後に許可を得て撮影)。1999年の開館時から稼働しているので20年超えのベテラン。

20200829fukui-angelland319.jpg 全天周映像+生解説が通常のプログラムですが、新型コロナウイルス対策で上映時間を短縮していて、生解説はお休み。そのため全天周映像だけ見てきました。「しまじろう」の番組でしたが、馴染みの薄いキャラクターものは大人にはたいへん。でも周囲の子どもたちは盛り上がっていました。良きかな。
posted by ふくだ at 23:47| Comment(0) | プラネ/天文台/科学館

福井城(福井県福井市)

20200829fukui-fukuijo250.jpg
 関ヶ原の戦いの後に越前に入ったのが家康の次男、結城秀康です。
 当時は大坂城に豊臣家が健在でしたから、家康は豊臣封じ込めを意識した拠点づくりを行います。結城秀康による北ノ庄城の大改築もその一環で、徳川御家門の城郭として大々的な築城が行われました。

 現在は本丸の濠と石垣が往時の姿を留めています。笏谷石の高石垣と満々と水を湛えた幅広い濠は将軍の兄の家格に相応しいものです。

20200829fukui-fukuijo293.jpg20200829fukui-fukuijo251.jpg
 本丸正面の御本城橋。現在は石橋ですが江戸時代は木橋でした。この橋を渡ると枡形門がありましたが、現在は城内へ続く車道が真っ直ぐに伸びています。
 右写真、右手の高い建物が福井県庁、左側が福井県警本部です。
 四囲を本丸の水堀に囲まれ、県警本部とセットになっている福井県庁は、数ある都道府県庁舎の中でも屈指の防御力を誇ると言われています(いるのか!?)。明治の廃藩置県時に藩役所をそのまま県庁に利用したところは多いのですが、二の丸や三の丸だったり、後に郊外に移転したりして、今も本丸にでんと構えているのは福井県くらいではないでしょうか。

20200829fukui-fukuijo254.jpg 本丸内に立つ結城秀康の石像。
 家康の次男ですが、母の身分の高い三男の秀忠が早くから後継者に定められており、秀康は豊臣秀吉の元へ人質同然の養子に出されます。秀吉に実子が誕生すると、今度は北関東の名家・結城氏の養子になりました。結城家の領地は家康の関東領の北辺にあたり、実質的な徳川家への加増でもあります。
 文武に優れ器量に秀でていたという逸話が多い秀康ですが、1607年に34歳で没。越前に転じて後に松平に復姓したことで、鎌倉以来の名家・結城氏が絶えてしまうのは、元茨城県民としてはどうにも残念です(何度でも書く)。

続きを読む
posted by ふくだ at 23:46| Comment(0) | お城

北ノ庄城(福井県福井市)

20200829fukui-kitanosho236.jpg
 朝倉氏の滅亡後、一向一揆の鎮圧を経て越前に入ったのが織田家の重臣・柴田勝家でした。
 勝家は一乗谷の再興はせず、福井平野の一角に新たな拠点を築きました。これが北ノ庄城です。
 北ノ庄城の絵図はなく、ルイス・フロイスと羽柴秀吉の書簡に描写された記録が残るのみ。秀吉の書簡には「城中に石蔵を高く築き、天守が九重」とあるのですが、多く重なっている意でも「九重」を用いることがあるので、文字通りの九層だったかどうかは分かりません。

 本能寺の変の翌年、賤ヶ岳の戦いで敗れた柴田勝家は北ノ庄城に火を放って自害します。その後の越前は大身の大名が目まぐるしく入れ替わるのですが、最終的には徳川家康の次男・結城秀康が入府して、この越前松平家が幕末まで続くことになります。

20200829fukui-kitanosho223.jpg20200829fukui-kitanosho224.jpg
 結城秀康の入府時に北ノ庄城は全面的に改築され、後に北ノ庄は敗北につながるとして、名も福井に改められました。
 現在、地表にある城の遺構は全て福井城のもので、柴田時代の北ノ庄城がどのような姿だったか、分からなくなっています。

20200829fukui-kitanosho227.jpg20200829fukui-kitanosho241.jpg
 福井市街地の南、足羽川近くに柴田神社があり、柴田時代の本丸の伝承地とされてきました。それにしても猛将として名高い柴田勝家の神社に「美祈願」とは。勝家とともに祀られている奥方は美人で名高い市の方ですし、浅井三姉妹も境内に祀られていますが、市も茶々も文字通り美人薄命な人生で、いいのかそれは。

20200829fukui-kitanosho228.jpg20200829fukui-kitanosho231.jpg
 社殿の建て替えの際に付近一帯の発掘調査が行われ、その時に柴田時代の北ノ庄城の石垣が出土しました。
 冒頭の写真と上の右写真がそれで、堀の縁の石垣の根石部分だけが残っています。上に積まれた石材は福井城に転用されてしまったのでしょう。一列になった根石が二ヶ所見学できるようになっていて、敷地の大部分は往時は堀だったと推定されています。
 それにしても伝承地から柴田時代の遺構が出てくるのですから、「古き言い伝えは真であった」のかもしれません。ただ本丸かどうかの判斷は周囲の他の地点の発掘を気長に待つしかなさそうです。

