2019年05月16日

五色塚古墳

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 大阪の百舌鳥・古市古墳群がユネスコの世界遺産に指定される見込みとなりました。
 界隈が古墳で盛り上がっているので、近所の五色塚古墳を見学してきました。

 五色塚古墳は神戸市垂水区にある前方後円墳で、墳丘長は194mあり、兵庫県内では最大。全国では40位前後の大きさですが、古代大和政権の中心だった奈良・大阪以外の地域で五色塚より大きな古墳は、岡山・群馬・京都に2つずつあるだけです。つまり地方勢力ではかなり優勢な勢力が明石・垂水の一帯に根を張っていたことになります。
# 「40位前後」というのは古墳の大きさは資料によって数mの差があるため。

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 五色塚古墳は全国に先駆けて古墳築造当時の景観の復元整備が行われたことでも知られています。
 古墳というと鬱蒼と生い茂る森のイメージがありますが、これは築造から1400〜1500年も過ぎた後の姿で、完成した当時の巨大古墳は葺石で覆われた石の丘陵でした。
 五色塚古墳は1965年から1975年まで、10年の歳月をかけて調査と復元工事が行われました。戦前は松林だった五色塚も戦後の食糧難の時代に開墾され、畑地になっていました。改変が進んでしまったと思われていた古墳ですが、いざ調査が始まると、予想以上に良好に遺構が残っていて、当初の部分発掘の予定を変更して、大規模な発掘調査となりました。

 現在でこそ他にも当時の様子を復元した古墳が増えましたが、五色塚古墳はその先駆的存在で、私の時代の中学高校の歴史の資料集には、たいてい五色塚古墳が写真付きで紹介されていました。

 古墳は3段の土盛りで築かれていますが、石積みが復元されているのは2段めまで。当時は最下段も石が葺かれていたのですが、最下段は小さい石が使われていたため、そのまま復元しても崩落の可能性が高いことから芝生を貼っての整備となっています。
 隣の小壺古墳は芝生貼りですが、こちらは発掘で石が葺かれていなかったことが分かっています。

《参考》
史跡五色塚古墳復元・整備事業概要(1975,1989改定)神戸市教育委員会
史跡五色塚古墳 小壺古墳 発掘調査・復元整備報告書(2006)神戸市教育委員会
# 概要の方は図版も多く文章も簡易で一般向けです。
 
posted by ふくだ at 23:48| Comment(0) | 神戸のできごと

地球から見たスペースコロニー

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 人類が、増え過ぎた人口を宇宙に移民させるようになって、既に、半世紀が過ぎていた。地球の周りの巨大な人工都市は、人類の第二の故郷となり、人々は、そこで子を産み、育て、そして死んでいった。
「機動戦士ガンダム」冒頭ナレーション
 アニメーション「機動戦士ガンダム」が放映されたのは1979年で、2019年は放送開始40年になります。宇宙移民者の独立戦争が物語の背景にあるのですが、その人工都市がスペースコロニーです。

 劇中に登場するのはジェラード・K・オニールが提唱した「アイランド3」と呼ばれるタイプで、巨大な円筒の内側に人工の地面をつくり、円筒の回転による遠心力で模擬重力を得るものです。
 地球と月の重力が均衡するラグランジュ・ポイント付近の軌道に設置されるので、地球からの距離はおよそ月と同じ。コロニーの大きさは諸説ありますが(長期にわたる作品なので設定にブレがある)、今回は直径6km、長さ36kmとしました。

 月面で言えばティコ・クレーターの直径が約85kmなので、スペースコロニーも小さな望遠鏡で十分見える大きさです。スペースコロニーの反射能が地球と同じとすると、単位面積あたりでは月の3倍明るいので、天体観測のじゃまになりそうです。
 40基くらいのスペースコロニーが群れで設置されるので、影響は現在の静止衛星の比ではありません。

 スペースコロニー内部への採光は巨大なミラーで行います。このためコロニーは常に太陽方向を向いて回転するようになっています。
 地球から見て満月方向にあるときは、ミラーに反射した円筒内部の地面が見えるはず。一方、コロニーを横から見る半月方向にあるときは、光が当たる面があまり見えないので、意外に暗いかもしれません。
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和歌山市立こども科学館プラネタリウムリニューアル(3月14日)

