2019年03月14日

東大寺二月堂修二会

20190314nara081.jpg
 東大寺二月堂修二会、2018年最後のお松明。
 
 修二会は3月14日の晩にすべての行が終わり、15日で満行を迎えます。
 二月堂本堂に練行衆が登る最後の夕方は、10本全てのお松明が舞台に並びます。

 和歌山にいった帰りに、少し回り道をして奈良に寄ってみました。
 二月堂前に着いたのは17時半頃。お松明の上がる時刻はふだんは19時頃ですが、最終日だけは少し早めの18時半頃。
 すでにお堂の下は人でいっぱいで立ち入りが規制されています。三月堂と四月堂の間の広場で時の過ぎるのを待ちます。

20190314nara045.jpg20190314nara067.jpg
 やがて周囲の明かりが消え、最初のお松明が上がります。
 舞台の端まで移動した後、2本め、3本目と次々とお松明が上り、舞台からは炎に照らされた煙がもうもうと立ち上ります。

 10本が揃い、童子の方々が松明を振ると、盛大に火の粉が舞い、大きな歓声が沸き起こります。
 そして最初のお松明から順に、舞台から引き上げていきます。
 いつも1本ずつ登場して退場するお松明を見ているだけに、10本が次々と去っていくのはあっという間に感じます。

 お松明が終わったあとも二月堂に参詣する人々が多く残り、列を作って舞台の片付けを待ちます。
 お堂の廻りの張り詰めた空気も、最終日とあってか少しばかり緩んだ雰囲気。
 二月堂の北側にある休憩所はいつもは夕方に閉まるのですが、この日は夜も開放され、温かいうどんが提供されています。たまたま相席された方は福島からいらしたとのことで、東国の者同士、話も弾みます。

 二月堂の局はいっぱいになっているかと思ったのですが、北側の局は余裕があるようなので、行法を聴聞させて頂きました。
 暗い堂内に浮かぶほのかに照らされた内陣、響き渡る声明。
 日によって行の内容が違うのか、南無観の声の重なりも前に聞いたものとは違う旋律に聞こえます。

20時過ぎた東大寺の境内は、昼間の賑わいが嘘のように静かで、帰路に通った南大門も一人、仁王様にお見送りです。
 修二会が終わるといよいよ春がやってきます。とはいえ、まだまだ肌寒い日は多いのですけど。
posted by ふくだ at 23:47| Comment(0) | 地図と地理と遠出

和歌山市立こども科学館プラネタリウムリニューアル

20190314wakayama008.jpg
 この3月にリニューアルした和歌山市立こども科学館のプラネタリウムを訪問。
 新しい投影機はコニカミノルタのコスモリープΣ。最新の投影機らしく、落ち着いた星像で、ドーム径以上に空の広がりを感じるような星空でした。投影は星空案内とKAGAYAスタジオの全天周映像「星の旅」。こども科学館の年齢層を意識してか、日本語字幕付きの上映なのが新鮮でした。
20190314wakayama010.jpg20190314wakayama006.jpg
 ドーム内の椅子も交換されて、雰囲気がすっきり現代的になりました。

20190314wakayama022.jpg20190314wakayama040.jpg
 プラネタリウムのロビーには、2018年まで和歌山市立こども科学館で使われていたミノルタMS-10投影機が展示されています。
 引退した投影機の展示自体は珍しいものではないのですが、和歌山の展示はすごい。現役時代から投影機の各部に役割を示すラベルが貼られていたのですが、ロビーのガラスケースの中にMS-10の全てをつめこもうとしているかのようです。静かなる熱量と半端ない情報量。

20190314wakayama032.jpg20190314wakayama026.jpg

20190314wakayama028.jpg20190314wakayama030.jpg

20190314wakayama036.jpg20190314wakayama046.jpg
 写真は載せますけど、これはぜひ実物を見てほしい。見れば見るほど引き出しが開くような、そんな展示です。

20190314wakayama021.jpg 旧和歌山市天文館に設置されていた金子式プラネタリウム。下のモニタ(ブラウン管!)では、和歌山天文館と運営していた高城武夫さんを紹介するビデオが上映されています。

posted by ふくだ at 23:46| Comment(0) | プラネ/天文台/科学館

雑賀城(和歌山県和歌山市)

20190314wakayama002.jpg20190314wakayama003.jpg
 雑賀衆といえば戦国時代の和歌山市のあたりに勢力を置いた国衆の連合で、鉄砲の名手と伝えられる雑賀孫市(鈴木孫一)の名が知られています。

