2017年11月30日

3D球体パズル天球儀セレスティアルグローブ(540P)

 KAGAYAさんのイラストの天球儀。
 3D球体ジグソーパズルで、直径30.5cmの960ピース、直径22.9cmの540ピース、直径15.2cmの240ピースのラインナップ。実は天球儀は既に型落ちしていて、流通在庫のみの扱いになっています。

 天球儀は現代では実用上の意味はほとんどなく、実質的に装飾品です。KAGAYAさんのイラストならパズルでない普通の球体の天球儀が出たら買うのにな、と思っていたのですが、その気配はないままパズルも終売になりつつあり、今さらながらに入手しました。
 気持ちとしては960ピースに挑みたかったのですが、完成品の置き場所に困るのは必定。ということで540ピースに挑戦。これでもサッカーボールやバレーボールより一回り大きなサイズで、十分な存在感です。




 半分組むあたりまでは苦労しましたが、その先はサクサクと組めました。動物や神話の登場人物より、大航海時代以後に置かれた機器類の星座のほうが手がかりになったのは面白いところ。あと南天から組み始めたのも序盤で地獄を見た要因。馴染みのある北天から組んだほうが楽できたなあ。

 帰宅後の時間をほとんど制作に費やして、5日間で完成。
 素晴らしい天球儀が出来たのですが、私の部屋の雰囲気から浮きまくっているのが最大の課題。
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2017年11月27日

おんな城主直虎 第47回「決戦は高天神」

 今回は之の字の回でした。

 冒頭。岡崎家臣団に腹の底をぶちまける家康。信康事件は徳川家の大激震にも関わらず、家臣団からはほとんど処罰者を出していません。家康はこういう時の事態収拾はうまいのです。万千代を通じて、直虎がかつて百姓とジタバタした一件を持ち出すのは脚本の妙。

 今週は政次の回想シーン出てきましたけど、おとわと之の字なら政次の記憶を共有してるから不自然じゃない。先週は政次の名前すら出さなかったのに、この使い分けがすばらしい。

 紛れ込んだ間者をあぶり出すのに高瀬の一件が鍵になったり、材木調達がすっかり井伊谷の得意技になっていたり、これまで描いてきたことがここに来て繋がってくる。之の字の「砦の数は少ないほうがいいんだけどね。切った木が生えるのに何十年もかかるから(意訳)」なんて、長篠のあとの甚兵衛さんを思い出す。

 之の字は初登場の頃は直虎に失礼なことを言いまくって、ほんと今までよく堪えてついてきた。直虎は大河の主人公にしては地に足の着いたほうだけど、それでも家臣からすれば無茶な殿様だった。でも之の字が殿の頼みを断るわけないじゃないですかー。分かってましたよ。

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2017年11月26日

星見行(11月25-26日)

 友人と誘い合わせての星見行。
 ここしばらく、新月前後の週末は天気が崩れることが多く(10月に至っては台風ですよ!)、しばらく星見に出ていませんでした。
 今月も新月の11月18日晩は曇り。祝日前の22日は雨で出動ならず。
 週末の25/26日にかけても曇りがちの予報。星見人ご用達のGPV気象予報の雲量では絶望的な雲の量。これは今回も難しいかなと思っていたのですが、24日(金)になってから少しずつ予報が快方に向かっていきます。
 25日(土)昼の時点では翌26日(日)朝まで晴れマーク。GPV予報でも雲量が下がってきました。

 「雲は多そうだけど、晴れ間がないわけではない。雲の量によっては写真は難しいかもしれないけど、観望ならいける」と判断。
 現着の21時頃は雲が多かったものの、22時半頃から晴れ間が増えて、2時頃までは星見を楽しめました。晴れている間も小さな雲が流れていたので、写真の枚数は稼げませんでしたが、透明度はよく、よい星見になりました。
# 写真はインターバルタイマーにおまかせでシャッターを切って、あとで雲がかぶったカットを削除。

