2016年11月28日

全国一斉 熟睡プラ寝たリウム(11月23日)

 11月23日の勤労感謝の日に合わせて行われている「熟睡プラ寝たリウム」。なんと今年で6回目。
 明石では昨年からこの日の全投影を「熟睡プラ寝たリウム」としています。知らないできたお客さんどうするんだこれ。

 そんな熟睡プラ寝たリウムですが、朝一番から列が出来ています。
 プラネタリウムに何を期待しているのですか、みなさん。

 最初の投影の解説は上原さん。日没すら覚えていません。寝に行ったのだから当然です。
 途中、星空をメリーゴーランドのように回しているのと、ボルネオ島という言葉をかすかに覚えているので、北極点と赤道直下の星空は映していたようです(記憶が定かでない)。

 2回目の投影は兼吉さん。今度は起きていましたよ。金星が出ているところまでは!
 いびき席に座って2枚めの「熟睡証明書」入手です。やったね!

 お昼は館の外に食べに出たので、次は4回目の鈴木さんの投影。
 ご飯食べた後のプラネタリウムで起きていられるわけがありません。夕日と共に記憶がないです。
 途中、アンドロメダ銀河の話をされているあたりで目が覚めて、どうやら星を一つ二つと数えながらお話をされていたようです。

 5回目の石井さんの投影。さすがに3回寝た後なので、珍しく(奇跡的に)起きてました。
 アラビア語の星の語源のお話が面白かったな。ていうか「熟睡」をダシにして、解説のみなさん楽しんでるでしょ。

 6回目は通常なら閉館時間の追加投影。井上さん枕を持って解説員からして寝る気満々です。いいのかそれで。
 話の中に意図的に数式盛り込んできたなあ、井上さん。起きてたけど(さすがに眠気の貯金が尽きてた)。

 というわけで、6回中5回の投影を見て、3回熟睡・2回完徹でした。
 たまの休日に何してたんでしょう、私。
posted by ふくだ at 23:46| Comment(2) | 明石市立天文科学館

神戸市立博物館「松方コレクション展」(11月20日&26日)

 神戸市博の松方コレクション展見学。
 松方幸次郎は川崎造船所の初代社長を勤め、また神戸新聞社の社長も務めるなど実業家として神戸に多くの足跡を残しました。現在もハーバーランドの神戸新聞社のビルには彼の名を関した「松方ホール」があります。
# 松方財政で高校日本史の教科書に載ってる松方正義の息子……というのは後で調べて知りました。

 松方コレクションは松方幸次郎が収集した美術品の総称です。世界恐慌と第二次世界大戦に巻き込まれて数奇な運命をたどり、最終的に残ったものは国立西洋美術館の礎となりました。

 地元民の強みでさくっと2回観てきました。
 今回のお気に入りはジュール・デュプレ「山村風景」とコンスタン・トロワイヨン「農耕」。私は風景画もしくは風景の中に置かれたモチーフを描いたものが好きなんだなぁ。
# 画家の名前を見ないで絵だけ見てたら、ピカソの作品をスルーしとった(^_^; モネとかゴーギャンとか画風で分かったけど。

 美術品の展示だけでなく、「松方時代の川崎造船所と神戸」に一章を割いて、彼が美術品収集に乗り出す財力の背景となった川崎重工の草創期の展示をしているのが面白かったです。神戸港の絵は大迫力でした。
# 「榛名」「伊勢」「加賀(後に横須賀で空母に改装)」は彼の社長時代に川崎造船で建造したのか。
posted by ふくだ at 23:45| Comment(0) | 博物館や美術館

2016年11月27日

星見(11月25-26日)

 明石の星の友の会でお世話になっている@KISSZEP1さんから朝一で今晩の星見のお誘い。出勤中でどうしたものかと思ったのですが、天気予報と天気図とにらめっこして、夜半以降は晴れそうだと出動。

 前回はピックアップして頂いたのですが、今回はカーシェアの車を借りて行きました。望遠鏡は誰か持ってくるだろうと、今回の機材は広角レンズのカメラと双眼鏡、それと久々に登板のポータブル赤道儀ナノ・トラッカーのみ。
# 空の暗いところだと星雲・星団を見たくなるのですが、うちの77mm屈折だと迫力不足でして。