 雑賀城は雑賀衆の有力武将、鈴木重意(孫一の父)が築いたと言われていますが、現在は遺構らしい遺構は残っていません。頂上に妙見堂の祠があり、削平地ではありますが、当時のものか後で削ったものかわかりません。
 山全体が緑泥片岩の塊で、同じ方向に割りやすい石なので石垣の材料には苦労しないはずですが、一時的な陣地に使った程度で、地形に手を加えるほどの築城はなかったのかもしれません。ちなみに後に築かれる和歌山城も古い石垣は緑泥片岩です。
posted by ふくだ at 23:45| Comment(0) | お城

2019年03月11日

NHK「あの日の星空」

 3月11日夜にNHK総合で放送された「あの日の星空」。
 仙台市天文台のプラネタリウム作品のメイキング的な番組かと思っていたのですが、NHKで新たに被災者の手記を募集して番組を制作したのですね。仙台市天文台が取り組んだテーマにNHK仙台が改めて取り組んだという印象を受けました。

 番組で時間を割いて扱われていた今野さん。プラネタリウムでも手記が紹介されるのですが、冒頭で身内を亡くした方なのを察してしまって、ドームで見たときはそこから泣きっぱなしになったのでした。

 番組の中で読み上げられた手記で印象に残ったのは、「星空は見ていない。燃え上がる仙台港のコンビナートの炎と煙がただ怖かった」というもの。
 震災後の神戸の星空もきれいで、街の中でも天の川が見えた話を聞いたことがあるのですが、一方で、星なんか全然見た記憶がなくて、ただ街から立ち上る火災の煙だけを覚えているという話も何人かから聞いたことがあります。
 みんながみんな星空を見上げていたんじゃないんだよ(あの日の星空を見上げてない人はいてもいいんだよ)というフォローをそっといれてくるあたり、NHK仙台、さすが地元局だと思いました。

 星空は見上げる人々の心を映す鏡のようなものだと思うのです。
 星空はきれいで、美しくて、対峙する中で心の奥底がふとあらわになる。
 そして見上げる人々の心を動かす。

 ただ動く方向は見上げる人によってみな違う。
 悲しみが深まることもあり、諦めを受け止めることもある。
 ささやかな願いや、希望を託す人もいる。

 星空はそこにあるだけで何も語らない。決して手は届かないけど、見上げればそこにある。

 内容は違うけど、同じ題材で小説版と映画版があるような形で、仙台市天文台のプラネタリウム版とNHK仙台のTV版と両方ともよい作品でした。
posted by ふくだ at 23:45| Comment(0) | 読書録・映画録

2019年03月10日

プラネタリウム「星よりも、遠くへ」(伊丹市立こども文化科学館

20190310itami.jpg
 仙台市天文台制作のプラネタリウム『星よりも、遠くへ』を伊丹市立こども文化科学館で見てきました。3月11日からの「それから」を生きる人々と星空の物語。丁寧な取材を幾度も重ねたであろう被災者の証言。満天の星に重ねられる人々の思い。よい作品でした。

 前作の『星空とともに』が最初に公開されたのは2012年3月のこと。今から考えると震災発生から一年というタイミングで、よく番組を作ったなと思います。
 2011年3月11日の夜、東北全域の停電は復旧しないまま、被災地には光害の全くない夜空が広がりました。寒さに震えつつ救助を待ちながら、避難先で先の不安に襲われながら、連絡の取れないままの家族を心配しながら……様々な人々が、ふと見上げた星空の美しさに、それぞれの思いを重ねます。

 仙台市天文台の方々は、被災した状況下で、自分たちの仕事の意味を考えたのだと思います。そして人が星空を見上げるという行為の意味に、本気で取り組んだ。

 第一作「星空とともに」は、新聞の投稿欄やラジオに寄せられた被災者のメッセージから、星空にまつわるエピソードを集めたもの。 当初は仙台市天文台だけでの上映だったのですが、2013年に日本プラネタリウム協議会の全国大会で試写が行われました。これを見た関係者から「うちの館でも上映したい」という声が上がり、2014年からは3月に合わせて全国各地のプラネタリウムで上映されています。これまで累計で40館くらい。

 プラネタリウムでよその館の番組を上映するのは以外に大変で、投影機のメーカーも違えば補助投影機の機材も様々。ほとんどの館ではプログラムで制御できる投影機を使っていますが、ものによっては20年以上前の投影機もありますし、明石のようにフルマニュアルの館もあったりします。
 ただ最近はドーム全体に映像を映すデジタルプロジェクターを併設するのが一般的になり、そちらを利用してよその館の番組を上映出来るようになっています。

