2018年07月28日

NICT未来ICT研究所

 情報通信研究機構(NICT)未来ICT研究所の一般公開に行ってきました。未来ICT研究所は神戸市西区と明石市の境界にあり、かつての本部の建物が神戸市側にあったので住所は神戸市ですが、敷地の大半は明石市側にあります。
 今回は@kuma_morutoさんの車に、@135c8さんと同乗しての訪問。

 天文科学館の井上館長の講演がスタート。
 そしてシゴセンジャー登場。続いて黒星博士登場。すでに順調にスベり始めております。

 東京・小金井にあるNICTは日本標準時を作っているところとして(一部に)知られていますが、実は関西の未来ICT研究所に日本標準時の副局があります。本部になにかあったときのバックアップ施設で、日本標準時子午線の近くに標準時の施設が戻ってきた(!?)というご縁。

 こちらは日本標準時のコーナー。
 セシウム原子時計5台を収めた日本標準時の副局は、温度など一定に保った特別の部屋で、一般人はおろか職員でも入ることはないそうです(そりゃそうか)。ということで会場の一角に原子時計の実物展示。写真は旧機種ですが、現行機種と見かけはほぼ同じとのこと。

 世界時を決めるのに使われる原子時計は各国合わせて400台ほど。
 最大勢力はアメリカで100台ほど(海軍がたくさん持っているのだとか…そういえば米海軍は天文台も持ってます)。日本はNICT小金井の18台と神戸の5台で、トップ5に入る勢力だそうです。

 原子時計は元はヒューレット・パッカード社の製品で、今は事業が売却されて社名も変わってマイクロセミ社。原子時計の機械そのものは10年以上持つそうですが、セシウムビーム管が6年ほどで安定性が落ちて要交換になるのだとか。
# 日本で18台+5台といっても原子時計そのものはアメリカ産で、アメリカが世界の時を支えていると言えなくもない。

 標高が違うだけで時間の進み方が変わるそうなので、地球の自転やら潮汐力やらいろんな誤差要因を排除して平均値を出すアルゴリズムが大変複雑なのだそうです。

 地球の自転を基準に時刻を決めてた時代はのどかだったのではないですかと尋ねたら、正確な時刻の基準をつくることの意義をとうとうと(楽しそうに)語られてました。

 帰宅してからネットで原子時計みつけました。お値段は載ってないけど、どなたかご家庭に置いてみません?
原子時計 セシウム周波数標準 5071A

 脳波で自動車のスピードを制御するデモ。往年のアニメ「機動戦士ガンダム」で、脳波を利用して機器の制御を行う「サイコミュ」が登場しますが、その原型の技術です(待て)。
 「君は、刻の涙を見る(Zガンダム)」ならぬ「君は、君の脳波を見る」がキャッチコピー。
 実際のところ、脳波で右や左に曲がるような指示をするのは難しくて、ON/OFFの制御くらいが現実的なところだそうです。

 いろいろな展示が山ほどあったのですが、午後から出かけたのではとても見学しきれず、スタンプラリーのコースを一周りするので精一杯でした。次に機会があれば朝から出かけてみたいです。
posted by ふくだ at 23:45| Comment(0) | 一般公開

2018年07月26日

倉敷科学センター

 倉敷科学センター見学。お目当てはプラネタリウム投影機、五藤光学GSS-HELIOS。
 この夏休みいっぱいで引退が決まっていて、一球式の大きな姿はドーム内でも存在感抜群。
 倉敷科学センターが開館した1993年から稼働している機械で、既に25年目。この手の機械は長くても20年程度で更新されることが多いので、25年は大健闘というよりご老体を駆使しての最後のご奉公です。

 科学センターは公共交通機関ではちょっと不便な場所にあり、鉄道ではアクセスできず、JR倉敷駅から1時間に1〜2本のバスを利用して、最寄りのバス停からも徒歩20分です。この日はバスが遅れて、科学センターに到着したときには展示室を見学する時間がありませんでした。

 少しばかりの空き時間に、ロビーから見える全天周映像の映写機を見学。現在の全天周映像といえば得じたるプロジェクターによる投影が標準ですが、倉敷はおそらくは国内最後のフィルム式の映写機。70mmフィルムがグルングルン送られます。

 プラネタリウムは火星の番組とのことでしたが、投影機の不調でファミリー番組へ差し替え。
 番組は「イヌの天文台長・チロ物語」。かつて読書感想文課題図書ともなった『星になったチロ』のプラネタリウム版です。冒頭でガシャコンガシャコンとスライドプロジェクターの音が響き渡るのが懐かしい。
 でも番組が始まると、静止画のスライドで構成されているのを忘れてしまうほど物語に引き込まれます。本田實さんのチロ賞のエピソードを挟んだり、地元岡山との接点もきちんと描いているのも素敵。