 現地で明石の星の友の会のメンバーと合流。暗いので誰が誰やらよく分からないままの方もいらしたのですが、よくあることです。

 さっそく自分の機材を準備しますが、三脚に付けっぱなしだった自由雲台が外れないトラブル(ありゃ)。仕方ないので写真は固定撮影で。
 日周運動を5分半で流しました。最近流行りの比較明合成ではなく、バルブ撮影です。街中の明るい空ではこればかりは無理。冬の天の川もうっすら写っています。
# 地平線近くがうっすら明るいのは姫路方面の光害ですが、神戸から車で2時間圏内なので、これくらいは仕方ないところ。

# 2016年11月26日01:35(兵庫県神埼郡神河町)。NikonD5000+18mmF2.8→F3.5,ISO1600。336秒露出。トーンカーブ処理済。写真はクリックで拡大。

 となりでお世話になった@135c8さんの望遠鏡。接眼レンズを新調されたとかで、自動導入で星雲・星団をたくさん見せて頂きました。空の暗い場所で見る20cmシュミカセでのM42は圧巻の一言。

 こういうスナップ的な星の写真も好きです。
 # 2016年11月26日01:07(兵庫県神埼郡神河町)。NikonD5000+18mmF2.8,ISO1600。20秒露出。トーンカーブ処理済。写真はクリックで拡大。

 秋の天の川と今回の星見仲間のみなさん。露出中に赤いヘッドライトがこちらを向いたのか、地上が賑やかなことに。

 今回は車内で暖を取るのに寝袋と湯たんぽを持っていったのですが、予想以上の寒さで気温は氷点下。レンズフードにおりた夜露は凍りつき、最後はアイドリングして暖房をかけないと絶えきれない冷え込みでした。
 仕事帰りにすぐに出動したこともあり、疲れが溜まらぬうちにと2時以降はほとんど休憩状態。そのうち車外に出たらみなさん撤収作業中で、慌てて挨拶して回る始末。
 みなさんお世話になりました。

 そろそろ路面が凍り始めるので、12月の後半になると北へ向かうのは難しくなりそうです。
# 2016年11月26日00:04(兵庫県神埼郡神河町)。NikonD5000+18mmF2.8,ISO1600。30秒露出。トーンカーブ処理済。写真はクリックで拡大。
posted by ふくだ at 23:45| Comment(0) | 星空観望

2016年11月20日

「あのとき、この本」

 心に残るこの一冊の絵本、というのが思い出せません。
 割と早いうちに、文字で紡がれる物語に移ってしまったせいもあるのかな。

 幼稚園の頃、月に一冊、新しい本が配られました。
 今から考えれば「こどものとも」だったと思います。中身はほとんど忘れてしまいましたが、「今回は面白かった」「今度はそうでもなかった」くらいの感想は持っていました。
 唯一覚えているお話は「しらぬい」のこと。夜、海の向こうに火が見える、黒い背景に白い線で炎が立ち上る絵がぼんやり頭に残っています。後に地図帳を見るようになってから、九州の一角に「不知火海」という文字を見つけて、あの話はほんとにあったことなのかと驚き、ちょっと怖くなりました。
# 蜃気楼の一種と知ったのはさらに後のこと。

 お話ではないのですが、どこかの号の巻末に、その舞台を紹介する地図が載っていて、物語は忘れてしまったのですが、その地図のことだけは記憶に残っています。
 じゃがいもがひしゃげたような形の入江(湾)で、出口が一ヶ所しかなく、そこには橋がかかっていること、橋の名前は「さいかいきょう」……を覚えていて、後で地図帳を見てすぐに「大村湾か!」と同定しました。
 ぎりぎり記憶があるかどうかの頃から地図が好きだったのかと思うと我ながら可笑しくなります。
# 正確には大村湾の出口は針尾瀬戸と早岐瀬戸の2つあります。

 この話、どうやら「だいちゃんとうみ」という作品のようで、機会があったら探して読んでみたいです。

 幼稚園の頃に読んだ絵本では「泣いた赤鬼」も印象に残っていますが、これはむしろ童話の枠かなぁ。
posted by ふくだ at 10:00| Comment(6) | 読書録・映画録

2016年11月19日

映画「種まく旅人〜夢のつぎ木」

 知人に勧められて「種まく旅人〜夢のつぎ木」を観てきました。
 岡山県で桃作りに取り組む人々を巡るお話。前半はどんな物語じゃろなとのんびり構えていたのですが、登場人物の背景が少しずつ見えてくるにつれて、グイグイ引き込まれてしまいました。

