2019年07月28日

飛鳥水落遺跡

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 明石市立天文科学館の星の友の会の野外天体観測会の最終訪問地。
 飛鳥水落遺跡は660年に皇太子時代の中大兄皇子が漏刻を置いたと推定される遺跡です。
 個人的には三度目の訪問で、詳しいことは先の二度の訪問記に記してあります。

飛鳥水落遺跡(2011年05月28日)
水落遺跡とその周辺(2015年11月03日)

 日本書紀の671年の項に、天智天皇が漏刻を用いて始めて時報を打ったことが記されていて、これが6月10日の時の記念日の元となっています。明石市立天文科学館の開館日は時の記念日に合わせてあり、建物の前の子午線上には漏刻が設置されています。つまり天文科学館とは二重にも三重にも縁の深いところなのです。
# 671年の時報は大津宮での出来事ですが、日本書紀には「天智天皇が皇太子時代に飛鳥で漏刻を作った」ことが重ねて記してあります。
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キトラ古墳壁画特別公開(第12回)

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 明石市立天文科学館の星の友の会の野外天体観測会の一環で、キトラ古墳壁画特別公開に参加してきました。
 キトラ古墳の壁画は2019年7月23日に国宝に指定されたばかり。天文ファンとしては石室の天井に描かれた「天文図」に注目するところですが、今回は年に4回行われる特別公開の時期と重なったこともあり、公開されている「朱雀」がメインディッシュです。

20190728oto-asuka014.jpg キトラ古墳の壁画は、凝灰岩の上に漆喰を塗り、その上に描かれています。
 高松塚古墳の壁画は石室ごと解体搬出されましたが、キトラ古墳では漆喰部分だけを剥がして石室は墳丘内に残されています。このため展示では剥がした壁画を修復したものをガラス越しに見学します。一グループあたり10分ほどの見学時間が割り当てられるのですが、同じグループの全員が明石の一行だったこともあり、ゆったりと見学することが出来ました。
 今回は「朱雀」単体の展示で、室内の照明も落とされているので、少し地味な雰囲気。「意外に小さい」というのが、みなさん共通の感想。

 2014年に東京国立博物館でキトラ古墳の壁画が展示されたときは、60分待って壁画を見るのは30秒という大混雑ぶりでしたが、あれは一体何だったのか。
# 四神全てが一斉に展示されたのと、次に東京で見る機会はいつになるかわからないという希少価値があったのですけど。

 展示施設の「四神の館」はそれでも訪れる人が絶えることはなく、久しぶりに見る展示も改めて工夫が凝らされていることに気付きました。この日はボランティアガイドが滞在していて、石室のレプリカの内部も案内して頂きました。

20190728oto-asuka023.jpg こちらはキトラ古墳墳丘。日差しを遮るものがない場所で、日傘は持っていたものの、熱中症になるかと思いました。
 二段に築かれた円墳ですが、直径は13.8mと小さいもので、神戸市垂水区の五色塚古墳を見慣れていると拍子抜けするくらいです。写真をネットに上げたら「抹茶プリン」とコメントを頂きました(笑)。
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旧国鉄五新線

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 天辻峠から五條市街地へ降りる途中に、道路にしては違和感のある橋を何度か見かけました。
 構造物は立派なのに道幅が異様に狭い……ということは、大重量の車両が通る単線の鉄道跡。さらに構造物がさほど古びていません。

 ということで思い出したのが旧国鉄の「五新線」。奈良県五條市から和歌山県新宮市をめざして建設された鉄道で、工事途中で放棄され、未成に終わった路線です。
 工事は天辻峠を貫くトンネルまで完成していて、途中までの路線敷はバス専用道に転用されたのですが、並行する国道168号の整備が進むと利用が低迷し、バスも一般道経由便に統合されています。

 国道168号線は以外に交通量が多いのですが、それでもこの先、十津川の山塊を超えて新宮までの紀伊半島を縦断する区間にさほどの需要があったとは思われず、いやもしかすると現代の熊野参りのルートになったかもしれませんが、見果てぬ夢となったのでした。
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天誅組と大塔宮護良親王