続きを読む
posted by ふくだ at 23:45| Comment(0) | お城

2020年08月28日

恐竜王国福井

20200829fukui382.jpg
 福井駅舎に書いてあるんですよ。"DINOSAUR KINGDOM FUKUI"って。ここは中生代か。
 ちなみに日本海側気候ですから、毎年冬が来る度に雪に覆われて、地球寒冷化で絶滅寸前になった姿となります。

 私が子どもの頃は日本には恐竜はいなかったというのがほとんど通説で(1978年には恐竜化石が確認されてたそうですが、知らんかった)、ドラえもん『のび太の恐竜』に出てくるピー助も首長竜のフタバスズキリュウ。首長竜が恐竜とは別の分類だとは大人になるまで知りませんでしたよ。翼竜とか魚竜とかあのへんもひっくるめて恐竜だと思いこんでいました。

 今では日本国内の各地で恐竜の化石が見つかっています。中でも福井は多くの化石を産出していて、県立の恐竜博物館があるほど。それにしても県庁所在地の駅前に恐竜の等身大像をつくってしまうってすごいな。

20200828fukui218.jpg20200828fukui219.jpg 夜間に赤くライトアップされる恐竜。シン・ゴジラか、と思ったら緊急事態宣言発令中の特例みたい。割と怖いです。

20200828fukui217.jpg 恐竜は種によっては意外に知能が高かったと言われていますが、福井の恐竜は書物まで読んでしまうようです。その座り方でしっぽはどこへいった!? ていうかその靴、どうやって指入れた!?

20200828fukui221.jpg そういえば、コーヒーも「フクイブレンド/サウルスマイルド」なのでした。恐竜をイメージしたブレンドってなんなんだ。食ったことあるのか。いやまあ鳥類は恐竜の子孫らしいので、恐竜もたぶん鶏肉みたいな味ではないかと思うのですけど、その前にコーヒーだ。
posted by ふくだ at 23:49| Comment(0) | 地図と地理と遠出

九頭竜湖駅

20200828fukui-kuzuryu214.jpg20200828fukui-kuzuryu216.jpg 越美北線は「越前」と「美濃」を結ぶ「越美線」として計画されました。福井から美濃へ向けて建設されたのが越美北線、美濃太田から越前へ向けて建設されたのが越美南線です。しかしながら全通は果たせず、越美南線は第三セクターの長良川鉄道となり、越美北線は九頭竜湖駅で工事を終えました。
 名前こそ九頭竜湖駅ですが、実際の九頭竜湖とは直線距離でも3km離れています。

20200828fukui-kuzuryu215.jpg20200828fukui-kuzuryu213.jpg
 現在は一日5本の列車が来るのみ。
 この一帯は九頭竜層群と呼ばれる中生代白亜紀の地層で、近くには発掘体験ができる施設もあるのですがそもそも着いたのが18時過ぎで、身動き能わず。
 遠く美濃を望む未成線を見ながら、福井へと引き返したのでした。
posted by ふくだ at 23:48| Comment(0) | 地図と地理と遠出

越前大野城

20200828fukui-ouno191.jpg
 越前大野城は朝倉氏滅亡後に織田家臣の金森長近が入府して築きました。最初から近世城郭として出来たお城で、その後も戦乱に巻き込まえることなく明治維新を迎えました。歴史の表舞台にはあまり出てこないのですが、平和な時を過ごせたということで目出度いことです。

20200828fukui-ouno179.jpg20200828fukui-ouno183.jpg
 尾張徳川家の蓬左文庫に大野城の絵図が残っていて、本丸の最上部には総二階建ての御殿のような天守が描かれています。大野城は江戸中期に火災にあって消失し、再建の際に天守は建てられませんでした。

 現在の天守は1968年の「再建」ですが、絵図とは違う望楼型天守として建てられました。いかにも天守といった雰囲気の建物ですが、本来あるべき姿を見てみたいものです。

 城の中心部の石垣はよく残り、野面積みの石垣を楽しめます。

20200828fukui-ouno200.jpg20200828fukui-ouno201.jpg
 城下に残る三の丸の土塁。庭園の築山として利用されたため取り壊しを免れたそうです。素敵なリユース。

20200828fukui-ouno203.jpg20200828fukui-ouno199.jpg
 現在の大野の街も金森左近が整備した城下町を引き継いでいます。湧水が豊富な土地柄で、あちこちに水路が走っているのが気持ちいいです。
 ところで奇数月だけ駐車禁止ってなんだこれ。

続きを読む
posted by ふくだ at 23:47| Comment(4) | お城