 主演の高梨臨がいい演技でした。桃の着包みは本人が演じてたんだろうか。ふと見せる笑顔の可愛い人です。
 斎藤工はどこかで見たことある人だと思ったら、「八重の桜」の神保修理か!雰囲気がぜんぜん違うので検索するまで思い出せなかった。
 あと井上順。「真田丸」で胡散臭さ漂う織田有楽斎をやってる最中なので、生まれ変わってこんないい人になったのかと思ったよ。

 主人公の兄は天文学者を目指しながら家業の桃作りを継ぐことになったという設定で、映画の中には赤磐市竜天天文台公園も登場。エンドロールのテロップでは協力に天文ガイドと日本星景写真協会も出ていましたが、劇中の天文ガイド誌って枕にされただけなんじゃ……

 天文学者が新しい星を見つけて名前を付けようとするのは定番の設定ですが、プロの天文学者で新天体の捜索をするのはごくごく限られた分野です。しかもプロはコンピュータ制御の望遠鏡で自動捜天してしまうので、望遠鏡を覗きながら眼視で捜索することはまずありません。
 アマチュアのコメットハンターなら今も眼視捜索していますし、劇中の天文台の場面も、学生時代のお兄さんが公共天文台のスタッフを手伝いながら、兄妹で星を見ているときに子どもの頃からの夢を語っていたと解釈すれば納得できます。あのお兄さんは自宅の望遠鏡でも夜な夜な新天体の捜索をしてたんだ、きっと。

 主人公の彩音も天文台の天文教室の講師をしていましたが、あれはボランティアでやってるのだろうな。喋りが微妙に硬い感じが少し不慣れな感じで、それはそれで雰囲気が出ていました。
# 机に星座の本を春夏秋冬並べているのが慣れてない感じで、あれは夏の星座の本に絞りたいところ。

 でも子どもの将来の夢を引き取って種をまく話に繋げるのはすばらしい。私も知識を伝えるだけでなく、人と星をつなぎ、人の希望を繋げるようなボランティアスタッフでありたいなぁ。

 それはそれとして(天文台の場面て数分ですから)。

 登場人物はみな、それぞれの人生で挫折や喪失を味わって、それでも周りの人々との関わりの中で、前を向いて生きていきます。大きな物語ではないのですが、腰を据えた描写は映画でないと描けない作品。
 観てきて良かったです。
posted by ふくだ at 23:45| Comment(2) | 読書録・映画録

2016年11月17日

真田丸 その9

 大河ドラマ「真田丸」はいよいよ大詰めの大阪の陣です。
 寄せ集めだけど戦闘経験豊富な豊臣方と、正規軍だけど新兵ばかりの徳川方という対比がされています。

 この時代、国内の大規模な戦闘は1600年の関ヶ原の戦いが最後で、1614〜15年の大阪の陣までほぼ15年の間があります。
 関ヶ原で主戦力だった20代〜30代半ばの世代が、大阪の陣では30代半ば〜50代になります。当時は大名クラスでも50代ともなればいつ死んでもおかしくない時代。兵卒の多くは世代交代していて、しかも関ヶ原以降は「現場」がないので、多くの兵が大阪の陣で初陣を迎えました。下士官クラスまで実戦経験がないので、大阪冬の陣の真田丸の戦いでは豊臣方の挑発に簡単に引っかかり、不十分な装備のまま誘い込まれて大損害を蒙ります。

 大阪の陣に参加した武将のうち、真田信繁(幸村)、後藤又兵衛、大野治長は1560年台生まれ。桶狭間の戦い(1560年)や川中島の戦い(第四次:1561年)は親世代の出来事です。信長が本能寺に倒れてから(1582年)秀吉の天下統一(1590年)の頃に20代を過ごし、30代で朝鮮出兵から関ヶ原。戦国武将としては最も遅咲きの世代で、この世代で一代で大名としての地位を築いたのは伊達政宗くらい。その他は二代目か織田・豊臣の家臣として出世しています。

 桶狭間から大阪の陣まで参戦した徳川家康は戦国生き残りの中でも群を抜いて長生きで、天下を取るには長寿も大きな要素です。

 歴史の教科書では関ヶ原の戦いと大阪の陣が同じページに収まってしまうので、あっという間に徳川政権が固まったように思えてしまいます。

 今の世の出来事ならば、1995年の阪神・淡路大震災と2011年の東日本大震災の間が16年。
 関ヶ原から大阪夏の陣までが15年なので、どのくらいの間だったのかを考えるには比較しやすいかもしれません。 
posted by ふくだ at 23:45| Comment(0) | 読書録・映画録