 私は子どもの頃に『星になったチロ』を読んで、藤井旭さんの様々な本に育てられた世代。白河天体観測所はずっと憧れの場所でした。その観測所も東日本大震災の後に店じまい。物語の登場人物も、国立科学博物館で活躍された村山定男先生はじめ幾人もが天上の人となり、人も思い出も少しずつ星の向こうの世界になっていきました。

 私も今は星や宇宙が好きな仲間がたくさん出来て、一緒に星見に出かけたり、宇宙のことを語り合ったり、楽しい時間を過ごしています。 星を肴に仲間とワイワイ過ごすのが大好きなのは、もしかすると子どもの頃に読んだチロの物語に何かの影響を受けたせいかもしれません。

 そんなこんなを思いながら、ヘリオスの星空と、チロと星仲間の物語を見上げていました。
 スライドの番組はデジタルプロジェクタの全天周映像に移植するのが難しいものも多いそうで、最後の最後にチロの物語を見ることが出来たのは偶然とはいえ素敵な幸運だったと思います。
 9月2日まで無事にお務めを果たされんことを!

追記)GSS-HELIOSは9月2日、無事に最後の投影を終えて引退しました。
posted by ふくだ at 23:50| Comment(0) | プラネ/天文台/科学館

倉敷美観地区

 倉敷美観地区は6年ぶり。以前、はやぶさの帰還カプセルの特別展を倉敷で開催した際に立ち寄って以来です。その前には高校の修学旅行で寄ったことがあるのですが、そもそも当時はなぜ倉敷に立派な町並みがあるのか知らないままで(何のための修学旅行だ)、大原美術館のエル・グレコの絵を見た記憶だけ残っています。

 しかしこの日は暑かった。猛暑の日の続いたこの夏。この日の気温もかる〜く30℃超。
 商店街にはられた八代亜紀のポスターが白亜紀に見えるくらいぼーっとしてました。

 とりあえず食べるものということで、名産の桃を使ったパフェ。いいんです別腹からのスタートでも。美観地区の運河を見下ろしながら一服。

 かつての紡績工場を転用したアイビースクエア。もともとは代官所があったところで、当時の堀が残っています。
 煉瓦の建物は工場跡で、かつては北向きの採光窓があったのですが、現在は塞がれています。イギリスの緯度の設計のまま日本で建てたので夏至近くなると天頂付近から直射日光が差し込んで辛かったとか(ブラタモリ情報)。

 美観地区の一角にある阿智神社からの眺め。小高い丘にあり、重厚な建物が並んだエリアを一望のもとに見ることが出来ます。
 どういう縁か、算額や方位盤も飾られています。方位盤の矢印はその年の恵方を示しているのだそう。

 商店街のあちこちに飾られている子どもたちの書道作品。題材が素敵。

 アイビースクエアに展示されている岡本画伯の倉敷鳥瞰図。
 街の中の案内板にも活用されていて、鳥瞰図が実際に活用されているのは素晴らしいです。
posted by ふくだ at 23:49| Comment(0) | 地図と地理と遠出

岡山県生涯学習センター 人と科学の未来館サイピア

 岡山市にある「人と科学の未来館サイピア」。駅から少々離れた場所にあり、後楽園からはバスで移動。
 ロビーには旧投影機のミノルタMS-15の展示もありました。
生涯学習センターの施設ということで、展示は少なめながら、ワークショップのスペースが大きく取られています。

 投影機は五藤光学クロノスII。全編生解説の星空案内の回で、夏の星空を満喫しました。 投影終了後にクロノスIIの写真を撮っていたら、解説員の方がライトアップしてくださいました。モリソン型の投影機をスッキリさせたような形が面白くて好きな投影機です。
posted by ふくだ at 23:48| Comment(0) | プラネ/天文台/科学館

後楽園

 日本三名園といえば、金沢の兼六園、水戸の偕楽園、そして岡山の後楽園です。
 茨城県出身の私には偕楽園は小学校の遠足で行くほど馴染み深いものですが(梅の実は見たけど梅の花は見たことない)、兼六園と後楽園は未訪問のままでした。

 さて後楽園。江戸時代に岡山城主となった池田氏が築いて代々受け継いできた庭園です。
 最初に驚いたのは芝生の広大さ。ちょっと日本庭園離れした雰囲気です。初期は田畑が広がっていたのだとか。