 私が初めて「星空とともに」を見たのは2016年。兵庫県内では伊丹市立こども文化科学館と姫路科学館で上映が行われていて、家から行きやすい伊丹で見ました。

 「星空とともに」は3月11日の星空に重ねされた人々の想いを朗読する、シンプルながら芯の通った番組。震災から1年という時期の制作・公開なので、証言も3月11日当日やそこから間もない時期のものが多く、生々しいというか、涙なしには見ていられません。それでも前向きに終わるような構成になっていて、見てよかったと思いました。

 2018年に「星空とともに」の続編作成の発表と、制作資金を求めるクラウドファンディングの呼びかけが行われました。一も二もなく参加しました。

 今回も被災者の手記をベースに展開するのですが、震災から7年目に制作されたものですから、出てくる人々はみな、震災後の時間を生きてきた人たちです。

 震災は「3月11日にあった」のではなく、「3月11日からずっと続いている」。
 完成した第二作「星よりも、遠くへ」に流れているのはこの感覚。

 失ったもの、二度と戻らないものがあっても、生きるしかない。7年経ったら普段の暮らしの中で震災を意識することは少なくても、ふとした時に震災の傷跡がむき出しになる。
 神戸に住んでいるのでこの感覚が分かるけど、そうでなければどうだっただろう。やっぱり「3月11日にあったこと」と思っていただろうか。

 第一作は震災から一年という時間の中で、あえて前を向く必要があった。第二作は前を向くのではなく、あえて今に向き合った。そんな印象を受けました。

 クラウドファンディングの出資者として、意義ある企画に関われてよかったと思います。

 2019年も全国30数箇所のプラネタリウムで上映されるのだけど、なにせプラネタリウムは数が少ないし足を運ぶ人も限られています。今回はDVDも作成したので、プラネタリウム以外の平面スクリーンでも上映できるとのこと。
 前作と合わせて、多くの人の目に触れる機会が増えるといいなと思います。
posted by ふくだ at 23:45| Comment(2) | プラネ/天文台/科学館

2019年03月07日

東大寺二月堂修二会

20190307shunie097.jpg
 東大寺二月堂修二会のお松明を見てきました。
 「お水取り」の名で二月堂の回廊に高々と大きな松明を掲げる様子が知られていますが、いずれも3月1日から14日の間に行われる「修二会」という行法の一部です。大きな松明は行を務める練行衆と呼ばれる僧を二月堂に導くためのもの。お水取りは3月12日の晩に観音様に備える水を二月堂下の井戸から組む行事で、この日の夕方のお松明はひときわ大きなものが使われることから、名が知られるようになったものかと思います。

 修二会の期間中はお水取りの日以外も、毎夕方に練行衆を先導するお松明が一本ずつ上がります。普段の日は10本、お水取りの日だけは大きな松明が11本、最終日の14日は10本の松明が一度に回廊に並ぶそうです。
 通常の松明でも重さは40〜50kg、お水取りの日は80kgと言いますから、相当なもの。足元を照らすだけならこれほど大きくなくてもよいはずですが、どうしてこうなった。

20190307shunie071.jpg20190307shunie125.jpg
 練行衆の方々は階段を登ったところでお堂に入るので、お松明はそこで道案内の役目を終えるのですが、見せ場はむしろここから。
 お松明を持った童子(役名は童子ですが大人が務めます)が舞台に出ると、ひときわ高くお松明を掲げ、ぐぐっと前に突き出します。火の粉とともに吹き上がる炎と沸き上がる歓声。
 くるくるとお松明が回ると豪勢に火の粉が舞い飛び、うわぁと歓声が大きくなります。

20190307shunie115.jpg お松明が舞台を横切る様子は童子の方々それぞれの個性があります。
 ゆっくり慎重に歩みを進める人。
 炎を上げながら走り抜ける人。
 松明を回し火の粉を散らしながら進む人。
 派手な立ち回りこそ沸きますが、勢い余ってお松明の頭の部分が落ちてしまうこともあります。
 中には舞台の上で転んでしまう人も。
 そうなると慎重に進むお松明の姿もまた、静の魅力があるのだと気付きます。

 お松明の灯が消えると一斉に、夕方遅い時間ということもあり、ほとんどの観客が帰途についていきます。
 立ち入りが規制されていた二月堂も、お松明の片付けが終わると再びお参りできるようになります。

続きを読む
posted by ふくだ at 23:45| Comment(0) | 地図と地理と遠出