 山上の夜はすっかり冬で、夜露が降りたかと思えばすぐに凍りつき、撤収時は機材が氷でキラキラ輝いていました。

 以下、写真はクリックで拡大します。

M45プレアデス星団。2017年11月25日(兵庫県神河町にて)。NikonD5500+ミニボーグ60ED+1.08倍フラットナー(f=378mm,F6.3) ISO 6400 露出120秒×4枚合成 ビクセンAP赤道儀にて追尾。

 M31アンドロメダ銀河。2017年11月25日(兵庫県神河町にて)。NikonD5500+ミニボーグ60ED+1.08倍フラットナー(f=378mm,F6.3) ISO 6400 露出120秒×8枚合成 ビクセンAP赤道儀にて追尾。

 M42オリオン大星雲。2017年11月26日(兵庫県神河町にて)。NikonD5500+ミニボーグ60ED+1.08倍フラットナー(f=378mm,F6.3) ISO 6400 露出120秒×8枚合成 ビクセンAP赤道儀にて追尾。

 夏に比べるとカメラのノイズが少ないのが分かります。
 馬頭星雲も狙ったのですが、薄雲がかかって断念。バラ星雲も同じく断念。
 これ以上、写りを上げるには露出時間を伸ばすしかないのですが(カメラの感度はISO6400が実用限界)、そうなるとオートガイドが要るなあ。
 もしくはレデューサを入れるという方法もあって、焦点距離を短くして露出時間も伸ばせて、Fも明るくなるので一石二鳥。

 何れにせよしばらくは現在のシステムで狙える天体を撮っていきたいと思います。
 かつては夢の世界だった星雲星団の直焦点撮影が手軽にできるのが楽しくて仕方がない。

 あとは星座の写真も撮っていきたいのですが、なかなか手が回りません。
 空のきれいな場所に行ったら写真だけでなく観望もしたいですし。夜が24時間位あればいいのに(待て)。

 なお帰路、SAで仮眠を取っている最中に車のバッテリーを上げるというトラブルをしでかしました。
 エンジンを切って寝ていたのですが、ライト点けっぱなしは警告音が鳴るはずだし、停車時にエアコンを消し忘れた可能性が高そう。停車前にエアコンは最弱にしていたので、やかましいSAの駐車場でエンジン切った後も送風音に気づかなかったのはあり得そう(自覚はない)。スマートキーの車だと電装系までOFFにしたかどうか分かりにくいので、以後気をつけねば。
# ロードサービスのお世話になりました。
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2017年11月23日

全国一斉 熟睡プラ寝たリウム 2017

 2011年から始まったこの企画。ついに7回目です。
 明石では一昨年からこの日の投影すべてが熟睡仕様。今回は朝から晩まで眠りまくることにしました。前の晩は夜更かしして睡眠時間3時間。寝る気満々で気合い入れまくりです(いろいろおかしい)。

 今年の「いびき席」壁にも掲示を出して存在感抜群。
 1回目は上原さんの投影。テーマは「星空散歩とアルゴ座の物語」。 アルゴ船のアの字も聞かぬまま撃睡。気がついたら南天の星空から北半球に戻るところでした。

 2回目は、かつて「眠りの伝道師」として熟睡プラネタリウムを担った経験もある鈴木さん。柔らかいボイスは普段から眠りを誘うとの一部での高評価。私といえばいびき席の本領発揮(してたらしい)。星が出る頃にいびきをかき始め、解説が終わってそろそろ夜明けというタイミングでいびきをやめた(らしい)。「福田さんの寝るタイミングすごいですね」とまで言われました。
 鈴木さん、なんかギリシア神話の話をされていたようなんですよ。ほとんど覚えていませんけど。

 3回目は兼吉さん。落ち着いた雰囲気の解説に定評のある堅実派。夕方暗くなるまでは記憶がありました。次に気が付いた時は東の空から火星が昇ってきました。間の記憶は全くない模様です。 昼ご飯の後だし、ほら、仕方のないことですよ。