 「後楽園」の名前は明治に入ってからのもので、江戸期には岡山城の背後にあることから「御後園」と呼ばれていたそうです。

 東京にも「後楽園」がありますが、こちらは水戸藩の上屋敷内に作られたもの。岡山の後楽園と区別するために「小石川後楽園」と通称されていて、後楽園球場や後楽園遊園地などの命名由来になっています。
 ついでながら水戸の偕楽園も水戸藩がつくったもの。
 加えて小石川には江戸幕府が作った小石川植物園(御薬園)があり、私は一度、小石川植物園と小石川後楽園を間違えて見学したことがあります。ややこしや。

 というわけで、地元岡山の方と会話しながら、「このあと偕楽園へ行きます」と素で喋って「?」という顔をされることが度々。「すいません茨城出身なもので」と説明すると笑いながら流して頂きましたが、その節は大変失礼いたしました。

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posted by ふくだ at 23:47| Comment(0) | 地図と地理と遠出

岡山城(岡山県岡山市)

 岡山市には高校の修学旅行で泊まったことがありますが、泊まっただけで市街には全く出ていません。
 四国と山陰の鉄道結節点なので、旅行中に何度も通過はしたのですが、これまた降りたことがありません。
 ということで事実上はじめての岡山市です。

 さて岡山城。
 戦国屈指の謀略家・宇喜多直家の居城であり、関ヶ原で華麗な寝返りを決めた小早川秀秋の居城です。江戸時代は池田氏が治めますが、宇喜多・小早川がどうにもアクが強い印象です。

 黒い五層天守がシンボルで、別名が「烏城」。天守台平面が五角形ながら上階で四角になる変わった建物で、安土城天主(天守台平面が七角形)に範をとったとも言われています。残念ながら第二次大戦の空襲で焼失し、現在の建物は戦後の復興天守。内部は資料館になっていますが、戦災で焼けたお城は当時の資料もろとも失ったところが多く、岡山城も城の歴史を苦労しながら展示されていました。
 本来の玄関は天守左側に接続する白い櫓にありましたが、再建時に現在の位置に移しています。天守台の石垣を削ったのかな?。 南側から見ると堂々たる姿。
 お城の東の川側(後楽園側)から天守を眺めると、四角でない平面形の姿がよくわかります。建物の奥行きが薄く、上部はほっそりとした印象になります。

 本丸は幅の広い水堀で囲まれています。堀の周りの石垣も低く、平城かと思っていましたが、本丸内部は比高10m以上ある小山になっています。なるほど「岡山」の名にふさわしい地形。本丸の中で通路が複雑に折れ曲がり、本丸内部だけでも独立した城郭としての防御力を保持しています。

 天守直下の月見櫓は当時の建造物で国指定重文。本丸の2つの門は復元建造物です。

 元は三の丸まで5重の堀で囲まれた広い城郭でしたが、明治以降、本丸を残して市街化してしまいました。本丸だけだとさほど大きな城という印象を受けないので、ちょっともったいない感。それでも二の丸あたりは市街地の中に石垣が残っていて、頭の中で塁線を繋いで往時の様子を偲べます。将来的に残存石垣の周囲を公園として整備してくれると、より城の姿を思い浮かべやすくなるのではないかと夢想。
posted by ふくだ at 23:46| Comment(0) | お城

岡山・倉敷紀行

 7月上旬の大雨で大きな被害の出た岡山ですが、岡山市街や倉敷市の美観地区は被害も軽微で、すでに通常通りの営業体制に戻っているところがほとんどです。が、観光客の足は遠のいたまま、という話を聞き、出かけることにしました。

 被災地として倉敷市の名前が連呼されているのですが、今回甚大な被害を受けたのは平成の大合併前は真備町という別の自治体でした。倉敷といえばどうしても倉敷市の中心市街地を思い浮かべますし、広域自治体の場合の被災情報の伝え方はまだまだ課題があると思います。

 さて今回は久々に青春18きっぷで出発。
 岡山に8時半頃に着く日程を組んだのですが、姫路でトラブル。なんと車両の冷房が故障して、「熱中症予防のため運休」とのこと。以前なら冷房が壊れたくらいならお断りのうえで走らせたものですが、今年の猛暑は電車をも止めてしまいます。

 姫路07:05→岡山08:33の列車が運休となり、一本後の姫路07:31→岡山09:08に予定変更。これぞ18きっぷの旅。
 今回は岡山城→偕楽園→人と科学の未来館サイピア(岡山県生涯学習センター)→倉敷美観地区→倉敷科学センターとプラネタリウムの投影を2回込みの予定。プラネタリウムの時間は動かせませんから、その前のどこかで調整せねばなりません。
 はてさてどうなることやら。
posted by ふくだ at 23:45| Comment(0) | 地図と地理と遠出