2016年11月16日

映画「この世界の片隅に」 その2

 「この世界の片隅に」2回目見てきました。
 初回に見たときは圧倒的に感情に流されて、それから帰宅して原作読み返して、今回はもう少し落ち着いて。あれこれ笑ってやっぱり少し涙腺に来て。

 初日に見たときに比べると、お客さんの年齢層が若干高めで、年配の人ほど笑いどころでクスクス笑っていらした気がします。当時の暮らしの様子を生で知っているのは70歳代半ば以上の方だと思うのですが、もう少し下の世代でも親御さんから話を聞くなどして感じるものがあるのかもしれません。

 原作を読んでいる私でもまったく非の打ち所のない映画ですが、2回目で原作再読直後ということもあって、ついつい原作と比べながらの鑑賞になりました。
 印象に残った台詞が実は原作にないものだったり、映画では描かれなかったエピソードも「なかったことにした」のではなく「あったことだけど描いてない」描写なのだと分かったり。
 原作は原作で漫画の表現を突き詰めた作品ですが、映画は映画で原作に忠実というだけでなく原作の雰囲気を活かしてアニメとして表現を突き詰めた作品なんだなぁと。

 原作を読まずに映画を観る人は貴重な体験だと思うし、後からでも原作を読んでほしい。原作を読んだ人なら映画を観る前はどうかそのまま、映画を見た後で原作を読み返してほしい。映画も原作もそれだけの価値のある作品です。

 この映画に関して唯一心残りがあるとしたら、クラウドファンディングに参加しなかったことだな。でもこれはスタッフの皆さんとともに準備段階から支えた幾多の方々にも感謝したいと思います。
posted by ふくだ at 23:45| Comment(0) | 読書録・映画録

アルデバラン食

 アルデバラン食、潜入少し前に双眼鏡で見たのですが、翌日の仕事もあるので、寝てしまいました。

 月がアルデバランに接近していくところから連続写真撮ろうかとも思っていたのですが、雲が断続的にかかる空模様。
 窓からちょくちょく双眼鏡で眺めることにしました。
# もうなんだか機材をセットするのが面倒になりまして(^_^;

 赤道儀があれば、カメラ載せて自動追尾して、インターバルタイマーで撮らせて、私は寝て楽を出来たかも。
posted by ふくだ at 07:45| Comment(0) | 星空観望

2016年11月14日

2016年最大の満月

 曇りました。
 4月の「2016年最小の満月」は撮影していたので、並べて比較するつもりでしたが、天気ばかりは致し方ありません。

 さて、こちらは2014年に書いた記事に加筆したものです。
「スーパームーン」のあれこれ

 もうひとつ、こちらはtwitterで解説を加えていたみなさんのまとめ。
「スーパームーン」から読み解く月と人と地球の関わり(togetter)
posted by ふくだ at 23:47| Comment(0) | 星空観望

2016年11月13日

航空母艦「赤城」 1/700プラモデル(フジミ 艦NEXT)

 「赤城」は太平洋戦争の緒戦で活躍した航空母艦です。真珠湾攻撃時の機動艦隊の旗艦を務め、その後のインド洋作戦でも戦果を上げましたが、開戦半年後のミッドウェー海戦で戦没。
 大艦巨砲主義から航空主兵への転換を身をもって示し、太平洋戦争緒戦の進撃の立役者でありながら、機動部隊同士の決戦に敗れて戦局転換のきっかけとなった、日本海軍の光と影を背負った艦です。

 「赤城」はもともと巡洋戦艦として着工され、ワシントン軍縮条約のあおりで航空母艦に改造して竣工しました。
 当初は三段の飛行甲板を備え、その後に最上段の甲板を残して大改造されたため、飛行甲板の位置が高く、舷側から多数の支柱が生えた異様な外観です。全くもってスマートではないのですが、造形としては面白い姿です。

 日本を代表する戦艦だった「長門」より大きく、太平洋開戦時には日本最大の軍艦でした(戦艦「大和」の竣工は開戦後の12月16日)。その同スケールの「大和」と並べた写真がこちら。全長はほぼ同じで、幅こそ「赤城」の方が細身ですが、飛行甲板の位置が高いので横から見るボリュームは「赤城」のほうが大きく見えたかもしれません。

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posted by ふくだ at 23:45| Comment(2) | ペパクラ/工作/科学的遊具