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 この3月にリニューアルした和歌山市立こども科学館のプラネタリウムを訪問。
 新しい投影機はコニカミノルタのコスモリープΣ。最新の投影機らしく、落ち着いた星像で、ドーム径以上に空の広がりを感じるような星空でした。投影は星空案内とKAGAYAスタジオの全天周映像「星の旅」。こども科学館の年齢層を意識してか、日本語字幕付きの上映なのが新鮮でした。
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 ドーム内の椅子も交換されて、雰囲気がすっきり現代的になりました。

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 プラネタリウムのロビーには、2018年まで和歌山市立こども科学館で使われていたミノルタMS-10投影機が展示されています。
 引退した投影機の展示自体は珍しいものではないのですが、和歌山の展示はすごい。現役時代から投影機の各部に役割を示すラベルが貼られていたのですが、ロビーのガラスケースの中にMS-10の全てをつめこもうとしているかのようです。静かなる熱量と半端ない情報量。

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 写真は載せますけど、これはぜひ実物を見てほしい。見れば見るほど引き出しが開くような、そんな展示です。

20190314wakayama021.jpg 旧和歌山市天文館に設置されていた金子式プラネタリウム。下のモニタ(ブラウン管!)では、和歌山天文館と運営していた高城武夫さんを紹介するビデオが上映されています。

posted by ふくだ at 23:46| Comment(0) | プラネ/天文台/科学館

雑賀城(和歌山県和歌山市)(3月14日)

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 雑賀衆といえば戦国時代の和歌山市のあたりに勢力を置いた国衆の連合で、鉄砲の名手と伝えられる雑賀孫市(鈴木孫一)の名が知られています。

 雑賀城は雑賀衆の有力武将、鈴木重意(孫一の父)が築いたと言われていますが、現在は遺構らしい遺構は残っていません。頂上に妙見堂の祠があり、削平地ではありますが、当時のものか後で削ったものかわかりません。
 山全体が緑泥片岩の塊で、同じ方向に割りやすい石なので石垣の材料には苦労しないはずですが、一時的な陣地に使った程度で、地形に手を加えるほどの築城はなかったのかもしれません。ちなみに後に築かれる和歌山城も古い石垣は緑泥片岩です。
posted by ふくだ at 23:45| Comment(0) | お城

2019年05月13日

神戸市街の空をゆくカノープス(1月26日)

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2019年1月26日21:13〜36(神戸市中央区錨山)
NikonD5500+Nikkor18-55mmF3.5-5.5GII→34mmF8,ISO400
4秒露出×323枚比較明合成
 神戸港と関空・神戸空港への空路が写る場所なので、飛行機と船は合成段階で消去しています。市街地部分は単純な比較明合成だと窓の明かりの明滅や道路の自動車、列道の列車の光がすべて重なって明るくなりすぎてしまうので、最後の1コマの画像だけを合成しています。

 星とも天体写真部の有志で、カノープス(りゅうこつ座α星)の撮影にでかけました。撮影地は神戸港を見下ろす市章山・錨山。車に分乗して出かけました。
 市章山・錨山は六甲山系の山で、市街地から見ると名前の通り神戸市の市章と錨マークが電飾で浮かび上がる山です。主稜線よりだいぶ手前にあり、ハイキングでこそ行ったことはありますが、星を見ようとは思ったことのない場所なので、市街地の夜景含めて新鮮でした。
 安全に実施できたのは事前のリサーチあってこそで、何度もロケハンしてくださった@yat_raさん、そして車を出して頂いたみなさまに感謝です。

 この日は強い冬型の天気で、日本海側の雲が本州を乗り越えて瀬戸内まで流れてきてしまうパターン。どうなることかと思ったのですが、南天の低空の雲が切れてくれる時間帯があり、カノープスを撮影できました。
 終了間際には雪が降りはじめ、予定時間を繰り上げての撤収。大わらわではありましたが、みんなでワイワイ楽しい撮影会でした。
# アクセス道路が22時で通行止めになるので、もともとそれまでに下山予定でした。
posted by ふくだ at 23:45| Comment(0) | 星空観望

2019年05月12日

軌道星隊シゴセンジャー皐月場所

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 2019年度最初のシゴセンジャー。
 シゴセンジャーの投影は、ブラック星博士とシゴセンジャーがクイズで戦うという基本の流れはあるものの、毎年少しずつ趣向が凝らされています。昨年は「しごまる」が大活躍しましたが、そういえば今年はどうなるんだろう? と思っていたら、奴がいたのでした。