2018年07月16日

月と金星

 2018年7月16日19:54〜(神戸市垂水区)。NikonD5500+16-85mm→16mmF3.8,ISO1600 1/6秒露出 手持ち撮影。
※クリックすると拡大画像を見ることが出来ます。

 あまりの暑さに日中は家から一歩も出ずに過ごしたのですが、月と金星のランデブーだけ見に出かけました。
 薄雲に夕焼けが映えて、思いのほか見事な眺めでした。

 RAWで撮影したので、少し色味を強調してみましたが、色合いはこの雰囲気で、マゼンタがかった素敵な夕焼けでした。
posted by ふくだ at 23:45| Comment(0) | 星空観望

2018年07月15日

星見行(7月14-15日)

 網状星雲。はくちょう座の超新星残残骸
 2018年7月14日22:22〜(兵庫県神河町)。NikonD5500+ミニボーグ60ED+1.08倍フラットナー(f=378mm,F6.3) ISO1600 露出8分×16枚合成(総露出時間128分) ビクセンAP赤道儀+M-GENにて追尾。
※クリックすると拡大画像を見ることが出来ます。

 CANP2018に参加した後の初撮影。
 南天方向は光害の影響が出るため、東天から天頂付近の天体ということで網状星雲を選択。
 低めの感度設定で長めの露出時間、多くの枚数を合成してノイズを抑える方向。今回は初めてダーク画像とフラット画像を撮っての合成です。合成には「Deep Sky Stacker」、後処理には「Flat Aide Pro」を使用。
 作品作りをされる方は2晩も3晩もかけて撮影されるのですが、私はそこまでの辛抱強さはなく、また赤道儀が子午線を超えない範囲ということで16枚合成としました。
 
 撮影はオートガイダーとインターバルタイマーに任せているので、その間は20cmドブソニアンでの天体観望。
 メシエ天体はほとんど余裕で見えるどころか、球状星団はツブツブに、散光星雲は形と濃淡が分かり、銀河も形がわかって、大したものでした。30cm・40cm級のドブソニアンは何度も見せて頂いたことがあって、20cmだと見劣りするかなと少し不安だったのですが、全くそんな事はありません。集光力ってすばらしい。

 見た天体で覚えているのはM4、M6、M7、M8、M13、M16、M17、M20、M27、M31、M32、M45、M57、M101、M110あたり。ほとんど星図がなくても導入できるような天体ばかり見ていました。ちゃんと星図見ながらならば、一晩でメシエハーフマラソンくらい行けるかも。

 木製も土星も素晴らしかったのですが、火星は相変わらず模様がよくわからず、なんとか極冠らしきものが見えるだけ。写真撮影されている方によれば砂嵐は収まりつつあるというのですが、眼視ではまだまだのようです。

 湿気が多くてガス気味な天気だったこともあり、夜露で副鏡がすぐに曇ってしまうことには閉口しました。そよ風が吹くと曇りが取れるのですが、無風状態だとすぐに結露します。
 主鏡は全く曇らないのが意外でしたが、副鏡のほうが体積が小さいぶん、放射冷却で冷えてしまうようです。これは対策が必要と感じました。
posted by ふくだ at 23:45| Comment(0) | 星空観望

2018年07月09日

Sky-Watcher DOB 8" 2ndライト

 今回は横着せずに玄関の外に出しました。
 20cm鏡での土星は、眼視だとカッシーニの間隙が余裕で全周見えてます。衛星もたくさん見えます。予想以上の見え具合にちょっとびっくり。
 日本にドブソニアンが入ってきたのは前回のハレー彗星の回帰前後だったと思いますが、当時は低倍率での星雲星団観望用という印象が強いものでした。フリーストップの架台で高倍率で惑星観望をする発想がなかったのかもしれませんが、意外に手動での追尾も何とかなるものです。
# さすがに写真は厳しいですけど。

 M57はやっとこリングが分かる程度。高倍率に耐える惑星状星雲とはいえ、神戸の空ではコントラストが今ひとつ。これは空の暗い場所で見たい天体。

 アルビレオは背景に微光星がいっぱいで見事。街中観望でも口径が大きいのは素敵です。

 火星むちゃくちゃ明るい。シーイングもまともですが、模様らしい模様は見えず、極冠だけかろうじて判別できる程度。砂嵐がまだ収まっていないのでしょう。
posted by ふくだ at 23:45| Comment(0) | 星空観望