  4回目。石井さん。夕暮れから満天の星空、星座解説を聞きながらウトウトして、熟睡しかけたところでドーム内の子どもが声を上げたりして、この回だけは熟睡せずにウトウトのままでした。なお気がついた瞬間は夏の南半球の星空。ついでに本来なら太陽の出ている昼間の時間帯の空を投影していたので、本気で「いまはいつ!? ここはどこ!?」状態。でも目が覚めてる間は素晴らしい投影でした。

 5回目。井上さん。この回だけはいびき席を離れて参加。しかしながらクラシックのBGMにあえなく撃沈。ついでにいびきもかいてたそうです(すみません)。投影の終わりかけ、南天の地平線上に南十字星。また南天に行ったのかなと思いきや、「それでは時間を元に〜」と井上さん。ははーん、後ろを振り返ると、現在の北極星こぐま座α星が天の北極にありません。動いてたのは歳差軸か。これは起きた時の事態把握の難易度が高い…

 6回目。西山さん。心地よいBGMと語り口。よく寝ました。起きてた友人の女性陣は大絶賛の投影。私は何も覚えていませんけど。これだけ寝て夜大丈夫? と心配されましたが、たぶん大丈夫です。

 というわけで、熟睡プラ寝たリウム2017まとめ。 6投影中、5熟睡・1ウトウト・0完徹。目的は達成されたと評価します。
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2017年11月19日

おんな城主直虎 第46回「悪女について」

 信康事件は徳川にとって最高に後味の悪い決着となりました。この脚本家ほんまに鬼やわ(毎週言ってる)。

 最近有力視されつつある解釈は、家康の浜松派と岡崎の信康派が対立し、信康派がクーデターを計画していた(瀬名も連座)のを家康派が未然に防いだという説。酒井忠次が信長の元に派遣されたのは、信長の娘婿の信康を斬ることについて伺いに行ったもので、信長の「好きにせよ」は「織田への遠慮は無用」の内諾の意という話。
  後世から見ると滅んだ武田との内通はバカバカしいようですが、当時の徳川は三河・遠江2ヶ国に対し、武田は長篠で負けたとはいえ、甲斐・信濃・駿河に上野半分を抑えた大大名。まだまだ侮りがたい勢力です。

 信康は後の史書でも悪くは書かれない人で、家康も後々、その器量を惜しんだとされています。後に東照宮の神さまになった家康を顕彰する立場からは、「息子殺し」は不本意でやむを得ない出来事としたかったのでしょう。 信康の命日の9月15日は後に関ヶ原の戦いが起こる日です。時代劇で家康が「信康が生きておれば…」と呟くのは定番の描写。

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2017年11月13日

おんな城主直虎 第45回「魔王のいけにえ」

 信康事件、来週へ引っ張ったか。

 信康の正室の徳姫(信長の娘)から織田に信康の悪行を伝える書状が届いて、それが事件のきっかけとなったのが通説。弁明の使者に酒井忠次が選ばれて、でも忠次は信康の「罪」を認めてしまいます。忠次ほどの重臣が「うん」と言ってしまった以上、徳川としては信康の処断は避けられなくなりました。
 一方で最近は信康(岡崎派)が家康(浜松派)に対してクーデターを計画し、これを未然に防ぐために信康を処断したという説も出ています。
 今回は通説を取りながら、浜松と岡崎の対立も描きこんできました。

 信康は岡崎の家臣に「必ず戻ってくる」と言ったけど、彼は聡明なのでなぜ濡れ衣を着せられたかも分かってるし、戻ることがないのも分かってる。家康は信康がすべてを理解した上で岡崎の家臣に芝居打ってるのを分かってて、あえて黙って信康の後ろ姿を見つめている。鬼じゃこの脚本家。

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2017年11月12日

富山→大阪

 北陸新幹線初乗車。正確には長野新幹線時代に上野から長野まで乗ってますが(東京からだったかな?)、金沢延伸区間は初めて。富山-金沢間が23分。速い!
 この車両はE7だったかW7だったか。