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 バスの駐車場脇にドドンと立っている「維新胎動の地」の石碑。
 この山間部に明治維新の何が関係あるのやらと思ったら、天誅組でした。
 1863(文久3)年は尊皇攘夷の機運が盛り上がった年でしたが、一方で八月十八日の政変があり、一時的に江戸幕府が勢力を回復した時期でもありました。

 天誅組はこの時勢の間で挙兵した攘夷志士の一団で、五條市と旧大塔村を隔てる天辻峠を拠点としたのです。
 この山奥に立て籠った小勢など放置してもよさそうなものですが、これに先立って天誅組は幕府天領の五条代官所を襲撃し、代官を討って役所を焼き払っていました。黒船以降、公然と幕府に反旗を翻したのは天誅組が始めてで、幕府も面子にかけてこれを追討します。結果、半月弱で天誅組は壊滅。

 この大塔コスミックパーク星のくにから、天誅組本陣跡への道標が見えます。
 天辻峠は、旧来の峠道、1922年に開通した旧トンネル、1959年に開通した現トンネルの3本の道があり、天誅組が屯した天辻の集落は旧来の道沿いにあります。現在は小さな史跡公園があるそうです。

20190727oto005.jpg もう一つ、立派な武将の銅像があります。大塔宮護良親王で、鎌倉幕府末期の後醍醐天皇の挙兵の際に、親王がこの地に落ち延びたことを記念したもの。旧大塔村の村名の由来にもなっています。
 大塔宮護良親王は「おおとうのみや・もりよししんのう」の読み方が一般的ですが、以前は「だいとうのみや・もりながしんのう」と呼ばれていました。
 幼少期に出家して比叡山に座していたのですが、武芸に熱心で、後醍醐天皇の挙兵後は各地を転戦して帝を支えます。後に足利尊氏と対立し、最後は鎌倉で亡くなるのですが、太平記を彩る主要人物です。

 天辻峠を越える国道168号は紀の川流域の五條市と熊野・新宮を結ぶ道で、途中で尊王の意識の強い十津川郷も通ります。宮方あるいは尊皇派が体制を立て直すために、身を寄せやすい場所だったのでしょう。
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2019年07月27日

日本最長の路線バス・八木新宮線

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 大塔コズミックパーク星のくにの前のバス停、なにげに写真を撮っておいたのですが、整理していて気付いたのです。
 なんだこのやたら長い路線図は。停留所いくつあるんだろう、と思って思い当たりました。
 日本最長の路線バス、奈良交通「八木新宮線」のバス停だったのです。コミュニティバスのバス停かと思っていたのですが、まさかの大路線。もっと感動しておくのでした。

 八木というのは奈良県橿原市の近鉄大和八木駅。途中でJR和歌山線の五條駅を経由して、山間部に入ります。全長166.9q、停留所の数は167、途中休憩を含めた全線通しの所要時間は約6時間半。高速道路を経由しない路線バスでは日本一。路線バスの座席でこれだけ長時間乗り通すのは体力的にも大変そうです(ほとんどのお客さんは通しでなく、区間利用のはず)。

 ちなみに大和八木駅の朝一のバスに乗れば、大塔のプラネタリウムを午後一に見て、次の便に乗ればその日の夕方に新宮まで抜けられます。山間部の天文施設に公共交通機関だけでアクセスできるなんてすばらしいです。

 ところで私、バス停(の写真)をみただけで感動して、バスそのものは見ていません、実は。
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大塔コスミックパーク星のくに

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 明石市立天文科学館星の友の会の野外天体観測会で訪問した大塔コズミックパーク星のくに。現在は平成の大合併で奈良県五條市となっていますが、かつては大塔村だった地区にあります。
 紀淡海峡に注ぐ紀の川水系と太平洋に注ぐ熊野川水系の分水嶺となる天辻峠の下、標高670mという山の中ですが、国道168号のすぐそばにあり、道の駅も併設されています。