 クイズアタックの答えを求めて、ドームスクリーンはよもやの展開。
 大きなお友達は大爆笑、小さなお友達も巻き込まれて爆笑。
 拍手喝采とともに、ブラック星博士は退散していったのでした。

 なお冒頭の写真は投影内容と一切関わりはありません(ブラックホールのネタは毎度)。
posted by ふくだ at 23:45| Comment(0) | 明石市立天文科学館

2019年05月09日

花北観望会(2019年5月)

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 姫路市は野里駅前の水上公民館で季節ごとに行われている花北観望会。
 公民館の入っている施設が「花の北市民広場」なのでこの名があります。2003年の火星大接近の際に始まり、当初は路傍の観望会でしたが、やがて公民館の行事となって今に至ります。

 今回の参加者は十数人。
 昼間はどんよりした天気でしたが、夕方からすっかり青空が広がりました。

 いつもの流れで、まずは会議室での星のお話からスタート。明石市立天文科学館の井上館長が講師役で、今回のテーマは「平成の天文現象を振り返る」。古くはシューメーカー・レヴィ第9彗星の木星衝突から、近くは2012年の金環日食まで、思い出話に花が咲きます。参加者が見たこと有る無しを挙手しながら進んだのですが、百武彗星やヘール・ボップ彗星などは見た人が少なくて、2001年のしし座流星群や金環日食は印象に残っている人が多い様子。

 外に出ると月齢4.6の月。
 市街地の真ん中なので見える星は2等星がやっとですが、一等星や北斗七星くらいまでならなんとか分かります。
 望遠鏡・双眼鏡では、月、ミザール・アルコル、アルギエバ、コル・カロリ、M3(球状星団)、M44(プレセペ星団)などを観望し、月はスマホで写真に収める方も。
 通りすがりの方にも望遠鏡を覗いて頂いたりしながら、ワイワイガヤガヤ。一時間ほど星空を楽しんで、20時半頃に終了しました。
 次回は2019年7月30日(火)19時からの予定。
posted by ふくだ at 23:45| Comment(0) | 花北観望会

2019年05月05日

星見行(5月4-5日)

 久々に星見。今回は星見仲間の友人と兵庫県中ほどの山間部へ。
 気象庁の天気予報は晴マーク、GPV気象予報の詳細では雲が広がり、広域では何とか大丈夫そうという、読みにくい天気。
 実際に現地に着いてみると、星は見えているものの、全体的に薄雲かガスが広がり、4等星がやっとこ見えている程度。雲が濃くなると3等星までしか見えなくなり、これでは自宅近くで多少よく見えるときと変わりありません。

 シーイングはよく、昇ってきた木星に20cmドブソニアンを向けると、縞模様のうねうねがびっくりするくらいよく見えます。ここまでの好条件はめったになく、ちょっと感動。とはいえ惑星を見に来たわけではない(苦笑)。

 一旦、休憩して1時過ぎに外に出ると、今度はずいぶん雲が薄くなり、そのうち夏の銀河も見えるようになってきました。天の川が見えるならば観望の空としてはまずまずの雰囲気。

 眼視では20cmドブソニアンで以下の天体。
 M8、M20、M4、M57、M27、M13、M87、アルビレオ、プルケリマ、コル・カロリ、ミザール&アルコル、ダブル・ダブル・スター。
 M87は先日、中心ブラックホールの撮像で話題になった銀河で、眼視で見るのは多分初めて。意外に淡くて苦労しました。
 最近は星仲間のうちでも40cm級ドブソニアンの所有者が増え、遠征先で覗かせて頂くことも多く、20cmでも「こんなものかなあ」と思ってしまうのが困ったものです。
# 長門級・大和級戦艦と重巡洋艦が正面からぶつかったら勝敗は明らか(そうじゃない)。

 薄雲は残っているので、写真はそれなりといったところ。でもそれなりの条件でそれなりに撮れるようになったのは、機材運用のノウハウが安定してきたと言えるかもしれません。

M57環状星雲(こと座)中央部のみ拡大。
2019年5月5日(兵庫県神河町)
NikonD5500(HKIR改造)+ミニボーグ60ED+1.08倍フラットナー(f=378mm,F6.3)
ISO1600 露出6分×8枚合成(48分) ビクセンAP赤道儀+M-GENにて追尾
# 写真はクリックすると拡大します。