 これは、スーパーメカ・サンダーバードで、北陸の人々が大阪へ向かう、国際救助隊の物語である。
 元は特急「雷鳥」でしたが、新型車両の導入に伴って「サンダーバード」になりました。ライチョウの英名は"Rock ptarmigan"なのに、何で直訳(?)しちゃったのでしょう。
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富山の食べ物

 夜行バスを降りた富山駅にて。朝食は駅そばの立山そば。

 お昼は富山駅で調達した「ますのすし」を富山地鉄の車内で。駅弁フェアなどでおなじみの商品。

 ルマンドアイス。当時はまだ近畿地方では発売されていませんでした。味はまあ、想像の通り。

 翌日のお昼。宇奈月駅で調達した「炙りますのすし」。香ばしくて美味しい。

 午後。黒部市吉田科学館の自販機に入っていた「黒部の氷筍水」。長野・大町側から黒部ダムへ向かうトンネルの破砕帯で出る水を詰めたものだそうです。

 夕食。富山駅前で「富山ブラックラーメン」。醤油の量間違えたんじゃないかというくらい強烈に塩辛い。ご飯を別途頼んで、ラーメンをおかずにして食べるのがスタンダードだとか(本当か!?)。炭水化物+炭水化物+塩分過多。
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魚津埋没林博物館

 魚津といえば埋没林と蜃気楼。
 蜃気楼は季節外れ(春から夏にかけて)なので埋没林を堪能しにいきます。

 よく写真で紹介される水没した木の根は、発掘調査のあとに保存のために水浸しにしたのだそう。元は砂礫に埋もれていて、海水面下ながら真水の帯水層に浸った状態だったそうです。私は海底に林が沈んでいて、海に潜れば木の根っこがうねっているのかと思っていましたよ。

 こちらも実際の発掘現場を保存した展示施設。なんというか富士の樹海みたい状態を想像していたので、もっとうじゃうじゃしているのかと思ったら、意外に間が空いています。想像していたより現物のほうが地味、とはいえ、かつて林だった土地が海面下に沈降しているのですから(しかもそう古くない時代に)、面白いものには違いありません。
 2枚目の写真、奥のコンクリ壁に標高0mのラインが水色で引かれていて、埋没の様子がよく分かります。

 調査が行われる前の再現模型。砂浜に切り株が点々としていて、なるほどかつてはこんな雰囲気だったのかと。
 地元の人には知られていたけど、戦時中には引っこ抜いて薪に使われたりしてたそうです。「埋没林」という知識を持ってみているから貴重なものと分かりますが、そうでなければ古い木の根にしか見えないでしょう。意外にそんな扱いだったんだなあ。

 魚津埋没林博物館の企画展「河原の石ころ展」。ぱっと見は地味なのですが、水系ごとに転がっている石が違って、上流の地質を反映していて、すごく面白いです。前の日に黒部川の川原を見てきたばかりなので、答え合わせしてるみたいでした。

 受付においてあったブックレット。そういえば米騒動発祥の地は魚津でした。 日本史に名を刻んだ街の一つです。
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魚津城(富山県魚津市)

 魚津城跡。 現在は小学校の敷地となり、遺構らしい遺構はありません。
 戦国時代末期は上杉氏の持ち城でしたが、柴田勝家率いる織田方の攻撃が1582年3月から断続的に続きます。上杉景勝も援軍を率いて救援に向かい5月15日に城外に到達しますが、本拠の春日山城を信濃の織田勢が窺う勢いとなり、5月26日に撤退。そして6月3日、落城を悟った上杉方の守将12人が自刃して終局を迎えます。

 ところがこれが本能寺の変の翌日。直後に信長死すの報を受けた柴田勢は、落とした魚津城を放棄して撤退。
 城は再度、上杉の手に戻るのでした。

 その後なんやかんやあって、上杉は越中から手を引き、さらになんやかんやあって、加賀前田氏の領地となります。
 魚津城は廃城となりますが、江戸期を通じて堀は維持され、いざという時に機能を発揮する状態だったと言われています。

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posted by ふくだ at 23:47| Comment(0) | お城