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 プラネタリウム館の投影機はミノルタMS-10AT。1990年の設置でまもなく30年を迎えようかという古参の投影機。長期間製造されたMS-10の中では最後期のものになります。

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 ドームの前方に四角い筋が入っているのは(冒頭写真)、この奥に緞帳つきのステージが設置されているため。プラネタリウムが設置された当時の大塔村には公民館的な施設がなく、村民の集会場の役割も担っていました。ステージを使う際はドームの前方がせり上がり、投影機は視界を妨げないように降下するそうです。

 今回は団体貸切での特別投影で、解説台に立つのは元園長の山本誠さん。
 引率の石井学芸員から「楽しみにしていてください♡」と期待値をあおられていたのですが、何というか、聞き惚れてしまいました。枕で紹介される物語は往年の名番組「まんが日本昔ばなし」を彷彿とさせる語り口。すっかり心を掴まれて、一括りに生解説といえども、いろんな表現があることに改めて感じ入りました。
 実はこの日は操作系にトラブルがあって細かい演出ができなかったそうですが、お話による星空案内をその分じっくり堪能でき、災い転じて福となった感。

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 展示室は開館当時から大きな変化はないようですが、星どころだけあって地元の方の素晴らしい天体写真が新作も交えて展示されていたのと、図書コーナーも充実していました。ドームの外壁に当たる部分に手書きの大きな星座絵があり、みんなで見入っていました。

20190727oto011.jpg プラネタリウム館の入口にあるパラボラアンテナ風の日時計。これ夏の間しか影が落ちないのではないでしょうか(笑)。

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 夜は天文台での観測会。
 45cm反射望遠鏡は旭精光製。プラネタリウム館より一足早い1986年の開館で、山本さんによると「遠ざかるハレー彗星は見ることができた」とのこと。斜めに引き出したニュートン焦点から覗く形式です。年代的に自動導入は対応していないのですが、手動でスムーズに望遠鏡の向きを変えながら天体を導入していく手並みはさすがの一言。雲間からアルクトゥールスとベガを見て、木星を見始めたところで雲というよりガスが濃くなって終了。ドームの中でみんなで記念撮影して撤収です。
# 天文台の外観の写真は翌朝に撮影したもの。

20190728oto-asuka001.jpg 宿泊所のロッジの浴場は温泉で、お肌すべすべになるアルカリ性っぽい泉質。
 ご飯も美味しいともっぱらの評価(食べてばっかりで写真が一枚もない)。

 夜半になって雲が薄くなってきたので、建物前の駐車場で観望を始めますが、雲間から何かしら星は見えているものの、ガスがどうしてもかかりっぱなしで、天の川を拝むほどの空には至りませんでした。
 それでも2時間近くワイワイ空を見上げていたのは、星好きの仲間と共有する時間をそれぞれが楽しんでいたゆえでしょう。

 なお翌朝に青空が広がっていたのは、ここだけの話です。なぜだー。
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野外天体観測会 2018年夏(7月27日・28日)速報

 明石市立天文科学館の星の友の会では、年に2回、「野外天体観測会」として星見の合宿に出かけています。今回の目的地は奈良県は大塔コスミックパーク星のくに。現在は五條市になっていますが、平成の大合併前の旧大塔村のつくった施設です。

 梅雨明け直後は天候が安定しやすいことから、夏の野外天体観測会は概ね、この時期の新月近くの週末に合わせて設定されます。
 とはいえ、そこは空模様のこと。梅雨がいつ明けるかは分かりませんし、梅雨が開けてもスッキリしないお天気の年もあります。そして今年は台風がやってきたのでした。

 梅雨明けの時期の台風は、太平洋高気圧が本州付近まで張り出すことから、東シナ海方面へ行くことが多いのですが、この度の台風6号は出発当日の朝に紀伊半島に上陸してしまいました。

 もっとも暴風圏のない台風で、すぐに東へ去っていったのですが、大量の雲を引き連れて、お昼までは断続的に雨模様。はてさてどうなることやら。

 結果を先に書いてしまうと、終始、雲の多い空模様で、雲間からチラホラと星は見えたものの、天の川が見えるような空には巡り会えず、という夜でした。
 その点は残念でしたが、みんなでワイワイ空を見上げるのは毎回ながら楽しい時間で、今回も雲の流れに一喜一憂しながら、1時過ぎまでロッジの前で空を見上げたのでした。
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2019年07月23日