 薄雲がソフトフィルターのような働きをして、明るい星がふんわり大きく写りました。
 M57は視直径が意外に小さく、見かけの大きさは木星(衝の時期で40秒くらい)より一回り大きい60秒ほど。このため眼視でも高めの倍率をかけないとリングの穴が見えてきません。一方で単位面積あたりの輝度が高いため、高倍率をかけても淡くなりにくく、写真では短い露出でよく写ってくれます。

M8干潟星雲とM20三裂星雲(いて座)
2019年5月5日(兵庫県神河町)
NikonD5500(HKIR改造)+ミニボーグ60ED+1.08倍フラットナー(f=378mm,F6.3)
ISO1600 露出6分×8枚合成(48分) ビクセンAP赤道儀+M-GENにて追尾
# 写真はクリックすると拡大します。

 薄雲が出ていましたが、せっかくの遠征なのでカメラを向けたら、それなりに撮れました。
 赤外改造デジカメでは初めて狙いましたが、赤い星雲の広がりが簡単に写ってびっくりです。合成枚数を増やしてノイズを減らせしたらもう少しきれいな写真に仕上げられそう。実はあと6枚ほど撮っていたのですが、カメラの感度設定を構図確認の試写時のISO12800にしたままで、真っ白になっていたのでした。確認大切。
 兵庫県内は瀬戸内沿岸に大きな街が並ぶので、南天の対象はどうしても光害が出て不利になります。本格的に好条件の地で狙うなら紀伊半島、手軽なところでは岡山の八塔寺(南に大きな街がない)あたりで撮るほうがよさそうです。

2019年5月5日03:19(兵庫県神河町)
NikonD5500+Nikkor18-55mmF3.5-5.5GII→18mmF4 ISO3200 露出30秒 固定撮影
# 写真はクリックすると拡大します。

 星景はその時の雰囲気が分かるものを撮っています。雲が多少あっても、キットレンズでこれだけ写るのです。
 30秒の露出の間に、たまたま明るい流星が飛び込んでくれました。よそ見をしていたのか、自分では見ていません。ちょっと惜しかった。
 この日はみずがめ座流星群の極大前々日で、そのせいか普段より流れ星が多い印象でした。

2019年5月5日03:50(兵庫県神河町)
NikonD5500+Nikkor18-55mmF3.5-5.5GII→18mmF4 ISO3200 露出30秒 固定撮影
# 写真はクリックすると拡大します。

 5月となると夜明け前の東空には秋の星座たちが顔を見せます。楽しい一夜も間もなくおしまい。
posted by ふくだ at 23:45| Comment(0) | 星空観望

2019年05月02日

天智天皇山科陵・弘文天皇長等山前陵

 天智天皇の陵墓は京都市山科区にあります。
 付近一帯が「御陵(みささぎ)」という地名で、京阪電車・京都市営地下鉄の御陵駅もありますから、古くから近代まで忘れることなく存在が伝えられてきたのでしょう。古代の天皇陵としては数少ない、埋葬者が確定している古墳に数えられています。

 天皇家の実権が失われると共に祭祀も途絶え、また平安時代以降は陵墓を作らない薄葬が主流となります(遺言で散骨された天皇もいます)。尊皇攘夷熱の高まる江戸時代後期には、多くの天皇陵が実態不明となっていて、現在伝えられる天皇陵は幕末から明治にかけて調査が行われ比定されたものです。もっとも当時の学問の限界もあり、いくつかの古墳はその後の考古学の見地から誤りが指摘されています。よく分からないまま、とりあえず比定せざるをえなかったものも多くあったのでしょう。

 天智天皇陵はその数少ない例外です。

 現在は三条通となっている旧東海道に面して入口があり、木立の中に400mほど、ほぼ直線に参道が伸びています。参道入口の脇に日時計があるのが、漏刻を設置した天智天皇らしいです。京都時計商組合創立20周年記念、1938年6月の建立と彫られていたので、この当時、既に時と天智天皇のつながりはある程度知られていたのでしょう。6月はもしかして時の記念日に合わせたものだったかもしれません。

 墳丘本体は当時の大王墓に使われた八角墳ですが、立ち入りできるのは墳丘のずっと手前で、木立の奥にある本体を見ることは出来ません。
 夕方18時頃の訪問でしたが、3〜4組の参詣者と行き違いました。木立の中の参道は散策路にも向いているのかもしれません。

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posted by ふくだ at 23:49| Comment(0) | 地図と地理と遠出

大津散歩

 世間は連休中で、遠出しても人混みに巻き込まれたらつらいし、かといって近場では気分転換にならないし、と、頭の中の地図とにらめっこして決めたのが大津でした。滋賀県の県庁所在地ながら、さんざん通過するばかりで、じっくり回ったことがありません。とはいえ京都に隣接するだけあって、歴史的な話題も豊富な場所です。

 たまたま有料座席「Aシート」をつないだ新快速が来たので、乗ってみました。
 一駅でも終点まででも、座席料500円。シートはおそらく在来線特急と同じもので、新幹線よりは座り心地がいい感じ。少し長めの距離でたまに使うのならよいかもしれません。

 山科駅で京阪大津線の一日乗車券を購入。
 びわ湖浜大津までは山越え区間で、ものすごい勾配だと後で調べたら再急勾配61‰。ここは碓氷峠かと思ったら、廃止された蹴上駅付近には66.7‰区間があったそうです。本当に碓氷峠並みです。
 S字カーブを描きながら勾配を下ると、いきなり路面電車の併用区間に突入します。地下鉄に乗り入れている4両編成が道路の上を走るのですから、これも奇妙な光景です。恐るべし京阪電車。

 終点の坂本比叡山口駅まで行ってみました。
 坂本は比叡山延暦寺の門前町であり、かつては明智光秀の坂本城がありました。2020年の大河ドラマを控えて、光秀のPRの幟旗が並んでいました。

 途中で通過した穴太駅。穴太の読みは「あのう」で、穴太衆と呼ばれる石垣技術者を輩出した地です。
 坂本辺りは見事な打ち込み接ぎの石垣が並んでいるのですが、寺社の石垣を築く中で身につけた技術が、やがて近世城郭の石垣に活かされたのだと言われています。

 大津市役所の裏手にある新羅善神堂(国宝)。三井寺の守護神の新羅明神を祀ったお堂で、名前からは朝鮮半島とのつながりを思い起こします。源義家の弟で、甲斐武田氏や常陸佐竹氏の祖となる源義光は、この社で元服したので「新羅三郎」の通称があります。

 大津市歴史博物館。
 再現模型をふんだんに使った常設展が濃くて楽しい。佐倉の国立歴史民俗博物館を思い起こす雰囲気。
 大津は京都の隣で歴史的事件に巻き込まれまくっているので、地域の歴史を概観しておくよい予習になります。 ちょっと坂道を登る場所ですが、琵琶湖の対岸まで見渡す景色も素敵。

 義仲寺は名前の通り木曽義仲の墓所のあるお寺で、小さな境内ながら国指定史跡になっています。
 義仲の墓の隣には、木曽義仲が大好きで、遺言で義仲の隣に葬るように頼んだ松尾芭蕉のお墓もあります。
 私のあとにやってきた男性が、芭蕉に思い入れがあるのか、長いこと芭蕉のお墓に手を合わせていたのが印象的でした。

 お寺の前の道は旧東海道。東はお江戸日本橋、西は京の三条大橋へと続きます。
 学生時代に自転車で前を通りかかったことがあるのですが、当時は早朝だったかで参拝かなわず。義仲寺は本で読んで知っていたのですが、ふいに視界に入ってきて「ここだったのか!」と強く印象に残っていました。

 国指定天然記念物・日本の地質百選の石山寺硅灰石。
 硅灰石は「珪灰石」と書くほうが一般的で、石灰岩に花崗岩などのマグマが貫入して形成されるものだそうです。石灰岩が熱変成を受けたら大理石になるものだとばかり思っていたので、「珪灰石ってなんだっけ」状態。
 本堂と多宝塔の間の岩場に看板が立っていますが、全部が石山寺硅灰石なのか、縞模様の何処かが石山寺硅灰石なのか、私にはよく分かりません。

 石山寺は大津市の南郊にあるお寺で、紫式部が源氏物語の着想をえたというエピソードで知られています。本堂の一角に紫式部が執筆にあたったという「源氏の間」があるのですが、はてさて。ただ京都からも遠すぎず、風光明媚な地なので、女官たちの程よい参詣地になっていたというのは納得です。
posted by ふくだ at 23:48| Comment(0) | 地図と地理と遠出