さいたま市宇宙劇場

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 さいたま市にはプラネタリウムが2つあって、一つは大宮駅そばの「さいたま市宇宙劇場」、もう一つは浦和にある「さいたま市青少年宇宙科学館」。それぞれさいたま市の合併前に、大宮市と浦和市で建設したものです。今回足を運んだのは大宮のさいたま市宇宙劇場。

 2017年4月にリニューアルされ、投影機は五藤光学の新鋭ケイロンV。
 びっくりするくらい急傾斜のドームで、全天周映像は足元まで広がる感覚となり、迫力があります。プラネタリウムデータブック2010によると、ドームの傾斜角は28.15度。関西の大型館では大阪市立科学館が20度、姫路科学館が15度ですから、大宮の傾斜っぷりが際立ちます。
 私が座った投影機脇の席はリクライニング機能がなかったのですが、倒す必要も感じませんでした。一般的に前よりの席が映像への没入感が強く、投影機付近から中央やや後ろがバランスよく、後ろの席はドーム全体を見渡しやすいのですが、ここでは後ろ寄りの席のほうが見やすく感じそうです。

 写真はiPhoneのカメラで撮ったのですが、ドーム内の照明と画像エンジンの相性がよくなく、ケイロンV投影機が真っ青に。本当は五藤光学の標準色とも言える紫の塗装が施されています。
 ケイロンVはほんとよく出来た投影機で、バランスの良い自然な雰囲気の空には見るたびに感心します(個人的好みだと天の川はもう少し細いほうが好きですが、好みの範疇)。

 投影は音楽の時間「月へ… 偉大なる一歩」。アポロ11号50周年にちなんだ音楽と営巣を楽しむ番組ですが、これは外せないよねという定番曲から、これ持ってきたか〜でも分かるぞという曲まで、セットリストも映像の演出も素敵でした。全天周映像がメインですが、投影機を使った演出もあり、星空を見たい人もケイロンVの星々に存分に溺れることができます。

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 若田光一宇宙飛行士が名誉館長なんだと思ったら、大宮のご出身だとか。九州大学で鳥人間コンテストに出場された経歴を知ってたので、そちらのイメージが強かったのでした。
 プラネタリウムのロビー(3階)に展示があるのですが、5階ロビーにも関連展示があるので、お見逃しなく。
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2019年07月21日

東武アーバンパークライン急行

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 東武アーバンパークラインこと野田線に急行が走っていました。東武線の急行といえば浅草と群馬を結ぶ「りょうもう号」が思い浮かびますが(現在は特急に格上げ)、急行料金も設定されていたものですが、野田線の急行にそんなものはありません。

 車両も普通列車と共通で、座席も全席ロングシート。柏から春日部までは各駅停車で、春日部-大宮間のみ停車駅が岩槻のみという、「急行」よりも「区間快速」が妥当な設定です。
 野田線をどうにかしたいのでしょうか東武鉄道。
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弥生軒(我孫子駅)

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 弥生軒はJR常磐線・我孫子駅の駅そば屋さん。
 名物は鶏の唐揚げを載せたそば・うどんで、唐揚げのサイスが規格外の大きさ。写真は1個乗せですが、2個乗せもメニューにあります。これを2個乗せたら麺が見えなくなりそうです。しかし真っ黒なつゆには驚きました。私もすっかり関西に馴染んでしまったなあ。
 ちなみに1個乗せて400円、2個乗せて540円というリーズナブルさ(2019年7月現在)。

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 この弥生軒、山下清が働いていたというエピソードがあります。食堂なら食いっぱぐれがないだろうという、単純かつもっともな理由で、滞在期間中にもふらっと放浪に出ていくことがあったとか。その縁でかつて販売していた駅弁のパッケージは山下清に絵をお願いしたのだそうです。
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